これは2人の秘密

これは2人の秘密

娘ちゃんは撫子ちゃん

夕焼けが校舎を照らし、昼間の熱を振り払うような風が吹いている。

水泳部部室の窓の向こうには、部屋の声を拾おうと耳を傾けているクラスメイトの横顔が見えた。隠れているつもりなのだろうか。特に怪しい話をするつもりはないのだが、と撫子は苦笑する。

「ごめんなァ、態々部室に来てもらって。いっつも急いで下校しとるのに…朽木さん」

「いいえ、大丈夫ですわ。気にしないで下さいな、平子さん」

「お嬢様って毎日大変そうやね」

「オホホ、そういった事ではありませんのよ」

たわいのない会話が続くが、それは上辺の話。

撫子はあえて、触れないようにしている核心を遠回しに突く話を続けている。

「…そろそろ、夏服の時期やね」

「そうですわね、大分暑くなりましたもの」

「あんまり、シャツが透ける女の子がおったらアカンと思うんよ。特に……朽木さんは」

「そうかしら?平子さんは胸は大きくて引き締まっている身体ですし、夏は大変そうですよね」

互いに同じ話題に触れる。

これ以上ない程遠回しで、撫子は『ここまで言っても気づいて貰えんのか』と少しだけ思った。

「……じゃあ、本題に入るわ。朽木さん………これは本来アタシが言うことちゃうと思うんやけど…ブラ付けた方がいい…というか、付けなアカンで」

「なっ!」


そう。朽木ルキア。黒崎家に潜伏し生活している死神は、現在下着を着けていないのである。

私服は一護の妹の物を無断で借用し、こっそり洗濯籠に入れているが、下着類に関しては流石に怪しまれる為、一護の下着を使用していいか聞いたところ「自分で買え」と返答されたので、下は着けている。

が、一護がブラジャーを持っている訳もなく、(あったら問題である)ルキアの手持ちの中にブラジャー類は存在しない。仕方なくサラシで胸をつぶして、体育は見学し、ブレザーを一度も脱がず登校していたのだが……

「ん~~~、やっぱりあかん。朽木さん、それはアカンわ」

撫子は頭を抱える様に、ルキアの胸元を見る。

「あ……」

「あ……やなくて、ブラは付けなアカンよ。これから夏やで!薄手で、どうしてもシャツが透けるから」

「いえ、その……これは、その」

「事情は分かってるつもりや。朽木さんの住んでたトコって服は結構ゆったりしてて、下着を付ける風習が無いモンなんやろ?でもな、男の子の視線を集める気が無いンやったら付けてな。見てて、辛ァなるから」

「は……い……」

シュンと肩を落とすルキアに、撫子は慰めの声をかける。

「ブラ付けるんが嫌なら、肌着を着込んだらええんよ」

「……肌着……ですか?」

「そうや。薄いシャツを着る時に、そないに透けたないやろ?サラシ巻いた上からキャミを数枚重ねたら分からんと思う。でも暑いと思うで」

「それは…確かに…?…」

「年頃の男の子はなぁ、朽木さんみたいな可愛い女の子を殊更気にしてチラチラ見てまうもんなんよ。その時に下着付けてない、とか気づかれたらアカンから」

完全に家族の受け売りであるが、こういう話は、兄貴分や姉から聞くのが一番である。ちなみに撫子の弟分のジン太は、未だ第二次性徴に目覚めていない。

「……私にも合う『サイズ』があるのでしょうか」

「大きいとか小さいとか普通とか、アタシもよう分からんけど……体に合ったブラはあるよ。ちゃんとしたモン付けンと痛いし、胸だけやなくて肩も凝るらしい」

「……平子さん、良ければこれから買い物に付き合って下さらないかしら? 私一人だと選ぶのは難しそうなので」

「っ!ええよーっ!……朽木さんに合うの探しにいこ。他にも色々試してみよ」

変な意味で捉えられるのではないか、一か八かの賭けであったが、この交渉はどうやら上手く言ったようで、撫子は喜色を浮かべて二つ返事で快諾した。


ーーそういえばアタシ、朽木サンに制服は一式渡しましたがそれ以外は何も渡してなかったなァ、撫子サン、一応彼女を注意して見てあげて下さいネーーー


買い物へ向かう女子生徒2人と、隠れて聞き耳を立てていた男子生徒1名。


ーーー霊絡の色が凡そ普通の人間とは思えない平子撫子が、死神である朽木ルキアに2人きりで話したいと密かに持ち掛け、部活の無い日に部室に呼び込んだ。

怪しい人物が死神に何らかの接触を掛けたと思うだろう……どうして女性の下着売り場へ同行する話を盗み聞きしていたんだ僕は!


石田雨竜は自らの行動を悔いていた。

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