こぼれ話

こぼれ話

ダン扉、柱扉、マダ扉、マダラと柱間の話

ラプンツェル

 子どもの頃から、夢に見る人が居た。夢の中のその人が自分の頭を撫でる。撫でるその人の手が、女のように柔らかくないことも、戦いのためのみに手入れされていることも知っている。自分はその手が、その手も好きで嫌いなところなどない、と言ってしまえるほど夢中だった。

 困った顔をしていた。困らせた原因は自分である。愛の告白など困らせるだけと分かっていても、秘めることは出来なかった。若いのだからワシみたいな年寄りに構うな、と窘められた。尚も食い下がった自分を、好いてくれぬ男より好いてくれる女を見ろ、と諭しその人が去ってしまう。その後は、何も無かったようにその人は振る舞った。

 結局自分のことをどう思っているか答えてくれぬままに、その人は亡くなった。自分を含めた、若者たちを庇って。勝手な人だ、と思った。ちゃんと振りもせぬまま、狂わんばかりに己に焦がれた男を放っておくなんて。死ぬまで自分は燃えたままだった。

 夢の中の人を不思議に思いながらも、それなりに生活をしていた。何度か女とも付き合った。一度も自分から告白などしたことは無かったが、愛せている、と思っていた。実入りの良い仕事に就き、周囲からの評判も良かった。それでも、足りぬ、と思うことが多々あった。何をか分からないまま、三年程過ごした。

 自宅から少し離れた町を散策していたときの事である。迷い込んでしまった住宅街の中の家。そこに、探していた人が居た。少し開いたカーテンの隙間から見えた、白い髪と赤い瞳。間違いなく、先生、だった。自分の記憶の中よりも細く白い姿に御身体が弱いのか、と心配になる。立ち止まって見ていると、カーテンが閉められてしまった。また来ようと思い、こっそりと表札を確認し、その場を去った。

 一月ほど、その家の周辺を散策して知ったのは、先生がおそらく閉じ込められている、ということである。それとなく近所の住人に白い髪の人の話題を振ったとき、こっそりと主婦らしい人が、家から出たところを見たことない、と教えてくれたのだ。可哀想に、偶にカーテンを開けて外を眺めているのよ、と言った女性も居た。

 特に心は痛まなかった。先生に嫌われたらどうしよう、とは思った。素人の防犯対策なんて、自分には無駄だった。薬で眠っている先生を抱き上げた。化粧のない寝顔は幼く見える。誰にも見せたくないので、持ってきた毛布で隠す。少し離れたところに止めた車に乗って町から去った。

 自分のベッドに先生を寝かせる。身体を暴きたい、という欲求が襲い掛かる。寝込みを襲うなんて男として最悪だ、と自分に言い聞かせ部屋から出た。起きてこられたらまず、オレのことを覚えてらっしゃるか訊かなければ。











神罰

 男は自分の頭領のことを愛していた。同時に、常に側に居る頭領の弟を邪魔だと思っていた。外道の術を使い、兄を敬うような姿勢を見せない男。居なくなった方が世のため人のため。そう思っていた。では、今の状況は何であろうか。

「何故、オレがお前を放っておいたか解るか?」

笑っておられる。悪意の一つも感じられない笑顔だ。けれども、嗤われている。そのことが本能で分かり冷や汗が止まらない。男は、立っておられず、その場に尻をついた。

「誰が座っていい、と言った?立て」

「は、はい」

慌てて震える足を叱咤して立ち上がる。逃げ出したい、という気持ちすら湧かない。恐ろしいのに目が逸らせない。気が変になりそうで、男は意味のない言葉を吐いた。

「お前は扉間を嫌っておったな?特に話したこともない扉間を」

「……」

「返事をせぬか。お前の敬愛する柱間様の問いかけだぞ?」

「はい。嫌っておりました」

喉から絞り出すように声を出す。答えなければ殺されると思った。いや、殺してくれるのだろうか。

「それで、お前は扉間の代わりに何が出来た?」

「……」

「答えられぬか。まぁ、そうであろうな。何も出来ておらんからの」

どうしようもない事実だった。嫌っていた男の半量も仕事は出来ず、任務も熟せていない。何より、目の前の神を御せるのは自らが謀って殺した男にしか出来ないことだった。そのことに気が付いても後の祭り。次々と自分と同じ連中が消えていった。怒れる神に殺されたわけではない。怒りに触れたと気が付いた者や、唯一の神官であった男を信望していた者に存在を、居場所を消されていった。男だけが、何故か神の側に置かれた。初めは選ばれたと浮かれていた。でも、すぐに違うと知った。

「オレは今日限りで里を後にする。貴様は里を出ること以外好きにしてよい」

「えっ、今……なんと……?」

「貴様への褒美だ。喜べ。オレから弟を取り上げ神にしたな」

男は千手扉間暗殺の首謀者だった。











惚れたら、生きることです

  散々揺さぶられて気絶してしまった扉間の髪を撫でる。優しくしてやりたかったのに乱暴にせざるを得なかった。親友の弟、いや妻と言った方が正しいのだろうか。それを手籠めにするなど親友が墓から甦って殺されかねない。だが、世間で横行する出兵して死んだ夫に殉じて死を選ぶやら、操立てして女手一つで育てるのが美徳、という風潮に自分が頷けないのだから仕方ない。生きている以上腹は空くし、人を愛してしまう。それが偶々、死んだ親友が閉じ込めていた鶴だっただけの話だ。

「んっ、……マダラ」

「柱間じゃなくて悪いな」

「……何故、オレを抱いた?」

「声だけの存在を愛しちゃ悪いか?」

名前は弟と分かった時点で察していたが、顔は一切知らなかった。敢えて言うなら、火傷か何かで酷いことになっているのかもしれないと思っていた。それでも、愛した。死のうとしているのを見て、怒りで我を忘れるくらいには。

「分からん。オレのなにを好いたのやら」

「話が上手い。聞き上手。家事が得意」

「もういい。多い」

「そう言うなよ。お前の所為で口説く間も無かったんだから」

軽く、膝を叩かれる。こんなこと自害されることに比べれば可愛いものだ。最悪事後に舌を嚙み切られることも覚悟していたのだから。死んだ男よりも生きた目の前の男に目を向けて欲しい。少し、だいぶ、強硬手段になってしまったが。

「貴様は馬鹿だ」

「見る目があると言え」

「兄者の次に馬鹿だ」

前の男の名を出すな、と文句を言おうとして扉間を見る。柔く仕方のないものを見る目をしていた。扉間なりの褒め言葉だったらしい。

「なぁ、扉間」

「なんだ」

「オレを夫にしてくれるか」

「勝手になったらいい」

前の男ごと愛するなんて殊勝なことは出来ないけど良いのか?と訊かない卑怯を笑えばいい。











太陽の次に昇るものは?

 自分がやろうとしていることは一種の慈悲だ。柱間という日が昇り続けた。そして急に日が無くなった。その世界に月を昇らせてやろうというのだから、誰にも否定されるいわれはない。ただ一人。忍界を苛烈に照らし続けた男以外には。

 世界が滅茶苦茶になったのは、今まで太陽を隠し、雨を降らし、日から人々を、人々から日を守ってきた男が居なくなったからだ。腹の立つことにあの男は雲であった。愚かという言葉では収まらぬほど愚かな人間に雲がうっかり殺されたせいで全てが狂った。いや、雲の責任にするには周りの人間があまりにも愚かだった。気に食わぬ、と思っていた自分ですら、アレの必要性は薄々察していたというのに。

 自分の計画を誰も止められないことにマダラは何の感情も湧かなかった。当然である。月に届くのは星と太陽と、雲だけなのだから。星は随分と昔に死に、雲も死に、太陽は人界から去った。地上で身悶えする民衆など頭数にも入らない。

 ある日、マダラの元にあるものが届いた。漸くか、と笑う。そういう男だ。呼び出しに応えマダラはとある場所に向かった。昔と違い荒れ果てている。

「ひでぇもんだな」

「そうだの」

気配もなく現れた柱間に咄嗟に戦闘態勢を取る。警戒を解き、柱間の顔を見る。一切年を取っていない。本当に神になったのだろうか。

「オレを呼びつけて何の用だ?」

「うむ。ちょっとばかり人をオレにくれんか」

「はっ?」

「いや、な。扉間が生まれるためには人が必要での」

オレの森で匿うからマダラは気にせんで良いぞ、という柱間に自分の背筋が凍るのを感じた。もはやこの男にとって人間という生き物は扉間という自分の唯一を生み出すための物でしかないらしい。

「……オレの言えた義理じゃねぇが、柱間、お前変わったな」

「そうか?分からん。オレは変わってないと思うが」

「扉間が生まれてくるとは……」

「生まれてくる。必ずな」

自信に満ちた言葉に黙らざるを得ない。確かに変わっていないのかもしれない。馬鹿にされようが、どれだけ困難でも夢を諦めなかった男だ。でも、もうこの男の夢を文字通り死んでも支えた弟は居ない。叶うとは限らない。そんな自分の考えを察してか柱間が笑って宣言した。

「叶うまで待つ。簡単であろ?」

「…………ああ、お前にとってはな」

千年を超える孤独であったとしても柱間は待つのだろう。そんな馬鹿なことやめろ、という弟が居ないのだから。

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