こぼれ話⑤(クリスマス)
※最終回後のクリスマス
子供の頃、僕たちのところにサンタさんは中々現れなかった。
「いい子にしてたらプレゼントをくれるって言うけどさ。けっきょく今年も来なかったじゃないか。サンタさんって、うそつきだ」
そんな事を言ってふてくされる僕に、年上の従兄は困った顔をした。
「そんな事言ったって、しょうがないよ。今年は色々と大変だったんだから。おばさんだって頑張ってるんだから、俺たちが支えないと」
「?どうして母さんの話になるの?サンタさんと関係ないよね」
「あーっ、それは、えっと!実はサンタさんにお願い事を届けるのって大人の役目なんだ。だから俺たちの願い事は届いていないんじゃないかなってこと」
「そう…なの!?」
「実はそうなんだ。サンタさんに願い事を届けるのって大変らしいから、おばさんを責めないであげてね、■■■」
「うん…わかった」
今思えばその話は、僕の夢を壊さず、更にはサンタ…母を庇うための従兄の作り話だったと分かる。
けれどその年の僕は従兄の話を信じたし、サンタや母を許してあげようと思うこともできた。
従兄…〇〇兄にしてみたら扱いやすい子供だったと思う。我ながら、子供の頃の僕は素直すぎた。
そんな昔の事を思い出しながら、僕は家路へと急いでいる。
季節は冬。白い息を吐きながら、最近修理したばかりの小型バイクを走らせる。馬力がないのであまりスピードは出ないけど、田舎道にはこれで十分な代物だ。
砂利道を抜けて、今度はレンガが敷かれた道をスイスイと上っていく。毎日のように落ちていた葉も落ち着いて、明日はゆっくりできそうだった。
従兄も遠慮して、プレゼントを置いたらすぐに帰ると言っていた。
もういい年をした大人なんだから気を使わなくてもいいのに…。数年分のプレゼントを渡したい!と詰め寄られて、結局頷くことになってしまった。
何かと甘やかしてくる〇〇兄の事を思い出し、僕は少し困った笑みを浮かべてしまう。
けれど、心が浮き立つのも確かだ。僕は従兄からのプレゼントと、愛しい人が待っているだろう家へと急いだ。
今日はクリスマスイブ。宗教としての意味はもう形骸化してしまったけど、僕にとっては別の意味で大切な日になる。
今日という日を再びスレッタと一緒に過ごせる事が、僕は嬉しくてたまらなかった。
「ただいま、スレッタ」
「おかえりなさい、エランさん!」
12月も末になると、この辺りでも気温はかなり下がってくる。故郷ほどではないと思うが、温かい家の中に入るとホッとする。
先に家に帰って準備してくれていたスレッタが、甲斐甲斐しく僕のコートを脱がしてくれる。
「今年はご馳走ですよ。エランさんの好きな料理をたくさん用意してあります。そしてなんと、ホールケーキもあります!」
「料理はすごく楽しみだな。ケーキの方は…少しでいいけど。残ったらクーフェイさんや夫人に食べて貰おう」
「そう言うと思って、小さいホールケーキにしました。残ったら全部わたしが食べるので、心配ご無用ですよ」
「お腹壊さないようにね…」
やっぱり彼女は食いしん坊だ。そんなところもとっても可愛いけれど、最近少しだけふっくらしてきた気がする。
「………」
「どうしました?」
首を傾げる彼女をジッと見る。ついでにぎゅっと抱きしめてみる。「きゃあ」と嬉しそうに声をあげる彼女の体は、相変わらず僕の腕にすっぽりと収まって抱き心地がいい。
うん、あと少しくらいなら太っても大丈夫。…むしろもっと抱き心地が良くなるかも?
とは思っても、口には出さない。若い女性に体重の話は禁物だ。それくらいは僕も弁えている。
「そうだ。ちょっと前までお義兄さんが来てましたよ。何だか忙しそうで、プレゼントを置いたらファラクトに乗ってすぐ行っちゃいましたけど」
「話は聞いてる。それにしてもガンダムを車代わりに使ってるの、兄さん」
「他の乗り物を使おうとするとファラクトが拗ねるって言ってました。可愛いですよね、ファラクト」
「………ノーコメント」
あの悪魔のような機体は、〇〇兄に関しては家猫のように甘えん坊だ。
よく我が儘を言っては困らせてくると、そんなに困っていないような顔で〇〇兄が言ってくることがある。…惚気か。
まぁ兄とガンダムの関係に思いを馳せるのは後回しにして、今日は待望のクリスマスイブだ。せっかく可愛い人が僕の好物を作ってくれたというのだから、すぐにでも食べてしまいたい。
「お義兄さんわたしにもプレゼントをくれました。まだ開けてないんで、何が入ってるのか楽しみです」
「僕もプレゼントの中身は知らない。プレゼント交換の時に一緒に開けようか」
食後はプレゼント交換の時間になる。彼女は僕が用意した贈り物を喜んでくれるだろうか?
事前にシャディクに相談もして、女性が貰って嬉しいと思う物を用意できた自信はある。
見せかけではない本当の相談に、一番の親友は「感慨深いなぁ…」と妙に年上ぶった表情で微笑んでいた。なんだかその笑顔が癪だったので、とりあえず「ミオリネには何贈るの?」と言って轟沈させてきたのは秘密だ。
彼と僕はいまや随分と立場が違ってしまったけど、学園時代よりも気安く話せていると思う。今度はグエルも呼んで、久々に旧御三家で集まって酒を飲もうと言う話も出ている。多分兄さんやラウダや場合によってはオリジナルも参加するんだろうけど、今から少し楽しみだ。
近い未来の事を想像していると、スレッタがすりすりと胸に顔を押し付けてきた。僕がぼんやり別の事を考えていると、彼女はたまにこうして注目を向けようと甘えてくることがある。
そんな事をしなくても、僕の頭はいつでもスレッタでいっぱいなのに。
「エランさん、わたしのプレゼント見てもガッカリしないでくださいね」
「しないよ、そんなこと。きみに貰ったものは何でも嬉しいよ」
「もう、エランさん。甘やかされると、わたしのサンタさん力が成長しないじゃないですか」
そうして会話の中でとつぜん謎の力が出て来るのもいつもの事だ。これだから彼女と話すのはやめられない。
「サンタさん力?…が成長しなくても構わないよ。きみからプレゼントを貰うのは僕とか、知り合いくらいでしょ。変なの送っても大丈夫だよ」
「もう、そうじゃなくて。えっと…将来の話ですよ。こ、子どもとか、できたら。…サンタさん力、必要になるでしょう?」
「………。そうだね」
確かにそうだ。未来の子どもをガッカリさせないために、プレゼント選びの練習は必要だ。…まぁ何より前提条件を成立させる必要があるのだが。
「頑張ってみる?」
何とは言わず、聞いてみる。
彼女はポッと赤くなると、きょろきょろと辺りを見回したり腕をぶんぶん振り回したり、よく分からない不思議な動作を繰り返した。
やがて気が済んだのか、コクンとひとつ頷くと、逃げるように台所へと引き返していった。
僕はそれを見ながら、数年後のクリスマスの自分たちを想像してみた。事前に頑張って品物を選んで、綺麗に包装して、まだ出会っていない小さな我が子にプレゼントをする。
もしかしたら頑張って用意しても文句を言われたりするかもしれないし、子どもが増えたらプレゼント内容を考えるだけでも大変になるだろう。
でも、きっととても幸せだ。
未来の自分が振り回される姿を想像しながら、僕はにっこりと笑っていた。
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