こぼれ話(エイプリルフール)
※最終回後のエイプリルフール話です
スレッタは少しばかり気合を入れていた。
何故なら今日は4月1日。一年のうちでただ一日だけ、嘘をついても許される日。
すなわちエイプリルフールだからである。
水星基地で過ごしていた頃には、嘘なんてついた事はなかった。
母は忙しそうに地球と基地を行ったり来たりしていたし、エアリアルはモビルスーツなので物理的に驚いた反応は返せない。さらに周りの大人たちに嘘をついても怒られるだけなので、エイプリルフールとはスレッタにとって縁遠いイベントだった。
もう少し早く学園に行くことができればエイプリルフールを楽しめたのかもしれない。けれど生憎と去年の今頃はアスティカシア学園へと向かう船の中だった。
でも今年は違う。そばには最愛のエランがいる。
彼なら少しばかり嘘をついても大丈夫という確信がある。彼は自分にとても甘くて優しいので、多少は悪い子になっても許してくれる。
という訳でスレッタは、彼に嘘を仕掛けることにした。
詳しく調べた所、エイプリルフールにはいくつかのルールがあるらしい。
嘘をつけるのは午前だけ。そして人が傷つくような嘘はダメ。
今日は普通に平日なので、エランは仕事に出かけてしまう。
つまりは、朝食の時がベストである。内容もそれなりのものを見繕えたと思う。
「おはよう、スレッタ」
「おはようございますっ!エランさん!」
「…何だか朝から元気だね」
「いえ!普通ですっ!」
ふんふんと気合を入れて、出来たばかりのパンケーキやおかずを並べる。覚えたばかりの和食を出したこともあったのだが、やはり朝はパンケーキがいいとエランからリクエストされているのだ。
基本的に仕事の日は早めに起きるので、ゆっくり朝食をとってもまだ時間は余る。食後のコーヒーやココアを飲みながら2人でお話をして、それから仕事に行くのが殆どだ。
今日もエランはコーヒーを飲みながら、朝食前に確認した山の様子などを話してくれた。
「上の方の山道に花が咲き始めてたよ。名前は分からないけど、けっこう大ぶりで綺麗な花も咲いてた。休みの日に見に行こう」
「いいですね!お弁当も作ってピクニックに行きましょう」
「虫も活発に動き出してるみたい。あとで防虫の薬を買ってくるから、家の中と外に撒いた方がいいかも」
「そういえば育てているお野菜に小さい芋虫がいたんです。そのお薬を撒いたら来なくなりますかね?」
「どうだろう。いくつか種類があるはずだけど、芋虫用があるか見てみるね」
「お願いします!」
「スレッタの方は何かある?家庭菜園とか、よければ手伝うけど」
「いいえ、特には…あっ!」
「ん?」
すっかり普通に会話を楽しんでいたスレッタだったが、本来の目的を思い出した。慌てて端末を手にして、あらかじめ用意していた画像を表示する。
「え、エランさん。春という事は、虫さんだけじゃなくて、動物も活発に動き始めますよね?」
「そうだね、冬に比べてずいぶん賑やかになった印象かな」
「そ、その中で、ぜひ注意してもらいたい動物がいるんです」
「ああ、熊とか、猪とか?」
「ち、違います…!これですっ!」
そう言って見せた端末には、一匹の動物の絵が映されていた。
ずんぐりむっくりした体。大きなしっぽ。目の周りが黒くて、なんだか間抜けな顔をしている。
「えーと…、この動物は、『たぬき』…?」
「そうです!この子はとっても危険なので、とっても注意してください!特に頭に葉っぱを乗せている子は、要注意です!」
それからスレッタは、いかにこの動物が危険かを説明した。
色々なものに変身できること。
その能力で人を騙すことがあること。
たまに凶悪な性格の子がいて、ウサギさんを泣かせてしまったりすること。
途中で少しヒートアップしてしまったが、概ねそんな感じの事を熱弁した。
「こんな動物がいるんだ。怖いね」
「そうなんです。彼らはよく山に出没するので、エランさんも騙されないようにしてくださいね」
スレッタはそんな言葉で締めくくった。
もちろん嘘である。
タヌキとは幻想の中の動物だ。ユニコーンとか、ペガサスとか、そんな不思議生物のお仲間なので、現実の世界には存在しない。
冷静に考えて、自在に何にでも変身することができる動物なんている訳がない。スレッタは現実を知っているのだ。
でもエランはスレッタの嘘を信じてしまっているようだ。もしかして過度に怖がらせてしまったかとちょっと心配になる。
フォローしようかどうか迷っていると、エランが自分の端末を取り出してある画像を見せてくれた。
「動物と言えば、ペンギンって知ってる?この間僕は初めて知ったんだけど」
「ペンギンさんですか、もちろん知ってますよ。飛べない鳥で、氷の上に住んでるんです」
とても可愛い鳥さんだ。氷の上をよちよちと歩いたり、お腹を使って滑っていたり、たまにコロンと転がっていたりする。
実際に見てみたいが、氷に囲まれた場所なんて行ったら風邪を引きそうなので諦めている。
スレッタが夢見心地になっていると、エランが驚くべき真実を教えてくれた。
「そのペンギンなんだけど、彼らって空を飛べるんだね」
「えっ!?」
驚いていると、エランが端末をタップした。何かの会社のロゴが映り、すぐに氷の世界でマイクを握るレポーターの姿に切り替わる。どうやらただの画像ではなく、映像のようだ。
レポーターの男の人は熱心に画面のこちら側に向かって説明している。顔が赤く、とても興奮しているようだった。
『素晴らしい映像が撮れました!みなさん、奇跡の瞬間をご覧ください!』
スレッタは口をぽかんと開けた。
そこには、たくさんのペンギンたちが一斉に空に飛び出して行く光景が映っていた。
滑らかな羽をパタパタとさせて、飛んでいる。
飛びまくっている。
「す、すごい…!」
スレッタは夢中になって映像を見た。あんなに小さな羽で、重そうな体を浮かせているなんて…!
「ペンギンさん、すごいですっ!」
その日のスレッタはずっとペンギンの事を考えていた。
帰って来たエランに種明かしされるまで、スレッタの想像するペンギンは空を自由に羽ばたいていたのだった。
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