こぼれ話(にゃんにゃんにゃんの日)
※にゃんにゃんにゃん(2/22)の猫の日SS。前半はほのぼのですが、後半は少し閲覧注意です。
スレッタ・マーキュリーはネコである。ふさふさの大きなしっぽがご自慢の、全体的に丸みを帯びた可愛い可愛いネコである。
長めの赤毛を風にそよがせて、今日もご機嫌に公園のベンチの上で日向ぼっこを満喫している。
風は少し冷たいが、その分お日様の光が気持ちいい。
ぽかぽか、ぽかぽか、いい日和だ。
(でも、何かが足りないなぁ…)
満ち足りたような、でも何か物寂しいような、よく分からない不思議な心地でスレッタはうとうとと目を瞬かせている。
そんなスレッタの体を影が覆った。お日様の光が無くなると、途端に風の冷たさが強くなる。
お日様が雲に隠れちゃったのかな?
少し残念に思いながら目を開けると、そこには大きな動物がいた。
「こんにちは、タヌキさん。起こしちゃってごめんね」
三角お耳がピンと目立つ、スレッタよりもはるかに体の大きい誰かが覗き込んでいた。
スレッタはびっくりしてしっぽをピンと伸ばしてしまう。おひげもコチンと固くなる。
少しだけお耳を後ろに下げながら、そっと様子をうかがってみる。穏やかな空気を纏うその誰かは、静かにこちらを見ているだけだ。
くんくん、匂いを嗅いでみる。その間も見知らぬ誰かはピタリとして動かない。
安心したスレッタは、とりあえず気になっていたことを主張してみた。
「こんにちは、私はスレッタ・マーキュリー。種族はネコです、タヌキじゃありませんっ!」
まん丸いフォルムではあるが、スレッタはネコである。そこは譲れない所だった。
「そうだったんだ、ごめんねスレッタ・マーキュリー。僕はエラン・ケレス。種族はキツネだよ」
「キツネさんですか?」
「そうだよ」
キツネなんて動物初めて見る。スレッタはよく観察をしてみた。
ピンと立った三角のお耳。長くてすっきりとした鼻筋。ふさふさした豊かなしっぽ。大きくてスラっとした手足。
「大きな括りにすると、犬の仲間だね」
エランが自分の事をもっと詳しく教えてくれる。確かにずんぐりした自分とは何もかもが違うようだ。…けれど。
「いいえ、きっとあなたはネコの仲間です!…犬じゃありません!」
「えぇ…」
確信を持ってスレッタは断言していた。何よりも犬は自分を見ると乱暴にちょっかいをかけて来るのだ。こんなに優しい犬の仲間なんている訳がない!
そしてエランの雰囲気は自分以外のネコに似ている。スレッタは自身の考えに自信を持っていた。
スレッタの言葉に少し体を引いたエランは、けれど訂正することなく再び話しかけてきた。
「遠くから日向ぼっこをする君を見てたんだ。とっても気持ちよさそうだったからつい近づいてしまった。邪魔をしてごめんね」
「そうだったんですか。構いませんよ。そうだ、一緒に日向ぼっこしましょう!」
いいアイディアだ、とばかりにスレッタは少しベンチから体をずらした。空いたスペースにエランを誘うと、少しばかり逡巡しながらも彼はベンチへと上がってくる。
体が大きいエランによって、ベンチの半分はすっかり毛皮で隠れてしまった。
スレッタはその毛皮へ飛び込むように体を寄せると、「にゃんにゃん」と機嫌よさげに鳴き声をあげた。ふわふわの毛が体を包んで、とっても安心できる気持ちよさだ。
エランは自分の毛皮に埋もれているご機嫌なスレッタを見ると、小さく「わん」と鳴いて鼻先を押し付けてくる。まったく嫌がらないことを確認すると、優しく毛づくろいしてくれた。
「エランさん、『わん』じゃなくて、『にゃん』ですよ」
「でも僕はキツネだよ」
「いいじゃないですか、私と同じになってくださいよ」
夢の中なんですから。
そこまで言って気が付いた。そうだ、これは夢なんだ。夢の中でエランさんとくっついているんだ。
スレッタが自覚すると、いつの間にか目の前のエランは少し体の大きなネコの姿になっていた。短い毛がすらりとした、どこか気品のあるネコだ。
これで大丈夫だ、とスレッタは嬉しくなった。同じ種族になったなら、何の障害もなくお嫁さんになれる。
スレッタはとっても幸せな気分になって、ますますエランにくっついた。ふわふわの毛は無くなったけれど、お互いの体が近くなって彼の体温がよく伝わる。
「にゃんにゃん」
スレッタがごきげんな声で鳴く。
「ミャウ」
エランが遠慮がちな声で鳴く。
「エランさん、『ミャウ』じゃなくて、『にゃん』ですよ!」
すかさずスレッタが突っ込むと、エランは首をかしげてしまった。現実の彼もよくするポーズだ。
「ネコって『ミャウ』って鳴くんじゃないの?」
「いいえ、『にゃん』です。さぁ、言ってみましょう!」
「…にゃん?」
言われるがまま、エランは鳴き声を変えてくれる。自分の我が儘を聞いてくれる優しい彼の様子に、スレッタはますます嬉しくなって体をもっとくっつける。
「にゃんにゃん」
スレッタが鳴く。
「にゃん」
エランも鳴く。
温かいお日様の元、ベンチで1つになった毛玉たちはにゃんにゃんとご機嫌な鳴き声を上げる。もう二匹を分け隔てるものは何もなく、ずっとずっと一緒にいられることだろう。
スレッタは満ち足りた気分でエランに体を擦り付けると、うつらうつらと幸せな夢の中に潜っていった。
「んむ…にゃむ…」
うっすらとした光の下、スレッタは少し肌寒さを感じて目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見回すと、まだ起きる時間にはほど遠い、夜明けになったばかりのようだった。
ズレた毛布を引っ張ると、ひんやりとした感触がスレッタを覆った。どうやらずいぶん熱源から離れてしまっていたようだ。
体を反転させると、ほんの少しだけ離れた所に横向きに寝ているエランの姿があった。すぅすぅと小さな寝息を立てて、無防備な寝顔を晒している。
いつもはスレッタの方が遅く起きるので、エランの寝ている姿を見るのは珍しい。少しの間、彼の寝姿をじっと見つめる。
そっと音を立てないようにすり寄ると、エランの胸に頭をくっつけてみた。トクトクと聞こえる心臓の鼓動、自分より体温の高い大きな体が、スレッタの心に安心感を与えてくれる。
そのままエランに押し付けるように体をぴったりつけると、ぐりぐりと体中を擦り付ける。大好きな匂いが鼻腔を満たして、スレッタは満足げに息を吐いた。
「…眠れないの?」
エランの密やかな声が聞こえてくる。どうやら起こしてしまったようだ。
スレッタは彼の問いに答えずに、ただ体をぎゅうと押し付けた。もう微かにしか覚えていないが、先ほどまで見ていた夢の中では、もっと近くにいた気がしたからだ。
エランの手がスレッタの背に添えられる。空気に触れて冷たくなった背中には、彼の手はとても熱いものに感じられた。
「……したいの?」
更に潜めた声が耳元で聞こえる。スレッタはそれにも答えずに、ただ自分の足を彼の足に絡めると、遠慮がちに下半身を押し付けた。
最近になって買い替えたベッドがきしりと小さな音を立てる。…少しくらい動いても壊れはしない頑丈なベッドだ。
エランの腕にぐっと力が入る。視界がくるりと回ったかと思うと、スレッタは仰向けになっていて、エランがそれを見下ろしていた。
彼の目が獲物を狙う猫のようにひたりと自分に据えられている。夜明けの薄明りの元で見るそれを、スレッタは恥ずかしそうな…期待に満ちた目で見つめていた。
「…スレッタ、行ってくる。しばらく寝ていていいからね」
「ふぁい、エランさん…」
急いで支度したエランが、少し髪を湿らせたままの姿で部屋を出ていく。今日はスレッタは休みの日だが、彼は変わらず出勤の日だ。
悪いことをしてしまったなと少し思ったが、出勤する直前までスレッタを離さなかったのは彼の方だ。おそらくは、大丈夫だろう。
朝の光の中で仲良くするのは少し恥ずかしかったが、たくさんのエランを補給できたのでスレッタは満足だ。
もう少し休んだらお風呂に入って、その後はのんびり日向ぼっこでもしよう。
力の入らないくんにゃりした体を毛布の下に潜り込ませると、スレッタはすぐに眠りに落ちた。
エランの匂いに満ちたベッドは、スレッタにとって安心できる場所の1つだ。
その顔は、昼寝をする猫のように幸せに満ちたものだった。
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