こぼれ話(こどもの日)
※最終回後のこどもの日の話です
この地域特有の大型連休に突入してから、はや数日。エランは久々にひとりで買い物に来ていた。
なにかスレッタが喜ぶような食べ物はないだろうか。出来合いのモノを売っている場所を、真剣な顔でジッと見る。
今日は食事作りはお休みして、スレッタに楽をしてもらうつもりでいる。だからエランは昼寝をする彼女にメモを残して、食事を買うためにここへ来た。
体力が回復するような、それでいてスタミナが付くような食事が良い。
肉と野菜の総菜をそれぞれカゴに入れる。主食となるパンと、一応レトルトのライスも入れる。ついでに手軽に作れる野菜スープの素も入れ、最低限の目的は達成した。
ただこれだけでは片手落ちだ。疲れているスレッタの為に…ついでに彼女の喜ぶ顔を見る為に、ぜひとも甘いものも購入しておきたい。
総菜コーナーから離れ、デザートコーナーへと近づいていく。
エランの頭には、甘いモノよりも甘いと思える昨日のスレッタの姿があった。
実は最近の2人は、あまり人に言えないような『練習』を繰り返している。
本番を失敗しないようにするための前振りではあるのだが、少しずつ進展してきたその内容は、今やけっこう体力を使うようなものになっていた。
だからエランとスレッタは休みの日にしかしないと取り決めをしている。しかしながらこの大型連休である。連日連夜、つい『練習』に励んでしまい、昨日はうっかりスレッタを潰してしまう羽目になった。
反省したエランは、せめて残りの休日は彼女にゆっくり休んでもらおうと思ったのだ。
手始めに食事の用意、そして家事。夜は何もせずに健やかに過ごす。これで彼女の体力は回復するはずだ。
反省するのはそれだけではない。せっかくの連休だというのに、ここ数日は家で『練習』を繰り返して、遠出のひとつすらしなかった。
初めての大型連休で勝手が分からなかったとはいえ、正直考えなしだったと思う。
スレッタは「お家で2人でいるのは大好きですよ」と言ってくれたが、彼女の優しさに甘えているだけではきっと自分は駄目男になる。
次は夏ごろに連休があるそうなので、その時が名誉挽回のチャンスだ。2人できっちり計画を立てて、遠出をしたり旅行をしたりしたいと思う。
地球と宇宙の情勢はまだまだ落ち着いていない。けれどこの近辺は相変わらず平和そのものだ。宿を取り、2人でゆっくりするのもいい。それに、海に行くのもいいかもしれない。
水着のスレッタ…。
妄想の翼を広げようとしたところで、デザートコーナーへ到着した。
まずは遠くの妄想よりも、近くの妄想だ。嬉しそうに顔をほころばせるスレッタの姿を思い浮かべ、それが現実になるようなデザートを選ぶべく頭を切り替える。
ケーキ、プリン、シュークリーム。どれもスレッタの好きな物なので、これらを買ったら確実だろう。
けれどこの日のデザートコーナーには、でんと居座る存在があった。
この地域特有のお菓子、それも生菓子であろう存在。それは白い餅だった。しかもダイフクのような丸々とした餅に、何故か大きい葉っぱがくっついている。
漢字はまだ読めない。けれど小さな字でフリガナが振ってあった。
「カシワモチ…?」
どうやら今日の記念日にちなんだお菓子のようだ。『こどもの日』とも書かれているが、別に大人も買っていいものだろう。
せっかくなので、とエランは大量に積まれた白い生菓子を1つカゴに入れてみた。
後でスレッタと一緒にこの菓子の由来も調べてみよう。
好奇心旺盛な彼女の興味を引くようなお菓子を買えて、エランは大変満足していた。
「エランさん、すいません。わたしずっと寝ちゃってました!」
「いいよ。僕が悪かったから。それより食事を買ってきたから一緒に食べよう」
謝るスレッタを宥めて、2人でゆっくりと食事をとる。
エランがよく利用する店の総菜は中々の出来のものが多く、今日買って来た惣菜もとても美味しかった。
申し訳なさそうにしていたスレッタも、すぐにニコニコと笑顔になって食べている。
そうして最後にデザートに件の生菓子を出してみた。
スレッタは可愛い!と喜びながら、さっそくパックを開けていた。エランの妄想の現実化は近そうだ。
そのままパクリと食いついて、けれど予想に反して訝し気な顔になる。
「むむ…この葉っぱ、なんだか固いです。触感が悪いような…」
「ええ?ちょっと待って」
基本的にこの地域の菓子は美味しいものが多いが、もしやハズレを選んでしまったのでは?焦ったエランは、すぐに端末で確認してみた。『カシワモチ ハッパ』で検 索を掛けてみる。
出て来た検索結果を公用語に直すと、どうやら葉っぱはただの飾りで食用ではない事が分かった。
ついでに『コドモノヒ』も検索してみると、その内容もきちんと出た。
「ごめんねスレッタ、その葉っぱは基本的には食べないものみたい」
「そうなんですか。前に食べた『サクラモチ』…?とは違うんですね」
「使われてる葉っぱが違うんだって。もっとよく調べればよかった」
反省である。シュンとするエランに、スレッタは再び笑顔で許してくれた。今度はきちんと葉っぱを剥いて、モチモチと食べ始める。
「この葉っぱ、持つのにちょうどいいですね。何だかいい香りもしますし」
そう言ってフォローしてくれる。
「味の方はどう?外見はダイフクと似ているけど、やっぱり一緒かな」
「こっちの方が生地がしっかりしてます。中身は同じですけど、食感が別だと印象がだいぶ違いますね。すごく美味しいです」
どうやら気に入ってくれたようだ。
エランはホッとして、検索結果を改めて確認してみることにした。
「このお菓子、どうやら今日の記念日にちなんだ物みたい。今日は『子どもの日』なんだって」
「『子どもの日』…。わたしが食べていいものなんでしょうか?」
「特に食べる人の決まりはないようだね。お店には大量に置かれていたし、誰でも気軽に食べていいと思うよ」
「よかった…。それで『子どもの日』ってどういう記念日なんです?何となく想像は付きますけど」
「無事に育った子どもの為にお祝いする日だって。僕らには直接関係はないけど、この地域の人達は大らかだから、少しくらいの恩恵なら貰っても大丈夫だよ、きっと」
「ですよね。もう遠慮なく食べちゃいます」
「そうしちゃって。僕は遠慮するから」
「もう、エランさん!」
じゃれ合いを楽しみながら、何気なく端末をスクロールする。そこには『カシワモチ』の由来もきちんと書かれていた。
「へぇ、餅って神聖な物らしいよ。それを縁起の良い葉っぱで包んだお菓子が今スレッタが食べてるそれ。何だかありがたく思えるデザートだね」
「そうですね、ありがたく食べる事にします」
モチモチと食べ進めるスレッタの様子にクスリと笑って、さらに読み進めていく。
「具体的な意味もあるみたい。食べるとそれが叶うってやつだね。えーと…」
目にした意味に、思わず固まってしまう。
「エランさん?」
「……子供が元気に育ちますように…、って意味が込められてるみたい」
「そうなんですか、素敵ですね」
「……そうだね」
エランはそっと端末をタップして、内容を見られないようにした。『子供が元気に育ちますように』。その願いは嘘ではない。
嘘ではないが…。
ちらりとスレッタの方を見る。夢中になって『カシワモチ』を食べている姿を…。
『子孫繁栄』
そんな意味が込められているお菓子を喜んで食べるスレッタの姿を、生唾を飲んで見守った。
子孫繁栄なんて、そんな…。
エランの頭に再び妄想が舞い戻る。小さな子どもを2人で囲む姿でも妄想できればよかったのだが、生憎と最近は不埒な想いに溢れている。
頭の中は、もはやピンク色一色である。
『練習』は休むと決めたのに、もう反故にしたい気が満々になっている…思春期の男の姿がそこにはあった。
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