この手を離さないで
飛行機事故が起こるよりも、自動車事故に遭遇する可能性の方が格段に高いと撫子は知っている。けれども、怖いものは怖いのだ。
地を走る車両とは別に、空を飛ぶ飛行機は逃げ場がない。しかし修学旅行先へ行く為にはこの飛行機に搭乗するしかない。
「うぅ…機内ではアタシの手を離さんで、たつきちゃん」
「オーバー過ぎるって。というか撫子はいざとなれば飛べるんだから飛行機墜落しても助かるだろ」
「高度一万メートルなんて未知の世界やァ!ぴゃぁ〜怖い」
「うるさい! ほらもう行くよ集合時間だ、覚悟決めな」
「あああぁぁぁ…………」
「いや、ホント大げさ過ぎだから」
空港のロビーまで来ても撫子の怯えっぷりは健在だった。
グループ決めの時からずっとこの調子で、今日だって朝、顔色が悪くてどうしたのと問うと、飛行機に詳しくなれば恐怖は減ると思い、調べまくった結果寝不足になったらしい。
「じゃあ行きだけ手を貸したげるから。帰りの飛行機は織姫に頼みな」
「ありがとうっ!!」
白い歯を晒し眩しく太陽のように笑う撫子に呆れつつ、ほら行くよ、とタラップを踏んだ。
そんなこんなで始まったたつき達の修学旅行だが、最初は良かった。飛行機に乗り込むまでは。
離陸して少しすると、窓際の席に座っていた撫子は小さな悲鳴をあげた。
「何!?どーしたの?」
「おおお落ちてるゥウ!」
「上がるんだよ!落ちるわけないから、ほら」
そう言って青い顔をした撫子に手を差し出すと、その手をしっかりと握ってきた。
「たつきちゃんの手、あったかい……」
「撫子が冷たいんだよ、寝ちゃいな。起きたら見知らぬ土地で大冒険すんだから」
「アタシたち今空飛んでんねんね?コレもう浮いてるやんね?うぅたつきちゃん」
「ヨーシヨシ、絶対に離さないから、静かに目を閉じな」
「眠くないヨォ」
「そんな顔には見えないっての」
そんなやりとりをしながらマッサージの要領で片手で肩をほぐしてやれば、撫子の力は段々と抜けていった。
肉体の緊張がほぐれたことで急速な睡魔に襲われたのだろう。瞼は伏せられ、白い歯が除いている。全く世話の焼ける友人である。
「おやすみ、撫子」
たつきは小さく囁きながらそっと手を握る力を強めてやった。