この後めちゃくちゃ詫びのシャンプーセットを差し入れた

この後めちゃくちゃ詫びのシャンプーセットを差し入れた


ホーキンスは一人で泣いていた。正確にいえば部屋で涙を流していた。百獣海賊団としての任務が終わりほうほうのていで部屋に帰った直後にだ。今日の任務の過酷さといったら、早朝から狛鹿で駆けずり回り夜の帳が下りたころにようやく帰ってきた。

普段なら趣味にもなっている入浴をするために湯屋へ真っ先に駆け込むものだが、その気力さえも今日は無く布団の上に突っ伏している時であった。布団の湿った感触にからだを起こせば自分が涙を流していることに気付いた。拭っても拭っても止まらず、面倒くさくなりそのままの状態でほうけていた。

同盟を結んだもののカイドウを目の当たりにして服従の道を選び部下の安否を気にかけながら命令に従う日々にホーキンスは溜息が止まらなかった。さてどうしたものかと考えあぐねていると、ふすまの向こうからドタドタという足跡が響き、ややあって凛とした声と共に女が現れた。

「ホーキンス!いる、の…か…。」

ノックもせずにふすまを勢いよく開けた飛び六胞の一人ドレークは部屋で一人泣いてるホーキンスを見て固まったあと瞬時に駆け寄った。

「どうしたんだ怪我でもしたのか?!それとも誰かにやられたのか!?」

ホーキンスは固まっていた。ノックもせず入ってきた無礼な輩を許すことはないが今は別だ。なんせ相手はホーキンスの恋してやまないあのドレークだ。彼女を一目見た時からホーキンスの心に恋のハリケーンが吹き荒れていた。シャボンディ諸島で彼女を見た時は思わず占っていたカードを地面に落としてしまたった。美しく凛としたその姿。真っ直ぐに伸びた背筋。意思の強さがこもった、空あるいは海の水面のような青い瞳。黄昏時を思わせる癖の強そうな赤毛の髪。努力を怠っていないであろう引き締まりつつも豊満な体。

動悸と体温の上昇を感じたホーキンスは思わず目で追い、彼女がそれに気付き振り向けばその美しさと太陽のごとき眩しさで思わず目を背けてしまうほどに。それからと言うものの手配書が更新されるたびにそれを集め、航路が被れば心のなかでガッポーズを決め、彼女を見つけることが出来ればその可憐で美しく凛としたその姿を少しでも多く目に焼き付けようとした。

いつもならことあるごとに占いをするホーキンスはこの恋についての占いが一切できなくなってしまった。もし相性が悪かったらどうしよう。もしドレークがほかの人間が好きだったらどうしようと思うとカードを捲る手が何度も止まってしまう。そんな思い人であるドレークがこの部屋を訪ねてきて自分の姿を心配して駆け寄ってきてくれている。ただただ涙を流している姿を見られ情けない気持ちとドレークがいることの嬉しさが入り交じったおかげでホーキンスは言葉を詰まらせていた。それが能面のように動かぬ表情筋と相まって無表情で涙を流す男とそれに慌てている女が布団の上に膝を折っているシュールな光景を作りだしていた。

さて、なにか言わねばとホーキンスが口を開くまえにドレークが尋ねた。


「何も言わなくていいからこれからする質問に頷くか首をふってくれ。」

何も言い出せないでいるホーキンスにドレークの提案はありがたかった。


「では行くぞ。なにか体調が悪いのか?」

首を横に振る。

「誰かにやられたのか、もしくは能力者によるものか?」

これも首を横に振る。

「…じゃあ、何か悲しいことでもあったのか?」

ホーキンスは一瞬ためらってから首を横に振った。


悲しいことはない。ただ毎日部下の生存率と自分の生存率を占い一喜一憂することはある。それから百獣海賊団での中間管理職さながらの日々。そして生存のためキッドたちの同盟を裏切ることとなってしまったことに対する罪悪感。ホーキンスが自分で自覚するよりも心が限界を迎えていた。その中でドレークとこうして仕事ができていることはホーキンスにとって唯一の癒しであり喜びであった。ドレークはホーキンスをしばし見つめた後、座ったまま背を向けた。


「お前も立場上部下にも仲間にも言えないことはあるだろう。だからおまえが泣き止

むまで私の背中を貸してやろう。」

ホーキンスはまたもフリーズした。背中を貸してやるだと?つまりそれはドレークに合法的に触れられることで…いや、しかしと逡巡しているとドレークがこちらに向き直った。

「やっぱり胸のほうがいいか?」

と手を広げて首をかしげた。ホーキンスは思わず、ズサササと後ろに下がった。胸は刺激が強すぎる。あの控えめに言っても豊満な胸に抱きしめられたりなどしたらホーキンスの愚息は爆発してしまう。無論これらの全てはホーキンスの表情筋によって1mmも表に出ていない。そうして悶々としているとドレークは

「…私ではダメか。嫌なら嫌と言ってくれ、邪魔したな」

今にも帰ろうとしてた。その背中に思わず手を伸ばしマントをつかんだ。ドレークの驚く気配を感じながらそのまま背中に顔をうずめ、二人とも座り込んだ。彼女のマントを汚してしまう申し訳なさと引き留めてしまったことに困惑しつつもホーキンスは頭を預けた。ドレークは呆気に取られていたがフフッと少し笑い、相談するために持ってきたであろう書類に一人で目を通し始めた。

ホーキンスはドレークの体温と匂いを感じていた。ドレークはどちらかと言えば体温の高いほうではなかったが今日は心地よいと感じるくらいに温かかった。ホーキンスがすん、と鼻を鳴らすと彼女から香る石鹸のさわやかで優しい匂いがした。目を上に向けると唯一肌が見える耳がほんのり赤くなっていた。もしかしたら湯屋に行ったのかもしれない。それならばこの匂いと体温に説明がつくなと一人結論付けた。

しかし、湯屋にいった直後にここへ来たのか。いったい何故?それほど重要な書類はなかったはずだ。それにドレークとの任務は明後日のはずだが。というか今日俺風呂に入ってないじゃあないか。絶対くさいではないか。うわぁー!申し訳ねェ!というかめっちゃいいにおいするなこいつ。全身石鹸で洗っていると聞いたときは卒倒しかけたが、石鹸でこれだけいいにおいがするならそれもいいか。いやよくない。やはりちゃんとしたシャンプーやボディーソープを使うべきだ。ドレークに合う匂いは何がいいだろうか。柑橘系かな。いや、いっそ俺と同じ匂いのものをプレゼントしよう。きっと使ってくれるはずだ。えっ!まて!とするとドレークは俺と同じ匂いになるのか。それはもう付き合っているのと同じは?……


と思考がいささか狂った方向に舵をとり始める前にドレークの温かさと今日の疲れが相まってホーキンスはあっという間に睡魔に襲われた。そういえば今夜は雨が降ると誰か言っていたなと思い出し、ドレークの傘と帰る術の有無を案じながら眠りの世界に旅立った。


翌朝目を覚ますとなぜかドレークと同じ布団に寝ておりしばしフリーズした後、背後にキュウリを置かれた猫よろしく飛び上がり、天井に頭を突き刺しドレークに悲鳴をあげさせ半べそをかかせることになるまでホーキンスの夜は平穏であった。







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