このあとめちゃくちゃ喧嘩した
「情けねぇなぁ黒崎!!」
鈍い音が衝撃と共に叩きつけられる。揺れる視界と次いで聞こえる下卑た嗤い声が、ひたすらに吐き気を催させた。口の中に広がる鉄の味を吐き捨てて、黒崎一護は眼前の敵を睨みつける。
「っと、怖え怖え。睨むなよ黒崎ぃ。そんな睨まれると怖すぎて妹ちゃんに手がでちまいそうだ!」
「この先真っ直ぐ行ったとこにある中学、確か妹ちゃんたちが通ってんだよなぁ?連れてきてやろうか」
椅子に拘束された一護の両肩に手を置いて、男は揺さぶる様に語りかける。身動きの取れない一護は歯を食いしばり殺意のこもった目で睨みつけることしかできない。それが情けなくて、握りしめた一護の拳からは血が滲み出ていた。
「つかまだそんな目すんのかよ黒崎。立場わかってる?マジで妹連れてくんぞカス」
「ッ…!!」
無防備な腹を殴られ、いよいよせりあがる吐き気に耐えられなくなってきた。だが、一護がこの男たちの前で吐くことはもちろん、痛みに喘ぐ姿を見せることはない。こんな人質なんて下卑た方法を使わなければ喧嘩ができないような奴らの拳で、どうして惨めに悶えることができようか。それはこれまで数々の強敵と戦ってきた一護自身の矜持でもあり、自分を好敵手と呼ぶ彼らの顔に泥を塗るまいとする意地でもあった。
「はーーーー、つまんな。オレ飽きてきたんだけど」
「マジで悲鳴ひとつ上げねぇなこいつ」
手ェいて〜と大袈裟に喚きながら、一護を殴っていた男が離れる。ようやく飽きたか、と内心では冷静に思うものの、すでに一護は満身創痍だった。放置されるにしてもこの怪我では本当に命が不味いと、状況の悪さに冷や汗が頬を伝う。
そんな時だった。
「なーー、そういや、これまだ使ってなくねーー?」
何か重いものが引きずられている様な音がする。恐る恐る、一護は痛む頭を動かした。
ぼやけた視界にかろうじて写ったものは、男の手に握られた金属バットだった。しかもご丁寧に何本かの釘が打たれた、お手本の様な釘バット。
ひゅ、と微かに喉がなる。相手はどうやらそれを使うことに乗り気の様だが、今そんなもの使われては本当に不味い。
顔色を変えた一護に気づいた男たちはにたりと口角を上げて擦り寄ってくる。
「おっ、流石の黒崎くんでもこれはビビるか」
「やり〜!作ってきたかいあるわ〜」
コンクリートとバットの擦れる音が焦らす様にゆっくり近づいてくる。ボロボロの身体に鞭を打ち、なんとか逃れようと身を捩るが、他の男に容易く押さえつけられてしまう。うまく力が出ない。これは、まずい。
ズルズル引き摺る音が、止まる。ゆっくりと、その右腕が振り上げられる気配がした。
そうして一護は硬く目を瞑って__
「ガッ」
次に聞こえたのは、バットが空をきる音ではなく、短く簡潔な断末魔。
「まったく、無様だな黒崎」
聞き覚えのある声に、一護は薄く瞼を開く。
「は、誰だお前」
「黒崎の家族の学校まで調べたくせに僕のことは知らないのか。随分とお粗末な情報網だ。まぁ、別に親しい仲ってわけでもないけどね」
嫌味な声だ。聞いてるだけでむかっ腹が立つ。その声にちょっと安心してしまったのも腹立つので知らないふりをした。
「おいおい黒崎〜?だめじゃん仲間とか呼んじゃ。妹がどうなっても」
「心配は無用だよ。茶渡くんが掃除しに向かった。そろそろ終わっている頃だろう」
「は?何お前さっきから。そもそもさぁ」
「!」
「この数に勝てると思ってんの?」
ここにいる数人に加えて、さらに奥から武装したチンピラが出てくる。石田がこの程度の男たちに負けるとは思えないが、流石に数が多い。しかも手負の自分がいる。人質に取られれば足手纏いになりかねない。
忠告するために口を開く。そして気がついた。もう1人の男が石田の背後にまわっていることに。
「石田!!」
振り下ろされるパイプ。まずい間に合わない。
「___かひゅ、」
「心配は無用だと言ったはずだ黒崎」
石田の肘が男の鼻にめり込む。ワンテンポ遅れて吹っ飛んだ男はドサリと地面に倒れ込み気を失った。そんな男を一瞥すらせず、石田はいつもの様に眼鏡を人差し指と中指でくいと持ち上げて
「君はせいぜい帰ったときその怪我をみんなにどう言い訳するか考えておくといい。最も、こんな雑魚にやられたと言われても誰も納得しないだろうが」
いつもの様に嫌味を吐いて石田は持っていた鞄から手を離す。そうして、挑発する様にチンピラたちを睨みつけた。
「さぁ来い卑怯者ども。頭の軽い君たちに誇りとはなんたるかを叩き込んでやる」