ここに居るよ

ここに居るよ

IFロー

ここに居るよ

※晴らしぎみ?

※夢の共有・遺灰宝石に宿る魂概念






古代宝器ヘルメス──未だに謎だらけのそれを介して二つの世界が交差した戦争はようやく終息した。世界の間を貫いていた虫穴は閉じ、行き来は不可能となった──らしい。

ローには専門外の知識だった。ニコ・ロビンとあちらの世界のセンゴク大目付がそういっていたのだからローは信用するほかにない。

それに再びあちらの世界がこちらに侵攻してくる可能性はないとローも考えている。

ローは別の世界から来た自分の居る医務室に向かう。二つの世界が乖離するその一瞬、ローはもう一人のローをあちらの世界から攫ってきた。

その衝撃か、彼は今、深い眠りの中に居る。

──まるでこの世界を拒絶するように。



****


──もう時間がない! 世界が分かれる! ローさん、はやくキャプテンを!

「ベポ! お前たちは先に行け!」

遠くでも近くでもない場所から妙に靄がかったベポの声がローを急かした。

「クソあいつどこに──」

この世界のドフラミンゴは墜ちた。麦わらの一味、ハートの海賊団を殺戮し、己のファミリー、国、全てを失ったがゆえにこの世界のローに異常な執着を向けた男はもういない。

この世界のローにすがりつくように生きていた男は、ローと麦わらのルフィ、そしてとどめをさしたこの世界のローによってもう打ち砕かれた。あとはこの世界のセンゴクがうまくやるだろう。

その実感をかみしめる間もなく、古代宝器ヘルメスが世界を分離させはじめる。

「──麦わら屋!」

「おう! あの不思議穴だな!」

ルフィがこの世界のローをつかんで帰還しようとした時だった。

「白いトラ男!?」

こちらの世界のローは、もうその場に居なかった。



見聞色の覇気で探そうにも、急速に距離感が消えていく。

足下が崩れていくような奇妙な感覚。妙に世界に現実味が失せる。まるでトットムジカとの戦闘のようだった。足は地面についているのに上下左右が消え失せたような。

──こっちだローさん!

ペンギンの声がしてその声の方に走る。シャチの声もする。

──時間がねえ! キャプテンを頼む!

お前たちも早くいきやがれと怒鳴りつけるが、今度はクリオネ、イッカク、ウニ、と次々にクルーの声がローの行き先を示そうとする。ポーラータングに帰れなくなったらどうする気だと逐一怒鳴りつけながらも、ローは足を止めない。

現実感が失せていく世界の中、どんどんと城の輪郭がぼやけていく。

ローがこの世界のローを見つけたのは、声に導かれるままにたどり着いた豪奢な部屋の中だった。

ばらばらと床に散らばるのは親指よりも大きな大粒のダイヤモンド。それから白い毛皮の切れっ端。

その中で、物打ちから折れている鬼哭の切っ先を己に振り上げる男。

「タクト!」

咄嗟にルームを展開して彼の片腕を操ってひねり上げる。鬼哭がおちる。ひねり上げた手のひらは新たな血で赤い。

「何をしてる!」

「──離せ!」

鋭い語気にわずかにたじろぐ。血を吐く声だった。ぼろぼろと泣きはらした目がローをにらみつけた。ひどい顔をしている。

「もう約束は果たした! 仇を討った! コラさんの本懐も遂げられた! ──だからもう、頼む……」

食いしばった口から血が垂れて、涙に混ざって床に落ちる。

「もう、あいつらの居る場所にいかせてくれ……! もう疲れた……、もう、楽になりたい」

──ああ

ローは己の思い違いに気が付いた。

船出とはそういうことだ。

この男は最初からここで、"船出"をするつもりだったのだ。仲間を取り返したら、そうするつもりだったのだ。

「お前ならわかるだろう、トラファルガー・ロー!」

咄嗟に言葉が出ずに息が詰まる。

わかる──わかってしまう。

わずかに緩んだタクトの縛りを振り払い、こちらの世界のローはベポにするように冷たいばかりの毛皮を撫でた。

「お前の艦で、ほんのわずかだけでも良い夢がみれた……。暖かいベポの毛並みを思い出せた。割れた器を継ぐように、お前たちはおれを直してくれた。礼を言う、ありがとう」

「…………おれの艦はきらいか」

「……愛してる。でも、お前の艦だ。おれの艦はもうない。おれの仲間に会いに行きたい……。あいつらの居る場所が、おれの居場所だった……!」

この世界のローはうつむいて転がるダイヤをみつめた。ばらばらと涙が止まらぬままダイヤにかかる。ひときわ大きなダイヤが悲しげに光を反射させた。

「……おれのクルーをまた泣かせる気か」

「お前が言わなきゃ良い。この世界に残っただけだと」

ローが二の句を継げなくなっていると、がくん、と足下が崩れる。こちらの世界のローと二人、上下左右のない色のない空間に投げ出される。

「キャプテン!!」

今度ははっきりとローの耳に届いた声に振り帰る。色のない世界に丸い穴が開いている。それはもう人一人立って入れるかどうかの大きさに小さくなっていた。

その上目に見えるほどにどんどん小さくなっていく。

「チッ!」

「バカ、おれはおいていけ!」

「出来るか!」

ローは舌打ちと共に走り出す。こちらの世界のローをひっつかむ。

「キャプテン! ローさん!」

穴の向こうのクルーたちが穴から必死に手を伸ばす。自分たちがこちら側に転がりおちてしまいそうなほどに。このままでは、本当に誰かこっちに落ちるのではないかと思えば気が気ではない。

暴れるこちらの世界のローを無理矢理押さえつけてもう片方の手を伸ばす。

「クソッ!! 間に合わない──!」

クルーたちを飛び越えて、ゴムの腕が伸びる。

「トラ男と白いトラ男ォ!」

ゴムの腕が迫るが、わずかに届かない。

急速に狭まる視界。

間に合わない。

目を閉じかけたそのとき。

ドン、と背を押されたような気がした。

たくさんの手で、力強く。

あと一秒足りなかった距離を埋められ、ルフィの腕がローとこちらの世界のローを巻き取って縮んでいく。

ローたちの向こうを見たルフィとクルーたちの顔が一瞬驚きに染まり、思わず振りかえろうとした二人のローは、道が閉じる瞬間の爆発のような光とエネルギーで目の前が真っ白に焼かれた。

道が閉じた途端、そこは凪いだ海原に浮かぶサニー号の甲板が確かな現実味を持ってローに訴えかけてくる。

だから、その眩んだ視界の中で見たものは幻だったような気がする。







二つの世界が乖離する巨大なエネルギーの余波を受けて真っ白に染まる奇妙な世界の中で、ローとルフィがこの男をこちら側に引っ張れたのは殆ど奇跡だった。

せっかく治った傷は開き、別世界のドフラミンゴとの決闘でひどい有様だが命にはもう別状はない。

だが、それからというものあちらの世界のローは糸が切れたように眠り続けている。



医務室のドアの向こうで声がする。この声はペンギンだろうか。

「──ここに居るよ」

ノックしてドアを開けると想像通りのクルーがベッドサイドに立っていた。

「起きたのか」

「え?」

怪訝そうな顔でペンギンは首をかしげる。医務室の中には眠り続けているもう一人のローしか居なかった。先ほどペンギンは誰かと話しているように聞こえたが、独り言だったのだろうか。

「……寝てるのか?」

「疲れがでたんでしょう。すぐ熱を出すのはキャプテンと同じだ」

「……おれァ一日で下がる」

「微熱だから心配しなくて大丈夫ですよ。ローさんもずっと気を張ってたからなァ」

ペンギンがローよりも前髪をかき分けて汗を拭ってやると、少し眉が開く。それでも起きる気配はない。

「ローさんどんな夢を見てるのかなァ」

「……良い夢じゃねェよ」

ぼそりと呟くとペンギンは帽子のつばで隠れがちな顔を曇らせた。

「そっか」

「聞かねえのか」

「アンタが言っても良いときに聞かせてください」

「…………」

断片だけさえ咀嚼しきれないのは確かだ。ペンギンの心遣いに少しばかり甘えて黙った。

静寂がおりる。ふと視線をさまよわせて、ペンギンの胸元に下がるペンダントに首をかしげる。

「……そんなもんつけてたか?」

「ああ。これ借り物です。おれのじゃない」

ペンギンは銀細工のペンダントを持ち上げて揺らした。ペンダントトップには親指の先ほどの大きさのきらきらとした宝石がはまっている。

「ほら、一緒に行きてェっていうから、ちょっと場所貸してるんです」

「は?」

「ローさん、早く起きると良いな」

ペンギンはあちらの世界のローを見下ろして微笑む。

「キャプテンがおれ達の居る場所に居てくれるっていうから来ちゃった──んだって。おれもよくわかってねェんですけど」

「はァ?」

こんな風によくわからない言い回しをする男だっただろうか。深く問い詰める前に医務室のドアが開く。

「ペンギン、次の島、病院あるって!」

シャチの首にもシルバーのチェーンがかかっている。トップはシャツの下に隠れているが、ペンギンとおなじものだろうか。

「よっしゃ、買い出しだァ!」

問い掛ける前に二人が部屋を飛び出す。

──ここに居るよ。

ペンギンの声にわずかに声が重なって聞こえたのは、一体なんだったのだろう。

あの時、ローを今眠るローの元に導いた声は本当に自分のクルーの声だったのだろうか。

未だ眠るあちらの世界の自分を見下ろして、ローは思わず苦笑した。すこし肩の荷が下りた気がする。

「クルーの居る場所がおれの居場所か。なるほど、むちゃくちゃをしやがる」

ローの見ている前で、わずかに彼の残った腕が動いた。






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