ここだけラクス・クラインが女装美少年だったら-Phase-02-

ここだけラクス・クラインが女装美少年だったら-Phase-02-

hohoho

[Phase-02]

 彼が何を言っているのかは、わからない。

 ただ、彼が、自分という存在を受け入れていくれることと、私という存在そのものをまっすぐに見てくれていることがわかる。体が熱を持つ。ひ、ともぎ、ともとれぬ呻きとともに、男性としてはおそらく小さい部類のそれに手をのばす。

 女性としての姿の私。衣類だけではない。髪も。瞳も。骨格も、全て、私のそれは女性のもの。ただ唯一、私を男性たらしめるのは、股間にある小さなそれだけ。

 彼がしているのは見ている、ということだけ。それが、変態的な快楽に変わる。ありえざる妄想。優しい彼が、じっと私のその行為を見ている。

 見てくれている。見られている。見られていることに興奮している。

 ……狂う。ぞぶり、と何かをどこかにさしこまれる夢想。

 そして、私は果てた。

 ■■■

「……わたくしは、何をやっているのでしょうか」

 性の目覚め、というべきなのか。

 私のそれがしっかりと熱を持つようになり、己の欲望を吐き出すようになったのは、本当にここ2週間のほど。理由は明らかだ。

 彼に、会ったから。彼が、私を見てくれたから。

 それだけのことで、私は性的な興奮というものに目覚め、己の欲望を彼にぶつけるようになってしまった。

 だが、違和感がある。男性であれば、貫くことを、求めるのだろう。

 そうであるはずなのに、私は、見られることを求めている。

 あるいは、包まれることを?……貫かれることを?

 概ね、私の絶頂の引き金はその妄想だった。あの「彼」に私を貫いてほしい。

 夢の中で、女性の身体となって、彼と共にいる姿を見たことすらある。

 どこから生じているものかわからないが、「わたくし」は間違いなく、女としての意識が存在する。遺伝子か。魂か。あるいは、そう育てられた過程か。わからない。いずれにせよ、「わたくし」は女性だ。体が、男性だろうとも。

 そもそも、本当に私は男性なのだろうか。私は、男性の裸体というのを見たことがない。自分以外の男性を知らないのだ。

 わたくしは、体はどうあれ、心は女性なのだ。そう、自分の中でもう結論は出ている。故に、他の男性の前で肌や体を晒すことなど、あってはならない。貞淑であれ。そう、自分に課したはずなのだが。

「やっていることは、全然貞淑ではありませんわ……」

 湯あみをして、戻ってきたベッド。そこに突っ伏す。

 婚約者をだまし。そして、会って1日も経過していない少年に肌を晒す。そしてその少年に思いを馳せ、夢の中で果てる。あるいは、自らの手で己を慰める。

 これが貞淑な女の姿か?もとより、こんな身体に生まれてしまったのだから、せめて心だけでも、と思っていたのに。理想と現実は乖離している。

 ……いずれにせよ。私は今、何かを選ぼうとしている。

 時代は、すでに引き返せない方向に進もうとしている。普段はなにくれと私のことを気遣ってくれる父も、どうもその余裕がないようだった。

 絶滅戦争。異種間戦争。そして、目の前に迫る滅び。それをどうにかしなくてはならない。……「わたくし」はどうすればいいのか。

 「彼」。キラ・ヤマト。どうしようもなく、わたくしは彼に惹かれている。だが、その一方で、役割を果たそうと、あるいは婚約者に対するこれまでの行動、積み重ねを……責任や義務といった言葉で示されるそれを果たそうとする私もいる。

 どちらが正しい私なのか。私はどちらを選ぶべきか。

 ……いずれにせよ。繰り言だ。何度も繰り返した言葉。ああ。だが、今日こそは、それを果たさなければなるまい。

 なぜなら、私の前に、彼が現れてしまったのだから。もしも二度と会えないのだとしても、それはきっと私という存在の根幹の一つになってしまったに違いない。キラ・ヤマト。私をまっすぐに見てくれた少年。私がそこにあるままに、ただ見てくれた少年。彼が欲しいのだ。私は、おそらく、彼が好きなのだ。

 ……ならば、私はあのキラ・ヤマトに明らかにしたように、今私を婚約者と扱ってくれている彼にも、己の秘密を明らかにしなければならない。

 これは、ただの私の傲慢な思いの表出。だが、それをやらねば、今この先にいる未来に歩いていくことはできない。

 ■■■

 婚約者。アスラン・ザラ。私が騙して、一緒になろうとしている彼。

 彼と、とりとめもない話をする。

 ユニウス・セブン追悼式典の話。彼の母の話。

 あるいは今後の話。戦争の話。

 どのように本題を切り出そうか、と思っていたら、つい別の彼のことを話題に出してしまった。

 彼。キラ・ヤマト。

 心が弾むのを抑えきれず、つい声が躍ってしまう。

 だが、アスランにとっては、敵となったかつての友人の話のことをするのは辛いのかもしれない。

「無事だと思いますが……」

 それは、彼への信頼というものではないだろう。ただ、私に話を合わせただけ。

 しょうがないことだろう。今の彼は軍人であり、相当なストレスを負っている。

 かつての友人との敵対。それだけではない。敵軍から奪った兵器を運用し、最前線に立っている。

 こんな年若い者たちに、これだけの負担がかかり、未来すら奪われる。それが戦争だ。だからこそ……だからこそ、平和を私は希求する。

 話は移り変わる。昔のキラ・ヤマトのこと。昔のアスラン・ザラのこと。そして、キラの傍らにいたペットロボットのこと。

 キラ・ヤマトのことが、好きだ。そう思う。だが。それを口にする前に、私は彼に言わなければいけないことがあった。

「……アスラン。一つ、お話ししなければならないことが」

「なんでしょう、改まって」

 互いに敬語。どこか、距離がある。いつからだろうか。こうなったのは。

「私は、アスランに隠していたことがあります」

 ごくり、とつばを飲む。だが、きっと表情は動いていない。

 ……本当に。こういうことだけは、得意なのだ。

「実はわたくしが男性だ、と……そう言ったら、アスランは信じますか?」

「……は?」

 ■■■

 動きを止めたあと、アスランは、目を逸らす。

 怪訝な顔。「こいつは何を考えているんだ?」とでも言いだしそうな顔。

「御冗談を」

「冗談ではありませんわ」

「ラクスは、どこからどう見ても女性です」

「でも、わたくしは……遺伝学的には、男性なのです」

「……」

「……」

 沈黙がその場を支配する。確かに、冗談にしても、タチが悪すぎる。

 だが、私はここで、それを彼に伝えなければいけなかった。

 たとえ、婚約を破棄されても。たとえ、その結果、ザラとクラインの間に亀裂が入っても。

 ……この思考に至った時点で、私の中で答えは出ていたのかもしれない。

 だから、これはあまりにも酷い行為かもしれない。だが、それでも。私は、真実を伝えたかった。前に進むために。あるいは、親愛の情を向けてくれている彼を、これ以上裏切りたくなかったから。

 ■■■

「冗談だ……とそう思いたいのですが」

「そう思われますか?」

「信じられません。でも、ああ……申し訳ありません。

 そろそろ、時間ですので」

「……こちらこそ、申し訳ございません。変なことを言ってしまって」

 互いに、まっすぐ向き合うことを、避けてしまった、と思う。

 本当に、なにも上手く行かない。

 今、アスランは相当な負荷がかかっている。そんな負荷がかかっている中で、どうにか私に会いに来てくれたのだろう。その優しさを無にする行為をしてしまった。

 わかっている。彼を思いやるなら、嘘をつき続ける方がよかったかもしれない。だが、いつ死に別れるかわからないこの世界で、迷うという選択肢は、これ以上、アスランに嘘をつき続けるという選択肢は私にはなかった。

 だからせめて、まっすぐに向き合いたかった。今生の別れだと覚悟して、彼に―――キラ・ヤマトに秘密を明かした時のように。

 二、三事務的な話をして、別れる。別れの時。彼とまた、向き合った。

「……アスラン」

「……さっきの話、ですか?」

 今のアスランにとっては、軍人としての仕事の方が大事なのだろう。それはわかる。そして貞淑な婚約者であれば、それを思いやり、ただ、彼を送り出すのが私の役目だったのだろう。役目。役割。だが、それでいいのか。

 性別を偽り、何もかも偽って、役割に、役目に殉じる。それで、人はいいのだろうか。私だけでは、答えはでない。

「ラクスは、俺の婚約者ですから。たとえ遺伝子では男性でも、あなたは俺の婚約者です。後天的な治療法もあるはずでしょうし」

 それは、アスラン・ザラという少年の信念にも近い部分の感覚。

 大義に殉ずる。だから愛する。男であっても。婚約者だから。

 役割に生きる。そのために愛する。

 ……それで、本当に、正しいのか?

「そう、ですか……」

「では、また。ああ、時間が取れれば、また伺いますので、詳しい話はその時に」

 わかる。彼にとっては、軍人たらんとすることが、今の最優先。父のため。母のため。わかる。わかる、が。貞淑ではない私は、それをよしとできない。まっすぐに見つめられる、見つめあう感覚を知ってしまった私は。

 それは、知恵の実だったのかもしれない。本来私が食べるべきものではなかったもの。それを食べなければ、道に沿って、安寧とした生活を送れていたかもしれないもの。だが、私はそれを、もう知っている。

 それでも。それでも。まだ、私はその道を捨てられなかった。アスラン・ザラが婚約者であることを、それまで婚約者として交流した日々を捨てられなかった。

 顔を差し出す。私に対して、彼が、少しでも未練があるならば、私はそれに応えたい。……あるいは、そんな試すような行為こそが、アスランにとっては、どうしようもなく、相性が悪いものだったのかもしれない、と後でならわかったのかもしれないが。

 アスランは軽く、頬に口づける。それだけ。

 唇を差し出した婚約者に、彼はそれを避けてしまったのだ。

「では……おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

 結局、私はアスラン・ザラを癒せなかった。

 試すような真似をして、より負担をかけただけ。だが、それでも、一つの答えは得てしまった。

 彼と、私は。婚約者として、お互いを愛するという立場では。少なくとも、今は、まっすぐに向き合えなかったのだ。そして、わかったことと、言わなければいけなかったが、言えなかったことが一つ。立ち去っていく彼の背中に、私は言葉を投げかける。

「わたくし、あの方のことが、好きですわ……」

"ミトメタクナーイ!!"

 ピンクちゃんの声が、彼との交流の証が、それに異議を唱える。

 それに笑顔を返せたのは、なんでだったのだろうか。今はわからない。

 ■■■

Report Page