ここから始まるはずだった擦れ4×ス
「アンタも物好きだね」
ぎしり、とベッドがきしむ。自分の上に落ちた影の主は緑の瞳を爛々と光らせ、スレッタを見下ろしていた。獲物に狙いを定める肉食獣のような、静かな中に鋭さを秘めた双眸がすぅと細められる。
「……こんなのが、いいの」
「はっ……はいっ！」
思ったより大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえた。しかし当のエランは気にした様子もなく、そう、と小さく呟くのみ。
はらりとこぼれた横の髪を鬱陶しげにかき上げ、心底面倒そうにエランはため息をつく。いつも端正なエランの粗野な姿にスレッタの胸は終始高鳴っていたが、不意に不安が頭を掠めた。
「も……もしかして、迷惑……でした、か」
「どうして」
「そういう顔、してる……ので」
呆れをにじませていた顔から、すうっと表情が抜け落ちる。柔らかい黄緑の瞳が、今度は安心させるように細められた。
「……『こういうの』を、望んだんじゃなかったの」
「えっ……も、もう始まってたんですか……！？」
静かに頷いたエランを見つめ、スレッタは目を瞬かせた。
──事の発端は、先日ペイル寮のエランの部屋に泊まった時に遡る。
「……ろ、別に……」
「…………？」
ふ、と目を開けた。窓の外は明るくなっており、闇の中で愛を交わした夜はとっくに明けていることを悟る。
「は？ ……アンタ達には関係ない」
どきり、と心臓がはねて、布団の下で口を押さえていた。いまスレッタの隣にいるのは大好きな恋人で、この部屋の主で──いつだって優しくて穏やかな、エランのはずだ。同級生相手でも、こんな風に少し乱暴な言葉遣いをする姿なんて見たことない。
「用はそれだけ？ ……なら、もういいだろ」
不機嫌そうな声と共に、テロンという軽やかな音。どうやら誰かと通話していたようだ。ゆっくり、口を覆っていた手を離していく。
「……スレッタ・マーキュリー？」
「あ……お、おはよう、ございます……」
「おはよう。体は大丈夫？ 痛いところとか、違和感があるところは」
「なっ……ない、です」
よかった、と穏やかな緑の瞳がたわむ。その姿はいつものエランそのもので、荒っぽさなどどこにもない。額への口付けは甘く優しく、不自然な鼓動を誤魔化すには物足りなかった。
まだ、私に見せてくれていない一面があるのだろうか。私の知らない、エランさんの姿──ぐるぐると悩んでいるスレッタに、エランも違和感を覚えたのだろう。買っておいた朝食を食べながら、どうしたのかと尋ねてきた。
鋭くない、静かな水面にも似た涼やかな双眸に見つめられ、スレッタの口は素直になってしまう。
「……聞いていたんだ」
「ご、ごめんなさい……盗み聞きするつもりはなかったんですが……」
「すぐ隣で通話していたからね。起こしてしまってごめん」
とんでもない、と手を振って、ちらりと表情を窺った、すぐに視線が交わって、じいっと見つめられる。
「……幻滅した？」
「えっ？ ぜ、全然……？ むしろ、知らなかったエランさんの姿が見られて、嬉しい……です」
「……そう」
手にしていたクロックムッシュを置き、空いた両手をエランは膝の上で揃える。通話の相手は会社の人だったのだと、聞く前から教えてくれる。まだ明け方の時間にかけてきて、着信音でスレッタを起こしてしまいそうになり不機嫌だったのだと。
「普段は、……丁寧な振る舞いをするように言われているんだ。でも、君に対しては優しくありたいと思って接しているつもりだから」
「そ……そう、なんですか」
「うん。君のことが大事だから、大切にしたい」
そこだけは勘違いしないでほしい、と訴えるような瞳に、ぶんぶんと頷いてみせた。ほ、と小さくエランが息を吐く。対してスレッタの胸は、あの時の粗野な姿を思い出してどきどきと高鳴りだした。
エランは優しい、それはもうスレッタに対しては傍から見て明らかなほどに。だから疑ったことなどなかったし、さっきも言ったように新しい一面を見られたことを純粋に喜んでいたのだ──でも、スレッタは欲張りだった。
新しい一面は、やはり一面でしかない。好きな人のことはもっともっと、叶うなら全部知りたい。
──だから、ねだってしまったのだ。
「『この間の電話の時みたいに、ちょっと乱暴な感じで喋って抱いてほしい』……だよね」
「は、はい……」
改めて復唱されると、とんでもない要求で頬が熱くなる。それでも、いちど抱いてしまったそんな願望は膨らむばかりだった。
「お、お願い……します」
はじめてこの願いを口にした時の、エランの反応を思い出す。ちょっと驚いたように目を見開き、君が望むならと承諾してくれた。
「……ご命令とあれば」
緑の瞳から光が消え、すうっと細められる。告げられた言葉は形ばかり丁寧なだけで、降ってきた口付けも噛み付くようだった。
◇◇◇
「ひゃあっ、んっ」
やわく耳朶を食まれて、スレッタは悲鳴のような声を上げた。ぞわりと首筋が粟立ち、全身に痺れのようなものが走る。
「感じやすすぎるのも、考えものだね」
耳の裏を指先でなぞられ、それだけでぴくぴくと肩を揺らしてしまう。だって彼に触られると、どこだって気持ちがいいから。
うつむこうとした顎先を、長い指がすくい上げる。
「何してるの。これぐらいで感じてるやらしい顔、ちゃんと見せて」
「きゃ……っ、え、えええらっ、さ、」
「ここ。触ってないのに濡れてるけど。……耳だけでこんなになるんだ」
浮いた腰からスカートを抜きながら、エランは歯を立てて耳の軟骨を刺激する。時折穴の中にも舌を突っ込まれ、ぐちぐちという水音に脳すら犯されるようだった。
「ひゃあんっ、あっ、やぁ……っきもち、きもちぃ……」
「気持ちいいのに嫌、なわけないだろ」
「あっ、んんっ……！ そ、ですっ、きもちよくてぇ……っえらんさん、もっと、」
「うるさいな」
言うなり、口を口で塞がれる。どっと咥内に溢れた唾液を互いに交換し、最後に彼の分まで口移しで全て注がれた。
「のんで」
唇を離したエランが、命令するように吐き捨てる。反射で飲み込めばくらくらするような心地がして、頭の芯がぼうっと溶けていくようだった。
「ふぁ、あ……」
「へぇ、本当に飲んだんだ。……物好きだね、アンタ」
「ぅあ、あ、あ」
確かめるように、口の中に指が突っ込まれる。親指で広げ、差し込まれた中指が、舌の上を這ってくるりと咥内を撫ぜた。
「もしかして、口の中も感じるの」
「ふぁ……っ、っ」
手慰みのようだったそれが、明確な意志を持って口内を嬲る。上顎に爪を立て、歯茎をぎゅっぎゅと押し、舌の裏側までを確かめるように。再び唾液が溢れ、しかし飲み込むことも出来ずスレッタは溺れそうになった。
「あぅ、ふぁ、あ」
別の行為を連想させるような、グチュグチュというあられもない水音と嬌声に熱がのぼる。咥えているのはエランの指のはずなのに、これじゃまるで。
「ふぁ、ぁ……」
ようやく、指が抜かれる。反抗しようという考えすら失わせるほどのそれに力の抜けたスレッタを、エランは冷めた目で見下ろしていた。
「アンタだけ気持ちよくなるなんて、不公平だろ」
唾液まみれの指を雑に拭い捨て、投げ出されたスレッタの膝を立たせる。そのまま左右に開き、てらてらと濡れて誘う蜜口に指を押し当てた。
「あっ……」
期待した声を漏らしたスレッタに、エランは指を止める。割れ目をぬるぬると撫で、その上の真っ赤な花芯にも蜜をまぶしながら、しかし決定的な刺激は与えない。次第にスレッタも限界になり、自ら腰を揺らし始めた。
「や……っど、してっ……も、お願いです、はやく……」
「欲しい？」
こくこくと頷くと、エランがふっと鼻で笑う。
「さっき言ったこと、もう忘れたの？ ……アンタばっかり気持ちよくなるのは不公平だ」
「あっ……で、でも、いれたらエランさんも、気持ちよく……」
「ふぅん」
つまらなさそうな声とともに、ぐいっと足が抱え上げられる。両膝の裏を支え、愛液が滴り濡れた太ももの間に、エランは昂った熱いものを差し込んだ。
「え……？ ぁ……」
「自分も気持ちよくなれるから？ ……本当にきみはどうしようもないね」
「ひ、ぅ……っ」
大腿を濡らす蜜と、先走りが混じり合う。閉じさせた脚の間をひっきりなしに剛直が行き来する。あれがもし、自分の中に埋められていたら──そんな所を想像して、またじわりと蜜が溢れる。
しかし想像は想像だ。濡れてエランを誘う蜜壷は寂しく吹き抜ける風に冷やされ、身を貫くような刺激なんてスレッタはまるで得られない。特上のご馳走を前に待てをされているような気分で、じわじわと焦りに似た何かが積もっていく。
「んぁっ、あっや……も、やぁっ！ えらんさんっ、入れてくだしゃ、いれて、ぇっ……も、つらく、て……っ」
「それでお願いしたつもり？ 態度がなってないね」
「そんにゃ、ぁっ！」
一瞬。少しだけ狙いが外れたのか、ぬるりと大腿の間をすり抜けた切っ先がひくつく割れ目を抉った。ほんの少し、本当に表面を撫でただけのそれにすらスレッタは敏感に反応し、喉奥で声を詰まらせる。
「ぅく……っ！」
「は、ぁ……」
そろそろ限界が近いのか、エランの吐く息も荒くなっていく。中途半端に刺激を得てしまった腹奥は切なく疼き、早く早くとその時を待ち侘びる。
「ぅ……あ、ぇ……？」
唐突に、太ももに感じていた熱が消える。持ち上げられていた脚も下ろされ、血管の浮き出る剛直が眼前に晒された。
「ぇ……あの……？」
「ほら、ベッド汚したらだめだよね。口開けて」
屹立を手で支え、ぺちぺちとスレッタの頬を叩く。
「さっき飲めたんだからこれも飲めるよ、ほら」
飲める、という単語を聞いて意図を悟る。半分開いていた口をゆっくりと開き、少し舌も突き出してみた。
「ぁ……」
「は、……いいこ」
ぐちゅり、とエランが根元から擦りあげる。それに合わせるように、鈴口から白濁が飛び出しスレッタの口に注がれた。
「ふぁ……ん、」
唾液と絡め、ごくりと一息に飲み込む。さっきとはまた違う、生々しい匂いにぐうっとお腹の奥がうねった。
「の、のめまし……た」
んべ、と舌を突き出して、何も無いことを証明する。口の端に飛んでいたそれも指で拭って舐めとって見せれば、目の前の緑がどろりと蕩けた。
「…………へぇ。従順だね」
嘲るようなそれにかぁっと熱が集まり、反射的に言い返す。
「だっ、それは……っエランさん、が」
「僕が悪いみたいに言わないでくれるかな。こうしてほしい、って言ったのはアンタだろ」
首筋を指先で撫で、覆うように手を被せる。急所を押さえられたスレッタはびくりと肩をはねさせた。
「ぁっ、ごめ、なさ……っ」
「反省してるなら態度で示して」
噛み付くように口付けて、舌を吸い上げる。そのまま口を離して唾液を与えれば、まるで犬のようにハッハッと息を吐きながらスレッタは喜んで飲み下した。
「無様だね、スレッタ・マーキュリー」
熱の収まらない身体、今なお震える割れ目からは蜜がたらたらと滴り続けている。長い焦らしで冷静さを奪われたスレッタの瞳に、理性などもう残っていない。
「えらん、しゃ……っ」
舌っ足らずに名前を呼んで、乞われるまま下げた頭に縋るよう首に腕が回された。
えらんさん。耳元でまた呼ばれて、緑の瞳がそっと伏せられる。
「……うん。もう、いいかな」
ひと回り小さな身体を抱き込んで、エランはそうっと耳元で囁いた。
「言ったよね。……君のことが大事だから、大切にしたいんだ」
「ふぁ……あ……？」
「……どうせ明日には覚えてないか。じゃあ、いいよね」
「あ……っ、あんっ、あ！」
ずぷずぷと泥濘に自身を埋めて、エランは笑いながら愛しい少女をかき抱く。
「ぼくも大概、よくばりだから」
君が悦ぶならと粗野に振舞ってみたが、それももう限界だ。叶うならやっぱり、甘いばかりの刺激で前も後ろも分からないほど蕩けさせて、そうして全て僕のものにしたい。
彼女の世界に僕しか映らないように。僕以外を求めないように。僕以外で満足なんて出来なくなるように──そういう意味では、今回のも同じかもしれなかったけれど。それでも、言葉で責める度に一瞬走る怯えの色は、あまり好きなものではなかった。
「結構、酷なこと言うよね……君も」
だからこれくらいは、許されると思う。
覚悟して、と吐息ごと囁いて、待ち焦がれた肢体に溺れた。あまくやさしく、告げた言葉通り大切に──ああ、でも。
「……っすきだよ、スレッタ・マーキュリー……」
あんなに従順に、最後には全てを恍惚とした顔で受け止めてくれるなら。今度、これを上の口に咥えて奉仕してもらうのもいいかもしれない──なんて。
当たり前に来る次を夢想して、今回で気づいてしまった何かを、触れるだけのキスで閉じ込める。
「んぁっ、ふぁ、あん……っえらんしゃ……」
「うん、ここにいる。……ぼくはここにいるよ、スレッタ・マーキュリー」
確かめるように互いを呼びあって、淫らな夜は更けていく。
朝日はまだ、遠い。