こうなったらいいな
「誰が…何をしても…?」
「そ、だからむしろとどめでも刺してあげなぁ」
アドラメルクは顎でドレッドノートを指す。彼は最早MPも気も尽き果て、後は残った僅かなHPを火傷のダメージで使い果たすのを待つのみであった。
「無理ってんならアタシがやってもいぃけど、経験値とか勿体無くなぃ?」
彼女なりのマヌルへのアピール兼グランドブリッヂでの借りを返しているのだ。しかし、彼女の言葉はマヌルに届いていなかった。
(あの状態…助けられないことは……ない!)
通常であれば薬草や傷薬を摂取する力も残っておらず、周囲に医療設備もないこの状況では死にゆく彼を救うことは絶望的であるが、マヌルには助ける方法があった。
(アトムスフィアで薬草の効果を付与すれば…傷さえ治せば命は助けられる!)
しかし、アドラメルクはそれを許さないだろう、個人的な付き合いのある自分や、クオンツ族であるコハクとは違いドレッドノートは敵対している陣営の人間だからだ。
もし本当に治療すればマヌルも殺されることになるだろう。
(……そうだ、彼女が居る限りどのみちあの人は助からないんだ…だったら…)
マヌルは針を握りしめる。HPが1になった瞬間に刺せばドレッドノートが持つ膨大な経験値はマヌルのものとなり、適性があれば超越者の力を手に入れられるだろう。
(そうだ……あの人の経験値を無駄にしないように生きていけば…あの人みたいに強くなって沢山の人を救えば……)
マヌルがそこまで思った瞬間、過去の出来事がフラッシュバックした。力が無いせいで助けられなかった人達のこと、話を聞いてもらえなかったこと……そしてパーティを外されたことを。
「……」
マヌルは針を握ったまま立ち上がってドレッドノートへとフラフラと近付いていく…そして……
温かな光がドレッドノートを包みこんだ。
「!!」
その光にアドラメルクは気づくや否や攻撃態勢に入るが、針が飛んできて思わず足を止める。
「どうぃうつもりぃ……」
「ごめんなさい、でも僕は助けられる人を見捨てることはできません!」
マヌルが思い出した過去の数々の中、最後に自分に語りかけてきたのは敬愛する師の声であった。
「ぃくらなんでも無謀過ぎるでしょ!そんなことしてもアンタはアタシに勝てないし、そいつも死ぬんだよ!?考え直しなって!それに……そいつを殺せばアンタはもっと強くなれるじゃん!」
その通り、彼女の言うことは正しい…が、マヌルにとっては間違いであった。
─お主が欲する強さの答えとは何じゃ?─
師の問いに対する答え、それに殉じるのなら、
「僕が欲しい強さは……経験値とかレベルじゃない!!」
「……!!」
マヌルの覇気と開眼した忌む目に思わずアドラメルクはたじろぐ。彼の覚悟を見誤っていたことを実感した。
「だったら…その強さのために死ぬんだね!」
アドラメルクがマヌルに攻撃を仕掛けようとして、その場に膝をついた。
「よう言うたぞマヌル」
彼女の背後には、コハクが立っていた。
「なんっ……で……」
「脱力する経天を突いた、医療用じゃから安心せい」
完全に意識外の"治療"に対してアドラメルクのオブ・カウンターは反応しなかったのだ。
「お前さんはどうやらマヌルの知り合いらしいからの、攻撃はせんが……すまんが少し座ってておくれ」
「くっ……こんなことしたらアンタらクオンツ族だって!」
「その前にワシらはお暇させてもらう、あの玩具で遊んでおる上司に文句を垂れるんじゃな」
「くそっ……」
ブースト疲労の解けたコハクはマヌルとドレッドノートを担いで急いで里へと戻った。途中、魔族の一味に惨殺されている帝国兵達を見たが、コハクが彼らを助ける義理など無かった。
「遅くなってすまん!全員生きておるか!?」
「あぁ、って族長!そいつは!?てか右手!!」
「話は後じゃ、面倒なことになっておる!オニキス!すぐに幻影蝶で里を隠してくれ!皆も事が収まるまでは息を殺して隠れるのじゃ!」
それを聞いたクオンツ族の動きは速かった。里の隠蔽を最大限に稼働させ、魔族の暴虐が過ぎ去るのをただ待つのであった。
─────
一方その頃……
「アドラメルク、何があった」
「別にぃ……ちょっと疲れたから座ってるだけだしぃ」
「ふざけるな」
「フン……借りを返しただけだしぃ」
「お前という奴は……まぁ、いい今回だけは大目に見てやる」
「……怒ってる?」
「目的は果たした……帰還するぞ」
「……ごめん」
「無事であればもういい……魔王城に付く前に唇についた米粒は取っておけよ」
─────
魔族が去った翌日の朝
「……これからどーすんだ族長」
「こうなった以上は里は放棄する他あるまい」
「準備期間を作れただけ御の字と思いましょう…」
今回件で人間に居場所がバレ、魔族とも因縁が出来た以上ここに留まるのは得策ではない。
「安心せい!こんなこともあろうかと既に引越し先は見繕ってある!森ジイと共に見つけた同族の里じゃ!」
コハクは地図を広げて皆に説明を始める。
「フン、呑気なことだな」
「お主も関わることじゃぞ?"用心棒"殿」
ドレッドノートは帝国に愛想を尽かしたことと、最終的にはコハクの命を救ったことを加味して里の合意を得て用心棒として雇われることになった。何より一人使い勝手のいい人間がいれば、必要な物資を人間の街から集めやすい。
「ケッ、どうせならあの小僧を連れて行きゃ良かったんだ」
「……あやつは別に目的がある、ワシらに付き合わせるわけにはいかんよ」
コハクは遠くの空を、マヌルを思い浮かべながら見上げた。
──────
「賢者の石の情報を集めるなら帝国を探ってみろ……か」
マヌルはドレッドノートから帝国は魔法兵器と鉱石についての研究が盛んであることを聞き、賢者の石について何かしら情報があると予測を立てたのだ。
「よーし!やるぞ!皆を助けるために!」
マヌルは気合を入れると、帝国領に向けて真っ直ぐに歩き出した。
〜完〜