ぐだ×プリヤ組inバカンス その3

ぐだ×プリヤ組inバカンス その3


ここはハワイ特異点のビーチ。藤丸立香が手ずから作ったバカンス用特異点、その真骨頂とも言えるスポットである。

青い空、光る海、白い砂浜。そんな風景に囲まれた立香やイリヤ達は、海で泳ぐ傍らあることをしようとしていた。それは…。


「突然だけどバーベキューだ!」

「おー、滅茶苦茶本格的なバーベキューセットが…」

「某厨房のアーチャーよろしく、わたしが投影したわ。いやー、荷物軽くできて助かるわねこの力♪」

「でも、この数日著しく乱れた食生活をしてるけど大丈夫かな?」

「美遊の心配ももっともだ。けど! この一ヶ月の間は、脂肪・糖分・塩分の余分三兄弟なんて一切気にしなくてヨシ! ハワトリアで各サークルの胃にねじ込んでた知識のカレーや感情のステーキみたいなものと思えばよろしい! 行くぞぉぉぉ!!!」

『「おー!!」』

「…イリヤとルビー、すごく元気。立香お兄ちゃんに引っ張られてる?」

『美遊様、我々は節度を持って食べましょう。誰かが過食で倒れた場合、介抱する者が必要でしょうし』

「だね」


───


火を出せる魔剣を投影したクロが、固形燃料に着火。周囲の木炭が燃え上がり、とうとうバーベキューがスタートした(投影の件に関しては「オリジナルの持ち主が見てないところでやろう」ということで実行と相成った)。

目の前でジュージューと肉・野菜・魚が焼け、次々に取られては新しいものが投入されていく。どれも程良く焼き目がついて美味しそうではあるが、クロはそれを複雑そうな表情で見つめていた。…まあ、そんなクロの手にも肉のついた串とトロピカルなココナッツウォーター入りグラスが握られているのだが。


「なんか、連日無計画に食べてばっかりよねー」

「いやいや、こう見えてオレも食べる以外のイベントを計画してるんだよ? 食べるのも好きなだけで」


醤油を塗った焼きもろこしにかじりつきながら、ククルカンよろしくからからと笑う立香。その表情に罪悪感は一切ない。本当に後先考えず暴食するつもりのようだ。


「それに、こういう時くらい良いもの食べておきたいっていう気持ちはクロ達も分かるでしょ? レーションとか缶詰とか、当たり外れ大きいし」

「「「あー…」」」

『野営時の旦那様が、イリヤさん達に現地の美味しい食料を回す理由が良く分かるってもんですよ。人型ボディを手に入れて後悔したことのひとつが、興味本位でレーション食べた時ですから…』

『あれは期限切れで廃棄予定の物を食べた姉さんが悪いのでは?』


ルビーとサファイアが色々言っているが……まあ、カルデアの食料事情にも色々あるということだ。

…立香達前線メンバーには、野営に備えて様々な装備が支給される。戦闘糧食……一般的にレーションと呼称される食料品一式もそのひとつだ。

しかし悲しいかな、人理焼却時のカルデアが備蓄していたレーションは玉石混交(石多め)だった。せっかくの食事がレーションだと思うだけで涙が浮かぶ程、それは不味かった。


「食堂の人達が作ってくれた今のレーションは美味しいけど、昔はほんとに酷かったなー」

「不味すぎて泣いたものね、わたしもイリヤも。なんならリツカお兄ちゃんも泣いてたから相当よ」

「…そんな顔をする程? わたしとサファイアが来る前のレーションってどんなだったの?」

「今でいう外れのレーション“しかない”感じかな…。オレの場合、特異点Fでマシュと食べたやつが基準だったから余計にね…」


あれは恐らくAチーム用の物か、そうでなければオルガマリーが所長になってから「こんなもの食べさせたら士気が下がる」と判断して供給させた物だったのだろう。まあ真偽はどうでも良い。重要なのは、特異点探索時に身を軽くする目的で真っ先に捨てる対象に挙がるくらい、レーションの味が酷かったということだ。

召喚が遅れた美遊とサファイアは知らぬことだが、士気低下を憂慮したロマニやナイチンゲールの要請を受けたエミヤ達カルデアキッチン部が“美味なレーション”を大真面目に開発していた程、と言えば事の重大さが伝わるだろうか。何度も言うが、それ程不味かったのだ。

───で、そんな嘆きの声を受けて開発されたレーションは、近現代の英霊であるエミヤの手が加えられたことでレーションとしては抜群の美味さを誇ることとなった。

流石は料理の鉄人……否、錬鉄の英雄と言わざるを得ないが、毎回その特製レーションを食べる訳にもいかない。リソースが限られているのもそうだが、彼らにも通常業務と戦闘への出撃などがある。レーション製造のタスクまで追加したら、ハワトリアでのクロよろしくパンクしてしまうだろう。

なので、立香達前線メンバーはハイ・ローミックスの要領で合間合間に通常のレーションを食べる羽目になった。…パッケージで当たり外れが分かるようにしてくれたのは、カルデアキッチン部のせめてもの情と言えよう。

そうしてレーションを話題に盛り上がっていた一同だが、ここでクロがあることに気づく。


「…ちょっと待ってリツカお兄ちゃん。カレーとかステーキとか、ハワトリアで同人誌書くようになってからいっぱい食べてなかった? エナドリも一緒だったけど。それでどうしてここまで豪華なバーベキューを…」


ぴしり、と固まるクロ以外。これにはクロも「え、え?」と動揺する他なかった。


「…クロ、エナドリ・カレー・ステーキを延々ローテーションは食を楽しんでるとは言えないよ…」

「多分だけど、立香お兄ちゃんは野営時の外れレーションに近い感覚で掻き込んでたと思う。わたしとイリヤも本を仕上げた時そんな感じだったし…」

「嘘でしょ!? って、わたしは基本食べさせる側だったわね…」


クロから目を逸らしつつ語るイリヤと美遊の表情は複雑だ。…商業作家ばりの修羅場を経験する中、ギブギブ言ってるのに口にねじ込まれる食べ物を美味しいとは思えないだろう。


「まあ、あの時のオレは色々思うところバリバリの内心を高揚感と使命感で必死に抑えてたからね……それで余計に不味いと感じてた節はあるかも」


…イリヤ達には黙っているが、このバーベキューや連日の食べ歩きは立香の内心に芽生えた「ステーキ・カレー・エナドリへの忌避感・嫌悪感」を払拭するためのものでもあった。


「そ……その節は本当にご迷惑をおかけしました…」

「いやいやこちらこそ…。って、ハワトリアでの遺恨は持ち込まないって決めておきながらこれか。オレ、余程トラウマになってるんだな…」

『もうPTSD寸前じゃないですか旦那様。ルビーちゃん特製の記憶処理薬、行っときます?』

「遠慮しとくよ。その手の記憶弄る系にはあまり頼らないスタンスだし」

『そうですか、残念ですねー。……。…ばか(ぼそっ)』

『姉さん…』


───


バーベキュー開始から一時間程が経過し、ゴミ袋にコーラの空き缶や使用後の串が溢れ始めた頃。


「ではここで、森で収穫したキノコを毒味していこうと思います」

「「「いきなり何を…」」」


また変なことを始めた、と野菜をかじりながら呆れる立香以外の一同。まあ、肉・野菜・魚を食べ飽きてきた頃合いではある。何か新しい息吹をと思うのは当然だが、それで何故締めのデザートとかではなくロシアンルーレット紛いの方向性に走るのか。過酷な戦いで感覚が麻痺しているのではないだろうか?


「オレが採ってきたのはこれ。多分シイタケかヒラタケかな。既にバーベキューコンロで加熱済みだ」

「まあシイタケはニュージーランド辺りにも生えてるらしいから、あっておかしくはないわね。ヒラタケだったらまたハワイ感ゼロになるけど」

『えー、ルビーちゃん的にはやめといた方が良いと思…』

「では……あむっ」

『ちょっとー!?』


クロやルビーの発言を聞き流しつつ、迷いなく口に運ぶ立香。キノコは見分けがつきにくく誤食率が高いのだが、そんなことお構いなしだ。肝が据わり過ぎである。


「…うぇ、これ多分毒キノコだ。ルビーの言った通りだったよ」

『え、分かるんですか? こんなのわたしくらいしか分からないと…』

「なんか感覚でね。えーっと、確かこういう時のためにダ・ヴィンチちゃんからキノコ図鑑を借りて……ああ、あったあった」


立香が開いたページには、『ツキヨタケ』の文字。見れば、どことなくシイタケやヒラタケに似た写真まで載っているではないか。これは間違えるだろう。

そんな紛らわしいキノコは、立香の持ってきた籠にまだ大量に残っていた。


「……」

「「「………」」」

『…これは姉さんが使ってください。さあ、どうぞ』

『えー? 確かにこの手のブツはルビーちゃんの管轄ですけどもー…』


───


そんなこんなで、バーベキューを終えた後もビーチでのバカンスは続いた。

初日に置こなったスイカ割りをまたやってみたり、ビーチバレーをしたり、沖合ギリギリを攻めるように泳いでみたり、日焼け止めを塗り直す段になって立香に塗る役を振ってみたり。

そうして時は過ぎ、太陽も地平線の向こうへ沈みきった頃。


「…そろそろ時間だな。みんな! ちょっとこっちに来てくれないか!」


立香の声に、なんだなんだとイリヤ達が集う。すると。


「「「わあ…」」」


イリヤ達の頭上で、大きな音と共に光が散った。赤や青で彩られた一瞬の光が6人を照らす。…花火だ。


『綺麗ですけど、今日は花火が打ち上がる予定なんてないはずでは?』

「ああ、ハワイの花火職人に依頼したんだ。必死で頑張った少女に夏の思い出をくださいって懇願してね」


そうルビーに返す立香だが、その裏に隠された苦労は相当なものだろう。依頼したんだと軽く言っているが、それは打ち上げ場所の確保まで含めて、一筋縄でいくことではない。


『…ほんとにばかなんだから。そんなに頑張らなくても、わたし達はもう十分幸せですよ?』


流石イリヤやクロの同類だと呆れたルビーは、それを最後に思考を打ち切り、愛する者と見る花火に集中することにした。せっかく夜空に大輪の花が浮かんでいるのだ。それを見て楽しまなきゃ損だろう。

しかし、そうして気分を切り替えるルビーの横で、立香は悪い方に気分を切り替えていた。夜空と花火のコントラストが、感傷的な気分にさせたのかもしれない。


「…みんなはさ、オレとこの特異点に来て楽しかった?」


花火が打ち上がる合間、表情に薄く暗い色を乗せた立香がぽつりと呟く。その発言からは、拭いきれない後悔が滲んでいた。


───音を上げていたBBを「トラブルメーカーなのはいつものことだから」と見逃さず、無理矢理にでも手伝わせていたら。

───サバフェス運営に押しかけて、「好きを縛るのはおかしい」と早めに直談判していたら。

───ブリスティンで遊び呆けず、恥も外聞も捨ててモルガンに「全面協力してくれ」と頼んでいたら。


きっと、クロの夏が滅茶苦茶になることはなかっただろう。

女々しい後悔だ。が、それ故に強烈だ。

ここ最近の立香の原動力は、100点満点とは言えない夏への後悔と、自他への怒りだった。…だから、遅かれ早かれこの言葉は漏れていたはず。立香の言葉を聞いたクロは全てお見通しだった。


「───楽しかったっていうか、現在進行形で楽しいわね。童心に帰ったみたい。ハワトリアで頑張った結果がこれなら、頑張った甲斐があるってものよ」


立香の肩に寄り添ったクロが、満面の笑みで立香に答える。

その表情は、ハワトリアでの疲れ切った痛々しいものではなく、いつもの花開くような明るい笑顔だった。

…それを見せられたら、もうその言葉を信じるしかないではないか。苦笑する立香の顔から、陰が消える。


「…そっか。オレ、きみの頑張りに少しは報いることが出来たんだな。…良かった」


───眼前でイリヤがはしゃいでいる。美遊・ルビー・サファイアもまた、楽しげな雰囲気を隠せていない。その姿と隣に寄り添うクロを見て、立香はこのバカンスを企画して良かったと心からそう思った。

そうして夏の延長戦は続いていく。立香の心の傷が癒え、6人が満足するまで、ずっと、ずっと。

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