くまとボニー

くまとボニー


※ほんのりホラー寄り注意



すれ違った影が残した奇妙な鳴き声に、くまは外套のフードを深く被りなおした。腕に抱えた娘を周囲から隠すようにより深く抱え込む。最愛の娘はマスクの中で目に涙をいっぱいに溜めながら、父親が買ってくれた菓子袋にしがみつくようにして顔を埋めた。



なんてことは無い一日だった。貧しいながら催される年に数度の祭り。くまは娘のボニーに強請られて、その祭りを訪れた。この祭りの出店でしか並ばない大量の菓子が詰め込まれた袋を抱えて大はしゃぎする娘を転びかねないからと抱え上げた、その時。辺り一面の景色が瞬き一つの間に変わった。

祭りの出店の位置は変わらない。周囲にいた人々の位置も変わっていない。ただ出店の商品やそこにいた人々が一変していた。

焼ける肉の香ばしい匂いは糸を引く腐った肉の刺激臭に。低い台座に並べられた子ども向けのおもちゃは小動物の生首や死骸に。道行く人々は様々な動物のパーツをちぐはぐに組み合わせたゾンビのような化け物に。

くま自身も呆気にとられたが、ぽかんとしていたボニーが数秒をおいて火がついたように泣き出した。無理もない。しかしその泣き声に周囲の化け物達が一斉に反応した。体の向きはそのままにぐりん、と首を30度、90度、中には180度回して2人を見る。誰からともなく呟きが零れ、それはすぐに周囲の化け物達全員に広がった。

「e4babae99693e381a0」

「e7949fe3818de3819fe88289e381a0」

「e69f94e38289e3818be38184e88289e381a0」

動物の鳴き声のような、機械音のような、人語のような。意味は理解できなかったが化け物達が向けてくる意思は本能でわかった。これは、捕食者が被食者に向けるそれだ。

察したと同時にくまは目の前の化け物を弾き飛ばして突進した。ボニーをしっかりと抱きかかえながら。



化け物を跳ね飛ばし蹴散らし時に捕まりそうになりながらどれくらい逃げたか。なんとか化け物達の目から逃れ、くまは目についた物陰にボニーを抱えて隠れた。震える娘に大丈夫かと声をかければ震えながら小さく頭を振る。無理もない。声を上げて泣き出さないだけ十分えらい。

「(どうする…どこへ行けばいい?)」

すぐそこ目と鼻の先に化け物達が蠢いている。音も近いが匂いも近い。言語はわからない不快な声?音?と腐敗臭を発しながらざわめいていた。あの中に下手に出て行っては逃げ切れるかどうかわからない。

進むも地獄退くも地獄の四面楚歌。くまがボニーの背中を撫でて途方に暮れていたところ。

――おや…こんなところに何か御用で?

ぼんやりとした灯りが闇の中に浮かんだと思ったら、そこに人がいた。咄嗟に警戒したくまだが、相手はすぐそこをうろついている化け物達と違い人の形をして人の言葉を話している。

ぼんやりした灯りはかぼちゃをくり抜いて穴を空け、顔のように見せたランタンのようだった。化け物達と違ってずいぶんとファンシーな見た目で、ボニーも目をパチパチさせながらじっと見ている。わかる。なんだかひどく安心する灯りだった。すぐそばであんな化け物が闊歩している、そんなところに現れた人間なんて怪しんでしかるべきだが、同時に一縷の希望でもある。

くまが事情を――事情というほどのこともないが、ともかく突然こんな場所に来てしまって困っていると訴えると、彼は「どうりで」と納得したように頷いた。

――お困りでしたか …そうですね、一応、手はあるのですが

えっ、と声を上げたくまには応えず、彼はお嬢さん、とボニーを呼んだ。かぼちゃの灯りをじっと見ていたボニーがパッと顔を上げる。

――その袋の中のお菓子を2つ、いただけませんか?

――代わりに貴方達が無事に元の場所に帰るための物をお売りしましょう

思わずくまは「待て」と口を挟んだ。菓子2つ分くらいの金なら持っている。ボニーが喜んだ菓子を奪うようなマネは止めてくれと。

しかし彼は首を振る。金の問題ではない。100倍の金を出されてもそれでは釣り合わないのだと。少し考えた後、ボニーは袋の中から2つの包みを取り出して差し出した。

「いいのか、ボニー?」

「いーの」

そう言ってぎゅっとくまに抱きつく。柔らかい子ども特有の紙をくまは大きな手で撫でてやった。

彼は確かに、と呟き、大きさの違う物を2つ取り出した…かぼちゃの中から。それをくまとボニーに差し出す。

被り物は小さなクマと大きなクマのマスクだった。割とリアルな、毛がもさもさついているタイプの。

――それを被って表の道を左にお行きなさい

――貴方達を知っている人に声をかけられるまで、決して振り返ってはいけませんよ

その言葉を最後にポッと音を立てて彼は灯りと共に消えた。文字通り消えた。くまとボニーは唖然として顔を見合わせた。



その後、2人は無事に元の場所に帰ることができた。他にできることもないということで、迷いに迷った結果クマのマスクを揃って被ったのだ。するとまず漂っていた異臭が遮断された。これはもしかすると…と思い切って化け物が跋扈する通りに出てみると、誰も2人に気づかなかった。

いける。そう思ったくまはボニーに声を上げないように言い、マスクの上から外套のフードを被ってごく自然な足取りで化け物達の行き交う中を歩き始めた。本心では走り抜けたいところだが、周りの化け物達に怪しまれそうだと思ったから。

おそらくその考えは当たりだったのだろう。辛抱強く平静を装って、くまはひたすらに化け物達の間を歩き続けた。かぼちゃのランタンの彼に言われた通り、振り返らずに。



そうしてどのくらい歩いたか。突然「国王!」と呼ばれ、くまはハッとして顔を上げた。見知った臣下が笑顔で手を振っている。

「こんなところでどうされたんですか?お祭りはもう堪能されました?――――って、ええ?!どうされたんですか、お2人とも!」

声をかけた途端にへたりこんだくまと泣き出したボニーに、臣下は慌てて駆け寄った。


(異世同日のお祭り)

「ボニー、すまなかったな せっかくの菓子を…だがお前のおかげで無事に戻って来れたよ ありがとう」

「んーん、いいの」

「お父さんといっしょにかえってこれたから、いいの」ギュッ

「そうか」ナデ…


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