きみの光に誘われて【後編】

きみの光に誘われて【後編】


※魔法少女にあこがれてパロ。引き続き何でも許せる方向けですが、今回は特にセンシティブな描写があります。具体的には少しだけSМチックな描写がありますのでご注意ください。最後の方にスレッタ視点があります。




 初めての戦闘の時、まだ僕は彼女のヒーロー名すら知らなかった。

 全体的に白く所々に青や赤が使われている衣装は、とても戦闘する者とは思えないほどヒラヒラした派手なドレスだ。武器だってキラキラしたステッキで、あまり攻撃力があるとは思えなかった。

 でも彼女はずっと戦い続けていた。

 僕は食い入るようにジッと見つめて、彼女の姿を覚えようとした。

 髪の色は赤系統の色だと辛うじて分かるが、肌の色は…よく分からない。認識障害が掛かって、覚えていようとすると霞のように印象が消えてしまう。

 これは不思議な力を使うヒーローによくある特徴だった。

 ヒーローにはいくつか種類がある。仮面を被る者、戦闘服に身を包む者、中には生身で悪の組織に立ち向かう者もいるけれど、彼女の場合は比較的分かりやすい部類だ。

 魔法少女。

 悪の組織にも色々とあるけれど、魔法少女が相手をするのは相手も魔法を使う事が多い。被害はピンキリで、町一つが壊滅的な損害を受ける事もあれば、逆にイタズラ程度で済まされる事もある。

 今回の悪の組織は前者のようだった。

 しばらくこの町は騒がしくなる。僕は面倒な気分になりながら、それでもまだショッピングセンターから動かないでいた。

 眼下では相変わらず防戦一方の戦いが繰り広げられている。メチャクチャに暴れまわる人形相手に、どうしようか手を出しあぐねている魔法少女の様子が見て取れる。

 その内に攻撃を受ける回数も増えてきて、綺麗だった衣装がだんだんと汚れ始めた。

 目に見えて弱っている。疲れている。でも彼女はまだ諦めない。

 そんな時に、僕は見た。

 食い入るように見つめる先。僕には手を出せないほど遠い場所で、大きな人形が魔法少女に向けて致命的な攻撃を繰り出そうとする姿を。




「すごいよ、『ピュアリアル』。…強くなったね」

 感嘆の思いで拍手する。パチパチパチ、誰も居なくなった夜の町に、乾いた音が響いていく。

 僕の目の前には綺麗な衣装のまま、『レッサーウエポンプラント』をすべて下した魔法少女の姿があった。

 認識障害がある事が口惜しい。彼女の姿かたち、表情一つであっても僕は覚えていたいのに。

 とは言え今の僕はとても満足していた。大好きなヒーローの活躍する姿を見れて、僕はとてもとても満たされていた。

 後はもうひとつの目的。『ファラクト』の餌を用意するだけだ。

 夢中になって『ピュアリアル』の戦いを見ていても、それでも僕はずっと妖精眼で観察する事を止めなかった。彼女を取り巻く白い光が減りつつも、なお白く光っている様子を見続けていた。

 もしかしたら餌を用意できないかもしれない…。『ファラクト』がしょぼくれた顔でお腹を擦っている姿を想像して、僕はクスリと笑う。

 僕とあいつは運命共同体になった。なら少しばかりは頑張ってやらなければいけない。

 まずは趣味と実益を兼ねて、魔法少女から取り立てる方法を探るとしよう。

「こんな悪い事はやめなさい!」

「どうして?僕はある意味良い事をしているよ。だから絶対にやめない」

 前哨戦は済み、これからは本番だ。僕は正面から『ピュアリアル』と対峙した。

 こんなにしっかり見つめて、たとえ彼女の表情が分かっても、姿そのものを覚えることはできない。表情だってすぐに忘れてしまうだろう。

 でもやり取りそのものは記憶に残る。彼女の声がどんなものだったか忘れても、言われた内容は覚えておける。

 こんな幸福、手放せるはずがなかった。

 『ピュアリアル』が警戒する中で、僕は一切動かずに『ウエポンプラント』に命令を下した。

 ───蔓を使って拘束しろ。

「!!…なッ!?」

 その瞬間、予備動作のひとつもなしに無数の蔓が『ピュアリアル』に殺到した。驚いた『ピュアリアル』が反応しようとするが、そんな時間なんて与えずに一瞬で体に巻き付いていく。

「うう…ッ」

「僕の方を注意して見てたみたいだけど、残念だったね」

 これで僕は声に出さなくても兵器に命令を与えられる事がバレてしまった。手札がひとつ減った訳だ。

 でもそれを引き換えにしてもまったく惜しくないほど素晴らしい成果だった。

 拘束された魔法少女を前に、僕はわざと無防備に近づいて行く。

「悔しい?正義の味方が悪に捕まるなんて、情けないよね」

「うう~ッ!」

 抗議するように唸る魔法少女を妖精眼で見る。さっきより確実に白い光は減ったが、まだ黒い光は現れない。

 負のエネルギーは負の感情と言い換えてもいい。それは悲しみとか苦しみとか、ネガティブな想いという事だ。

 他に引き出しやすいネガティブな感情は何かあっただろうか…。

 考え込んでいる隙に、『ピュアリアル』が逃げ出そうと体をくねらせる。僕はすかさず胴体と手足に巻き付く蔓を追加すると、念入りに拘束して締め上げた。

「うぐぅ…ッ!」

「こんなに苦しそうなのに、まだ白い。すごいね『ピュアリアル』。きみは本当に素敵なヒーローだ」

 掛け値のない称賛だったのだが、煽っていると思われたらしい。怒ったようにキッと睨みつけてくる。

 こんな『ピュアリアル』の姿なんて珍しい。もしかして僕が初めて見たのかもしれない。僕は嬉しくなって、色々と彼女の気に障るような事を言ったり、蔓を緩めたり締めたりして弄び始めた。

 けれどまだ彼女の光は白いままだ。もしかしたら、黒い光なんて永遠に出さないのかもしれない。

 僕がそう結論付ける頃には、大分時間が経っていた。彼女の様子はぐったりとしている。単純に疲れたのか、または締め付けがきつかったのかは分からない。…少々構いすぎた自覚はある。

 ───『ファラクト』へのお土産は持って行けそうにないけど、この辺りでそろそろやめにしよう。

 少し引き際は見誤ったが、この辺りでやめるべきだった。僕は魔法少女を倒したいのではなく、魔法少女の活躍をこれからも見たいだけなのだから。

 『ウエポンプラント』に命令をして蔓を緩めていく。強く固まっていた蔓が、僕の意思ひとつでスルスルと解かれていく。

 その時だ。

 ちょうど足の部分の拘束が解かれた瞬間。『ピュアリアル』は今までジッとしていたのが嘘のように、僕に蹴り技をお見舞いしてきた。

「ッ…っと危ない。まだ反撃する気力が残ってたんだ」

 寸での所で足を受け止めたが、あまりの威力に腕が僅かに痺れていた。

 きっと最後の力を振り絞ったんだろう。『ピュアリアル』は悔しそうに眉を潜めている。

 僕はまた彼女を褒めてあげようとして……気付いた。痺れた自分の腕が、それでもがっちりと彼女の足を捕まえている事に。

「ひゃ…っ。ええッ!?は、放してください…!」

 同時に『ピュアリアル』も気付いたらしい。片方の足が捕まえられたまま、ヒーローとしては情けない格好になっている事に。

「は、放して~!」

 彼女の顔が真っ赤に染まる。恥ずかしいのだろう。混乱が深まるごとにだんだんと、彼女の羞恥を反映したように白い光が消えていく。

 でも僕はそれどころじゃなかった。

「何…これ?」

 地の底から轟くような低い声が出る。僕の目は一点に集中していた。

 拘束された足の間、まくりあげられたスカートから見えるもの。普通の男ならものすごく喜ぶだろうそれは。

 パンツ。

 そう、パンツだった。

 魔法少女『ピュアリアル』の、パンツ。

 頭が真っ白になる。

 僕は女の子は嫌いだが、『ピュアリアル』は大好きだ。それは彼女を女の子としてでなく、ヒーローとして認識しているからだ。

 でも僕がどれだけ『ピュアリアル』をヒーローの枠組みに入れたとしても、彼女が女の子であるという事実までは否定できない。

 彼女はヒーローで、女の子だ。それは分かる。

 分かるけど、でも納得できない。

 僕はもう一度『ウエポンプラント』に命令を下すと、改めて両足を拘束した。今度は片足ずつ、ぎっちりと巻き付ける。

「なっえ…っ?あ、あの…ッ!?」

 戸惑った声をあげる『ピュアリアル』を無視して、僕は彼女のスカートの後ろ側を思いきりめくりあげた。

「きゃーーーーッ!?!」

 『ピュアリアル』が珍しい悲鳴をあげるが、僕はそれどころではない。

 目線の先には、先程ちらりと見えたパンツが思いきり見えていた。魔法少女のパンツ。…いや、けっして魔法少女のパンツだと認めたくないものが…。

 それは、くたびれていた。

 そして、よく見ると端がほつれていた。

 まるで使い古した下着のように、生地自体がくたりとしていた。

 止めに、魔法少女にあるまじき迫力のある尻の上に、クマさんがいた。

 クマさんパンツ。

 そんなものを履いていた。

 魔法少女が。

 僕のヒーローが。

 格好良く戦っている最中にも、ごく普通の生活を感じさせる女の子の下着を履いていた。

 その事実は、僕を壊すには十分すぎる代物だった。

「や、や、やめてぇッ!こんなイタズラはしちゃダメです!放してぇぇ~!」

 拘束されたまま暴れようとする『ピュアリアル』を見る。彼女はすでに半泣きだ。白い光はすっかり消え去っている。

 でもそんな事はどうでもよかった。

 真っ白になった頭に、狂暴な気持ちが湧き上がってくる。

 僕は怒りに我を忘れたまま、思いきり彼女の尻に自分の手のひらを叩きつけた。

 バチィンッ!!

「ひぃッ!?」

 引きつったような悲鳴が上がる。僕はそれを聞きながら、苛立ちを解消するように再び手のひらを叩きつけた。

 バチィンッ!!

「やぁッ!!」

 バチィンッ!!

「きゃあッ!!」

 バチィンッ!!

「やめてぇ~ッ!!」

 バチィンッ!!

「~~~~ッッ!!」

 叩く。

 叩きつける。

 まるで親の仇のように容赦なく叩く。

 プリントされたクマさんを退治する勢いで叩く。

 終いには手のひらを押し返す尻の弾力にすら苛立つ。

 こんなでかい尻魔法少女に必要あるか?イライラしながら思う。

「何なのこれ。ふざけてるの?完璧なヒーローだと思ってたのに、くたびれたパンツを履いてるなんてガッカリだよ!」

「いやあぁ~ッ!!」

「いや~じゃないよ!嫌なのはこっちだよ!せめて魔法少女らしいフリルたっぷりの下着はなかったの?生活感なんて必要ないんだよ!魔法少女パンツを履け!!」

「ご、ごめんなさいぃ~っ!!」

 途中から何を口走ったか覚えていないが、相当長い間尻を叩きまくったことは間違いない。

 人気の無くなった町に、バチン!バチン!と弾けるような音が響き渡る。

 その内泣き叫んでいた『ピュアリアル』も静かになり、ふと気づくと僕はハァハァと息を弾ませていた。

 目の前の尻は相変わらず大きくて、プリントされたクマさんは呑気な眼差しで僕を見ている。大分頭が冷えていたけどやっぱり苛立ったので、最後にガシッと無駄にでかい尻を両手で鷲掴んだ。鞭?そんなものは投げ捨てた。

「あうっ」

「いい?『ピュアリアル』。きみはヒーローで、魔法少女なんだ。今度こんなダサいパンツを履いて来たら、すぐにむしり取ってやるからね」

 ぎゅうっと力を入れると、指が尻の肉に食い込んでパンツに深い皺ができる。クマさんは悲しそうな顔になり、『ピュアリアル』は痛いのかぷるぷると震えていた。

「ぁ…っ、はっ、はい。ごめんなさい…。…んぁ…っ」

 息も絶え絶えになっている彼女の姿は、いつの間にか黒い光で縁取られている。

 僕の目には、黒い光に沈みながら悶える『ピュアリアル』の姿が見える。黒曜石のように艶やかで、綺麗な光だ。

「………」

 僕は目的を達成したことを自覚すると、ようやく完全に目が覚めた。弾力のある尻から手を放して、念話で『ファラクト』に話しかける。

 ───……『ファラクト』、こっそり出てきなよ。約束してた極上の餌、用意できたから。

 すぐに小さいワームホールが開いて、ひょっこりと『ファラクト』が顔を覗かせてきた。

 『ファラクト』は黒い光を生み出す魔法少女に驚いたようにぴょんと跳ねると、恐々と近づいて行った。様子を見ながら少しずつ黒い光を吸収して、最後には満足そうに息を吐く。

「お腹いっぱいだファラァ…」

 ───声を出さない。…そろそろ行くよ。

 ───分かったファラ!

 再び僕の肩に乗った『ファラクト』を受け入れて、今度こそ『ウエポンプラント』の拘束を解く。

 ぐったりと力が入らない様子の『ピュアリアル』をそっと街路樹の脇に降ろして、僕の手足となって働いてくれた『ウエポンプラント』も元の木に戻してやる。

 多少の暴走はしたけれど、初めての実戦にしては上手くいった。…次はもっと冷静に戦った方がいいだろうけど。

 自分の初戦に対して少しばかりの反省会を行った後に、夜の闇に紛れるように家に帰った。




 次の日、僕はボサボサの髪のまま朝食を食べていた。

「ふぁ…」

「眠そうだな。そんなに欠伸するならもうちょっと寝てろよ」

「珍しいよね。こんな早起きするなんてさ」

 朝食を食べ終わった兄弟たちが呆れたように話しかけてくる。

「ん…、ちょっと寝れなくて」

「体調悪いのか?学校休めよ」

「薬用意しようか?優しさ半分のやつ」

「いや、体調が悪いとかじゃなくて。えっと、『ピュアリアル』の事を考えてたら眠れなくなっちゃって…」

「……重症だな」

「4号がこんなに素直に胸の内を話すなんて…。やっぱり体調悪いんじゃない…?」

 心配する兄弟たちに大丈夫だと言いながら、僕はもしゃもしゃとパンを齧った。


 数十分後、眠気もマシになってきたので普段通りに学校へ向かう事にした。いつもの通学路をテクテクと歩き、見覚えのある植え込みの近くを通りかかる。

 一瞬ピタリと足を止め、すぐに歩みを再開する。

 『ファラクト』は予想通り僕のそばに居続ける事になった。今も姿は現さないがそばにいる。

 魔法少女から発生した負の感情を食べた後、あいつはほんの少しだが強くなったらしい。興奮しながら、これからも食べたいと強請られてしまった。

 僕に否やはない。僕にとっても都合が良いからだ。そしてもっと都合が良い事が起こった。

 『ファラクト』から力の他に欲しいものはないかと聞かれたので、適当にお金と答えてみたのだ。

 全く期待してなかったのだが、驚いたことに僕の口座にお金が増えていた。機械を操ったのか人を操ったのか、いずれにせよ僕が働いて得た報酬という訳だ。

 これで晴れて『ピュアリアル』のグッズが出ても、いくらでも大手を振って買えるようになった。

 兄弟たちのまっとうな仕事とは違うが、一応僕もバイトを始めたと言っていいのかもしれない。

 帰ったら兄弟たちに話してみよう…。そう思っていると、後ろから僕を呼ぶ声がした。

「え、エラン先輩。…おはようございます」

「スレッタ・マーキュリーさん。おはよう」

 振り返ると、ぴょんと跳ねた赤毛が目を引く同じ学校の後輩がいた。これで2日連続だ。

「ご一緒しても、いいですか…?」

「いいよ。どうせ向かう先は一緒だし」

 今日の彼女はちょっとだけ元気がない。何だか初めて会った時の事を思い出す。

「大丈夫…?」

「え…」

「いや、元気がないように見えたから。余計なお世話だったかな」

「い、い、いえ…。嬉しいです」

 彼女はちょっと笑って、そのまましばらく無言で歩いた。

「あの、エラン先輩…。今日はお昼にご一緒できますか…?」

 学校が見えてきた頃、彼女がぽつりとそう言った。そういえばお昼を一緒に食べる約束をしたんだった。すっかり忘れていたけど、今日は弁当も持ってきていないのでまったく問題ない。

「約束したからね。奢ってくれるんでしょう?」

 もちろん覚えていたよ、という風を装って返事をすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「あの、実は、昨日ちょっとヘコむような事があったんですけど、元気が出ました」

「そうなんだ。…大丈夫?」

「は、はい。先輩は…その、優しいですよね」

「…初めて言われたけど」

 あんまり言われ慣れてないのでビックリする。

 僕が首をかしげると、スレッタは勢い込んで喋りだした。

「や、優しいですよ。初めて会った時だって、助けてくれました」

「お弁当の事なら本当にパンが食べたかっただけだから、むしろこっちが助かったんだけどね」

「お弁当……?あ、そ、そうですよね。いつも先輩は助けてくれます」

「ん…?」

「な、何でもありません。あ、今日は日直だったんで先に行きます…!」

 スレッタがタタタと小走りで走っていく。少し走り方が変なのでどこか痛めたのかもしれない。ヘコむ事があったと言っていたが、部活か何かでヘマをしたんだろうか。

 そう思って何となく彼女の後姿を見ていると、ピュウッとどこからか強い風が吹いた。

「きゃっ!」

 同時にスカートがめくれて、僕の目にスレッタのパンツが飛び込んできた。

「…タヌキさんパンツ?」

 それはタヌキがプリントされた、少々くたびれたパンツだった。慌てたスレッタがこちらを振り返ってきたので、僕は見なかったフリをしてそっぽを向く。

 スレッタが恥ずかしそうに走り去っていく姿を見ながら、僕は首を傾げていた。

「女の子の間で、流行ってるのかな…?」

 クマにせよタヌキにせよ、いずれにせよ魔法少女のパンツとしてはふさわしくないと思う。スレッタはただの女の子だからいいけれど…。


 僕は一瞬目に飛び込んできたタヌキさんパンツと、大きくぱつんと張ったお尻を思い出しながら、ほんの少しだけ心臓の鼓動が早くなっていることに気が付いた。




………。

…………。

……………。




 ぴゅうっとイタズラな風が吹く。制服のスカートがめくれあがって、わたしは思わず悲鳴をあげた。

「きゃっ!」

 ───最近ちょっぴりスカートの丈を短くしたから、そのせいでめくれやすくなったんだ!

 焦ったわたしはとっさにはしっこを抑えて、おそるおそる後ろを振り向いた。

 さっきまで話していた憧れの先輩が、こっちを見ないように顔を逸らしている様子が見える。

 かあぁっと顔が赤くなるのが自分でも分かった。見られた、絶対に。でも先輩は気を使って、すぐに目を逸らしてくれたんだ。

 嬉しいやら、恥ずかしいやら。頭の中がグルグルしたわたしは先輩の前からササっと逃げ出した。

 わたしはこの春、高校生になった。まるきり子ども扱いだった中学生とは違って、ほんの少しだけ大人に近づいた。

 そうしてこの春、いくつかの出会いがあった。新しい友達、新しい先生、新しい先輩。───そして新しい自分。

 実はわたしには特大の秘密がある。正確には、この春から秘密が出来てしまったのだけど。

 校庭を横切り、校舎に入り、教室へと近づいていく。1年生の教室に入ると、自分の席へとそそくさと着席した。

 ズキッ。

「~~~っ!!」

 お尻が痛くて机に突っ伏す。ジンジンと痛くて、もしかしたら熱を持っているのかもしれない。わたしは足に力を入れて、出来るだけお尻に体重を掛けないようにふぐぐっと踏ん張ることにした。

 このお尻は、昨日戦った悪の組織にすごく攻撃されてしまった場所だ。まるで幼い子供のように、ぺんぺんとお尻をぶたれてしまった。

 わたしは痛みで半泣きになりながら、心に誓った。

 ───次は絶対、こうはいかないんだからっ!

 自分に出来てしまった特大の秘密。

 それはわたしが魔法少女だという事だ。


 きっかけは春のお花を見ながら散歩をしていた時に、偶然かわいい妖精さんと出会ったことだった。

 その妖精さんは、花壇の中に埋もれるようにして体を休めていた。お花の香りを嗅ごうとしていたわたしはビックリしてひゃああと悲鳴を上げて、その子も驚いたように体を起こして…それが出会いだ。

 あたふたするわたしを宥めるように、とってもクールな声で『エアリアル』と名乗ったその子は、自分は妖精の国から来た光の妖精だと教えてくれた。

 妖精の国は聞いたことがある。よく魔法少女と契約するマスコットが生まれる国だ。わたしは嬉しくなって、わーっと言葉にできない喜びで胸がいっぱいになった。だって小さい頃からヒーローが好きで、特に魔法少女が大好きだったから。

 行くところがなくて困っているようだったので、わたしはぜひ来てほしい!とエアリアルを家に連れて行くことにした。彼はとても感謝してくれて、自分に何かして欲しい事はないかと聞いてくれた。

 更に喜びで胸がいっぱいになってしまったわたしは、そこでつい言ってしまった。魔法少女になってみたいと。

 本当の魔法少女じゃなくて、あくまでごっこ遊びのつもりだった。少しそれっぽく変身できるだけでいいし、それだけで一生の思い出になれたと思う。

 エアリアルもそのつもりだったみたい。でもすぐに、ごっこ遊びは本物になった。

 わたしが魔法少女になりたいと強請ったのとほとんど同じタイミングで、怪人警報がブブーッと繰り返し鳴り始めたからだ。

 この町には悪の組織はいないはず。だから他の町から出張して来たのかも…と近くの町の怪人情報を検索するわたしに、エアリアルは言った。

 仲間の匂いがするって。

 どういう事なのか質問したら、エアリアルは近くに別の妖精さんがいると教えてくれた。それも闇の妖精さんで、今まさに大きな力を使っているらしい。

 たぶん出てきた怪人はその妖精の力を受けて暴れているね。

 深刻な雰囲気でエアリアルは言う。

 妖精さんが悪役になる事もあるんだ。

 驚くわたしに向かって、エアリアルはすぐに協力を求めてきた。僕の力で本物に変身させるから、魔法少女の力で仲間を止めて欲しいって。

 わたしは何も考えずに頷いた。だって魔法少女というものに憧れていたから。

 さっそく本物の魔法少女に変身して、エアリアルに力の使い方をレクチャーしてもらう。そしてすぐに闇の妖精さんがいる場所に急いだ。

 残念な事に闇の妖精さんは隠れて出てこないみたいだったけど、代わりに力を与えられた怪人が暴れていた。

 わたしは近づいてビックリした。その怪人はとても小さな子どもだったから。

 小さな子どもが大きなぬいぐるみに乗って、町をめちゃくちゃに壊していたんだ。

 まるで癇癪を起こしたような様子に、すぐにその子がとても可哀想になってしまった。何で暴れているのか分からないけど、説得して、暴れるのをやめさせて、この子を助けてあげなくちゃ。そう思って頑張った。

 でもまるで駄目だった。大人しくさせるには相手を倒さなきゃいけないのに、わたしはその子に攻撃できなかったんだ。

 わたしはもう大きいお姉さんなのに、こんなに小さな子に暴力を振るうなんてできないよ。そう言って泣き言を言うわたしに、エアリアルは何とかやる気を出させようとした。

 グズグズしているわたしに、エアリアルがショッピングセンターを指さす。何だろうと首を捻っていると、エアリアルが言った。そこにはひとり、避難しないで残っている人がいるよ、と。

 君を信頼して残ってくれているんだね。そう教えてくれた。

 エアリアルの言葉にハッとする。目の前の子どもがこのまま暴れ続けたら、ショッピングセンターも壊されちゃうかもしれない。そうしたら中にいる人はどうなるんだろう。

 わたしは弱気になった自分の心にビンタして、踏ん張ることにした。そして頑張って攻撃を当てようとした。

 でも結局はだらだらと格好悪い戦いを続けているだけだった。だって、やっぱりどうしても子どもに攻撃なんて出来なかったから。

 その内にだんだんと疲れてきて、ぬいぐるみの攻撃を避けるのも難しくなった。

 とうとう大きく振りかぶった腕に当たりそうになった時、もう終わりだと思って目をつぶった。わたしはもう諦めてしまって、やっぱり本物の魔法少女になれないんだと思っていた。

 でも何も起こらなかった。

 どうして…?と思った時、子どもの声が聞こえた。

 眩しい!

 目を開けると、子どもの顔にチカチカとした光が照らされていた。

 どこからか眩しい光が飛んできて、子どもの目を遮ってくれたみたいだった。

 わたしはこの時も攻撃できずにぽかんとしていた。子供は必死になって、光から目を守ろうとしている。

 エアリアルがまた教えてくれた。ショッピングセンターの中にいる人が、鏡の光を反射させて助けてくれたんだよ。

 目を向けると、確かにショッピングセンターの窓からチカチカと光が瞬いていた。わたしをずっと見守ってくれた人が、わたしを助けてくれたんだ。

 その時だ。

 ぬいぐるみに乗った子どもが光の出所に気付いたみたいで、あいつを攻撃しろとショッピングセンターを指さした。

 わたしは絶対に止めなくちゃと思って、その一心で初めての攻撃をした。ステッキを振りかぶって、ぬいぐるみを真っ二つに切ってしまった。

 二つに分かれたぬいぐるみが小さくなって、後には小さな子どもだけがポツンと残される。普通の格好に戻ったその子は、力を使い果たしたみたいにぱたりと倒れてしまった。

 わたしは慌てて介抱して、エアリアルからその子の闇の力が無くなっていることを聞かされた。

 初めての変身。初めての戦闘。

 色々と不格好だったけど、何とか勝つことができた。

 鏡の光がわたしの周りをチカチカと照らす。まるで良くやったと褒めてくれているみたいに。

 喜びで胸がきゅうっとなる。嬉しい。とても嬉しい。

 わたしはどうしても恩人の姿を見たくなって、エアリアルにお願いして一瞬だけ姿を見せてもらう事にした。

 勇気があって、機転が利いて、だから随分年上の人だと思っていたのに。瞼の裏に映る姿は、意外にもわたしとそんなに年が変わらなそうな男の子だった。

 大きくて分厚い眼鏡をして、髪はボサボサ。でも立ち姿はスッとしていて、とても真面目そうだった。

 名前も知らない男の子。

 まさか同じ学校の先輩なんて、その時は思いもしなかった。




 数か月後、その男の子はまたわたしを助けてくれた。

 お弁当を忘れてしまったわたしに、自分のお弁当を丸ごと分けてくれたんだ。

 あの人だ…!と思ってワタワタするわたしに、その人は自分のお弁当をポンと渡して、しばらくどこかに行ってしまった。

 手の中のお弁当をどうしていいか分からずオロオロしていると、その人は大きなパンを片手に戻ってきた。

『あれ、まだ食べてなかったんだ。僕にはこのパンがあるから、その弁当ぜんぶ食べていいよ』

 そう言って、少し離れた場所でむしゃむしゃとパンを食べ始めた。

 初めはパンなんて持ってなかったから、このお弁当の代わりにわざわざ買って来たのはすぐに分かった。

 でもその人は言う。

『気にしないで。僕はパンを食べたかったからちょうど良かったんだ。きみが食べてくれてむしろ助かったよ』

 わたしが気に病まないために、そう言ってくれる。

 優しい人。

 胸がきゅんとして、何だかドキドキし始めた。

 教室に戻っても、わたしの心はずっとフワフワしたままだった。

 お昼休みどこに行ってたの?そう聞いてくる隣の席の子に、外で食べていたと素直にお話する。

 普段ならそこで会話は終わるけど、でもその日のわたしは思わず聞いていた。

 あのね、スカートの丈を短くするの、どうやるの?…と。

 実はわたしは、その日までクラスの子に馴染めずにいた。急に大人っぽくなった周りの子たちの話についていけず、どうしたらいいのか分からなかったんだ。

 それに魔法少女をしている関係上、怪人が出たらすぐに駆け付けなくちゃいけない。放課後に遊びに行くのも難しいし、授業もよく抜け出していた。だから仲のいい友達が作れなかった。

 でもその日からは、積極的に話しかける事にした。みんなとても可愛らしくしているから、真似をしてみようと思った。

 気になる人がいるから、可愛くなりたい。

 恥ずかしがりながら言うと、みんながとっても親切に色々とアドバイスしてくれた。

 中には先輩がいつ頃学校に来るか知っている子もいた。先輩はとても特徴的な外見をしているから、よく覚えていたんだって。

 そんなに目立つなら、先輩を好きな子も他にいるんじゃないか…。不安がるわたしに対して、みんなが首を振る。

 わたしはちょっとムッとして、でも同時に安心していた。

 後日みんなのアドバイスに従って、お弁当のお礼という形でお食事に誘った。お礼をしたいのは本当だけど、仲良くなりたいという下心もある。

 恋愛の駆け引き。

 自分がとってもお姉さんになったみたいで、胸がときめいていた。


 …でも、新しく出てきた怪人に、わたしのお姉さん風は吹き飛ばされてしまった。

 『ブリザード』と名乗ったその子は、なんとわたしのスカートをめくってお尻をぺんぺん叩いてきた。

 更にはお気に入りのクマさんパンツを馬鹿にしてきて、もう悔しくてたまらなかった。

 ペンペン、お尻を叩かれる。

 痛くて痛くて、ちょっと泣いた。そのうち熱くなってきて、ジンジンと痺れてきた。

 その子は言う。

『魔法少女パンツを履け!』

 どうやらその子は魔法少女が好きみたいだ。そして理想の魔法少女じゃないわたしに、とっても怒っているみたいだ。

 半ズボンに、小さいマント。フリフリの飾りを胸に付けて、すごく怒ってくる男の子。

 『ブリザード』と名乗った悪の組織の子どもに、わたしのお尻はめちゃくちゃにされた。

 それにしても、わたしと戦っている悪の組織の怪人は子どもが多い。最初も、その次も、そのまた次も、みんなみんな子どもだった。

 エアリアルに話したら、認識障害の一種かもしれないと答えてくれた。

 正体をぼやかす為に、子どもの姿として見えるようにしているんだろうと。

 でも実際に子どもは多い。最初の子も、その次の子も、そのまた次の子もそうだった。

 だから、今度の『ブリザード』もきっと子どもだと思っている。

 大人だったら、お尻をペンペンする攻撃なんてしてこないもの。絶対にそうだ。

 わたしは自分の考えに納得して、それ以上深く考えないようにした。だってもし相手が大人だったら怖いし、恥ずかしいから。

 う~と唸っていると、隣の席の子が話しかけてきた。

「何か悩み事でもあるの?また欲しいアドバイスがあったら、協力するよ」

 その言葉に、わたしは意地悪な『ブリザード』と、優しい先輩を思い出した。

 悪の組織の怪人に従うのは、魔法少女失格かもしれないけど…。

 わたしはコクリと頷いて、隣の子にこう答えた。

「…あのね、可愛い下着を売ってるお店があったら、教えてくれるかな?」


 小学生の頃からのお気に入りだった下着を捨てて、わたしは更にもうちょっとだけ大人になる決意をしていた。







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