きみの光に誘われて【前編】

きみの光に誘われて【前編】


※魔法少女にあこがれてパロ。何でも許せる方向けです




 僕の名前は『エラン・Ⅳ(フォース)・ケレス』。名前が変わっているだけの、ごく普通の高校生だ。

 適当に授業を受けて、適当に課題を片づけて、放課後になったら速攻で家に帰る。そうして家でゴロゴロするだけの日々を過ごしている。

 特にやりたい事もないし、将来の夢とかも特にない。兄弟からはたまにバイトでもしろと言われることもあるが、今までバイトなんてした事はない。面倒くさいから。

 そんな平均的高校生であるところの僕は、最近少しだけ夢中になっているものがある。

「おーい4号、何か届いたぞー」

 同い年の兄である『エラン・0(ノウト)・ケレス』が玄関で騒いでいる。僕は見ていたスマホをベッドの上に放り投げると、常にない早さで部屋から出た。

 早足で廊下を進むと、こちらへ向かっている兄の姿が見える。

「ほら、これ。軽いけど、なに頼んだんだ?」

 軽く振っている兄の手から荷物を取り上げ、絶対に落とさないように両手でしっかりと保護をする。

「オリジナルには関係ないだろ」

「……あー、大体分かった。程々にしておけよ。お前バイトもしてないんだから」

「うるさいな」

 憎まれ口を叩くと、兄は「はいはい」と呆れたように返事をした。僕の生意気な口調はいつもの事なので、家族は大体受け流している。

「もうすぐ夕飯が出来るから、呼んだら今みたいにすぐ来いよ」

「何度か呼んで」

「一回ですぐ来い!今日は5号はバイトだから、俺とお前しかいねえぞ」

 5号と言うのは僕のすぐ下の弟、『エラン・Ⅴ(フィフス)・ケレス』の事だ。

 僕らは三つ子で容姿も名前もほぼ一緒。恐らく死んだ両親は僕のように面倒くさがりだったんだろう。唯一ミドルネームだけが違っていて、それぞれ数字の『0(ノウト)』『Ⅳ(フォース)』『Ⅴ(フィフス)』で区別されている。

 兄がオリジナルと呼ばれているのは数字の『0』がアルファベットの『О』と似ていたからだ。呼び始めた理由は覚えていないが、なんとなく小さな頃に見たテレビのヒーローシリーズに感化されたのだと思う。ちなみに『Ⅰ』~『Ⅲ』のエラン・ケレスはいない。…たぶん。

 きっと本当は六つ子で、他の子は悪い奴らに攫われちゃったんだ!そう言って騒ぐ幼い兄弟の横で、僕はどうでもいいなと思いながらボーっとしていた記憶がある。

 それはともかく、活動的な僕以外の兄弟はきちんとバイトをして生活費を稼いでいる。最近は特にその割合が増えたと思う。

「5号のバイト、忙しそうだね」

「何か繁盛してるらしいな。頑なにバイト先教えてくれねえけど」

「兄さんもね」

「わざわざお前らに言うかよ。バイト先まで冷やかしに来られたら堪ったもんじゃねぇ」

「僕は行かないけど」

「お前は面倒くさがりだからな。でも5号は絶対に来るだろ」

「絶対に行くね」

 2人で何の生産性もない軽口を叩きあい、しばらくしてから部屋へと引きあげた。

 その間大事に持っていた段ボール箱を机に置いて、慎重にガムテープを剥がしていく。カッターは使わない。万が一、億が一にでも中身が傷ついたら嫌だから。

 テープを剥がし終え、そっと段ボールの蓋を開ける。中にはわしゃわしゃとした梱包材がいっぱいに詰まっていて、優しくかき分けると真ん中にお目当てのモノが横たわっていた。

 僕は生まれたばかりの子猫を扱うようにそっと手を差し入れて、段ボールからゆっくり取り出した。

『○○町担当魔法少女『ピュアリアル』1/12スケール』

 手のひらで隠れてしまうくらいの可憐な、それは美少女フィギュアだった。

 言い訳すると、僕は元々オタクだった訳ではない。兄弟が集めた漫画をたまに読むくらいで、愛読書は哲学書や古い文学作品だ。

 学校の勉強はしないくせにどうしてそんな難しそうな本ばっかり読んでるの?心底不思議そうな顔で弟に聞かれたことがある。それは単に気が向くか気が向かないかの違いだった。

 好きな物はとことんのめり込み、嫌いなものやどうでもいいものはとことん放置する。それが僕の性分なのだ。

 そんな僕がどうして魔法少女に夢中になっているかというと、実際に彼女の戦っている姿を目撃した事が大きいだろう。

 魔法少女『ピュアリアル』。

 彼女は僕が通っている高校がある町で活躍する、ご当地ヒーローなのだ。


 実はこの国には、超常的な力を持った悪の組織というものが数多く存在している。彼らは世界征服を狙っていたり、自らの力を高めるために人の感情のエネルギーを狙っていたり、価値のある財宝を狙っていたりする。

 この国も最初は国家の力を総動員して事に当たっていたようなのだが、不思議な力を持つ彼らに対して中々有効な対策を取れずにいた。そうこうしている内に本来の彼らが対処すべき普通の犯罪や外敵への対応に手が回らなくなり、一時は国家の存亡が危ぶまれる時期もあったらしい。

 そんな時に彗星のごとく現れたのが、個々の悪の組織に対応したご当地ヒーローだ。

 彼らは集団で、あるいは単独で、悪の組織の野望を砕いていく。そして町に平和が訪れると、自分たちの役目は終わったとばかりに姿を消してしまう。

 活躍する期間は3ヶ月から1年の間が多い。彼らは国から正式なヒーローとして認定されると、独自の権利を与えられてあらゆるサポートを受けられることになっている。

 魔法少女『ピュアリアル』が最初に姿を現したのが、今年の4月。2カ月と少し前だ。

 最短の3カ月まで、あと少し。

 もしかしたらあと数週間で彼女の姿が見られなくなってしまうかもしれない。僕は手の中にいる凛々しい彼女の姿を眺めながら、一抹の寂しさを感じていた。




 次の日、僕は欠伸をしながらダイニングへと歩いていた。すでに兄の姿はなく、のんびり牛乳を飲んでいる弟の姿が見える。

「…おはよう」

「おはよう、寝癖ひっどいね」

 人の事を指さしてカラカラと笑っている。三つ子の中で一番陽気なのがこの弟だ。

「5号だって僕より寝癖が酷い時あるだろ」

「まぁね。バイトで疲れた時とか、中々起きれないよねぇ」

「そんなに仕事頑張って、何か欲しいモノでもあるの?」

 聞くと、弟はよくぞ聞いてくれたとばかりに嬉しそうな笑顔になった。

「それがさ、僕が推してるフォルドの夜明けの2人組『ソフィ&ノレア』のグッズが今度出るんだ。いつもは怪盗側しか出ないから、これはかなりレアなんだ。いくつかバージョン違いがあるから、絶対に全部ゲットしなくちゃね」

「5号も物好きだね。怪盗の方が人気あるんだろ?」

「そうみたいだけど、あれって悪役じゃん。やっぱり応援すべきは正義のヒーローだよね」

 弟が言っているのは、彼が通っている高校がある町のご当地ヒーロー、フォルドの夜明けの2人組『ソフィ&ノレア』のことだ。単に『ソフィ&ノレア』でも意味は通じる。

 女の子2人組のヒーローで、彼女たちは超常的な力ではなく様々なアイテムを駆使して戦う。対応する悪役は『怪盗エンジェル』。狙った獲物は逃したり逃さなかったりするが、決して捕まらない逃げ足の早さを持っている。

 大体の悪役はそれほどの人気にはならないのだが、こと『怪盗エンジェル』だけは別のようで、正義の側であるはずの『ソフィ&ノレア』を差し置いてグッズも複数発売されている。

 弟が地団太を踏んで「おかしいだろ!」とか「納得いかない」などといちいち憤慨しているので覚えてしまった。

 今回は念願かなってようやく彼女らのグッズが出るようだ。いつもの貼り付けた笑顔ではなく、心底嬉しそうな笑顔になっている。

「信じてバイトしてて良かった…。4号もバイト始めたら?あれだろ、魔法少女キュアルンだっけ?そろそろグッズ出始めるんじゃない」

「『ピュアリアル』だよ。グッズは小さいフィギュアがもう出てる。もしかしたらもっといっぱい出るかもだけど…」

 もそもそとパンを齧りながら話していると、弟がニヤッと意地悪な顔をした。

「備えあれば患いなしってね。僕は大勝利したけど、怠け者の兄さんはどうだろうな~?」

 ルンルン♪とわざわざ擬態語を口に出しながら弟は学校へと行ってしまった。

 僕ら3兄弟は全員違う学校へ通っている。幼い頃は同じ学校へ通っていたが、色々と煩わしかったので中学からは違う所へ通う事にした。中学では小学生の頃よりも快適に過ごす事ができたので、当然ながら高校も別々の所を選んだ。

 兄はマーケティングを学べる商業高校、弟は技術を学べる工業高校、僕は適当に近くの公立高校だ。

 電車で数分。駅からも数分。そんな距離なので、大抵は僕が一番遅く家を出る。

 バイトか…。

 正直、少し悩んでいる。

 これからも『ピュアリアル』が活躍するのなら、当然彼女のグッズは出るだろう。いざ購入しようとしても、お金が足りないのでは話にならない。ここ1、2ヶ月ほどは節約してお金を溜めているが、元からそんなに多くない小遣いなので焼け石に水だ。

 ちなみに僕らは亡くなった両親の知り合いだというお婆さん4人組の保護下に入っている。彼女達から日々の生活費と小遣いを貰っているのだが、正直うさんくささは感じている。

 兄弟たちはそれもあってバイトに精を出しているのだろう。僕は面倒くさかったので何も考えずにありがたく頂戴していたが、グッズくらいは自分で稼いだ金で買った方が良いのかもしれない。

 バイトか…。

 もう一度考える。

 本音を言うと、ものすごく面倒くさい。

 僕は好きな事だけして生きていたい甘ったれた人間だ。誰かが飴をくれるなら素直に口を開けてその甘さを享受するだろう。ちなみに飴をくれる人間が気に入らなければ僕はそのままシュッと逃げる。兄弟たちを囮にして逃げる。

 とは言えそんな大金をポンとくれる胡散臭い人間はいない。探せばいるかもしれないが、少なくとも僕の周りにはいない。

「宝くじ当たらないかな…」

 だから買ってもいない宝くじが当たる夢を夢想する。僕はそんな怠惰な人間なのだ。

 もし『ピュアリアル』がずっと活動を続けるという保証があるのなら、僕だってもう少しやる気は出ただろう。

 けれど『ピュアリアル』は恐らく最短の3カ月の活動期間になると噂されている。何故なら敵が弱い上に努力家の彼女はめきめき実力を伸ばしているからだ。最初の頃の危なげな戦いを知っている身としては感慨深いが、同時に複雑な気分になる。

 あと少しで彼女の活躍が見れなくなるかもしれない。他の有象無象のご当地ヒーローの波に埋もれて、忘れ去られてしまうかもしれない。そうして手元に残るのは小さなフィギュア数体だけ。…その可能性は十分にある。

 僕はただの一ファンで、ただのモブだ。僕が頑張ろうがサボろうが『ピュアリアル』の活動時間に影響を与える訳ではない。

 …頑張ってバイトしたって、彼女が居なくなったら虚しいだけじゃないか。

 弱い心がそう囁く。

 結局僕は、臆病なのだ。

 はぁ、とため息を吐き、アンニュイな気分のまま朝の支度をする。顔と歯はキチンと洗って、ぼさぼさの寝癖はそのままに。最後に制服に着替えて、分厚い眼鏡をかければ完璧だ。

 僕ら三つ子はそれなりにモテる外見をしている。幼い頃はキャーキャー言われていたし、兄や弟は今でも学校でキャーキャー言われているらしい。僕はそれがとても煩わしくて、小さな頃はいつも周りを睨んでいた。

『真ん中のエラン君、顔怖いね』

 そんな悪口を言ってくるのに、何故か構ってこようとする女の子達が理解できなかった。

 だから中学からはわざと髪をボサボサにして眼鏡をかける事にした。こうする事で少しでも被害を減らそうと思ったのだ。するとピタリと騒がれなくなった。

 ほんの少し外見を変えただけなのに。

 僕は何だか可笑しくなって、その瞬間に苦手だった女の子がはっきりと嫌いになった。

 例外は魔法少女『ピュアリアル』だけだ。正確に言うと僕は女の子としてじゃなくて、ヒーローとしての彼女が好きなのだけど…。

 そこまで思ったところで、また先ほどの気分がぶり返して来た。はぁ、とため息を吐きながら通学路を歩いていく。

 すると、すぐ近くの植え込みがガサガサと動いているのに気が付いた。通り過ぎる寸前で、ちょっと立ち止まってみる。

 大きさ的に猫のようだ。飼い猫、野良猫、地域猫。どちらにしろ彼らは町で見かけるとちょっとお得な気分になれるアイドルだ。

 可愛い彼らを見て荒んだ気分を癒やそうと思い、僕は植え込みの中を覗く為に少し屈んだ。

 すると、ガッサァッ!!と大きく植え込みが揺れる音と共に、ものすごいスピードで何かが僕の顔に激突してきた。

「っぶ!」

「すごいファラ!何という闇の才能だファラ!」

 それは人間の言葉を発し、何やら大興奮しているようだ。

「ものすごい負の感情のエネルギーだファラ!すごい!すごすぎるファラ!」

 ピーチクパーチク、非常にうるさい声が鼓膜に響く。

「君こそ悪の組織の幹部にふさわしいファラーー!」

 そして何が何だか分からない内に、スリスリスリ…ッ!と高速で頬ずりされる。

「………」

 最初のショックから立ち直ってきた僕は、頬に張り付いた謎の物体をガシッと掴むと、躊躇なく全力で道路に投げ捨てた。

「あひゃぁ…!?……ッんファラァーッ!」

 すると黒い物体は道路に激突する直前で気合の入った声を上げ、スイっと空中に浮かびあがった。

 黒くて固そうな体はロボットのようでもあり、虫のようでもある。でも挙動は動物的で、小さい子供のような印象を受ける。

 そいつが一丁前にプリプリと怒りながら、僕に向かって抗議してくる。

「ひどいファラ!何するファラ!」

「お前こそいきなり何してるんだ。人を不愉快にさせるためのジョークグッズか何かなのか」

 正体は何であれ、もはやその為に生まれて来たとしか思えない。僕をこんなに不快にさせるのだから大したものだ。

 ぎろりと睨むと、そいつはウッと怯みながら言い訳してきた。弱すぎるだろ。

「…不愉快にさせたのは悪かったファラ。でもでも、仕方なかったんだファラ。こんな崖っぷちで救世主と出会えて、僕は嬉しかったんだファラ。どうか僕を助けて欲しいファラ」

「ファラファラ煩いよ。どうして僕がお前を助けなきゃいけないわけ?」

「それは…」

「あ、もう学校に行かなきゃ。じゃあね」

「えー!?ファラ」

 よく考えたらこんな不思議生物に構っている時間はないんだった。そう思った僕はさっさとそいつを無視して歩き出した。慌てて纏わりついてこようとする不思議生物をペシッと叩いたり避けたりして、ひたすらスタスタと歩き続ける。

 やがて角を曲がって大通りに出ると、他の通行人の姿もチラホラと見え始めた。同じ学校の生徒も見える。

 そうしてふと気づくと、いつの間にかギャーギャーと喚いていた不思議生物の姿は消えていた。

 何だったんだ一体…。

 と思ったが、すぐにどうでもいいかと思い直した。僕は興味が向かないものにはとことん脳の容量を使いたくないので、すぐに頭の中のゴミ箱フォルダに先ほどまでの記憶をペイっと投げ捨ててておいた。

 しばらく何事もなかったように歩いていたのだが。

「え、エラン先輩」

 再び歩き始めた僕の背に、話しかけて来る声がした。不思議生物のキンキンした声ではなく、知っている女の子の声だ。

 振り返ると、ぴょんと跳ねた赤毛が目を引く同じ学校の後輩がいた。

「あの、おはようございますっ」

「おはよう、スレッタ・マーキュリーさん」

「お、覚えててくれたんですね」

「まぁね」

 僕は忘れようと思ったものはすぐに忘れるが、面白いと思ったものはけっこう長く覚えている事がある。

 彼女は一学年下の後輩で、スレッタ・マーキュリー。

 別に同じ部活や同じ委員に入っている訳ではないけれど、この間知り合ったばかりの女の子だ。

 彼女はお弁当を忘れて、泣いていた。

 悲しそうな顔で、ぐうぐうお腹を鳴らしていた。

 そして人気のない裏庭でひっそりと、三角座りになっていた。

 そんな場に偶然居合わせてしまった僕は、つい持っているお弁当をあげてしまったのだ。

 兄の作った大きめのお弁当の中身は、美味しい美味しいと笑顔で食べる彼女の胃にすべて収まった。その間の僕はムシャムシャと購買のデラックススペシャルパンを齧っていた。

 お弁当は前日の夕飯の残りだったので、それよりも購買のパンを食べたかった僕には渡りに船だったのだ。

 ありがとう知らない後輩女子。これでこっそりお弁当の中身を処分する事も無く、大手を振って空のお弁当箱を兄に返せる。

 そんな感謝をしながら最後のパンの一欠けらまで口に入れると、夢中で食べていた彼女は僕にお礼を言ってきた。

『あ、ありがとうございます。このお弁当、とっても美味しかったです。それに、ごめんなさい。全部食べてしまって…』

『気にしないで。僕はパンを食べたかったからちょうど良かったんだ。きみが食べてくれてむしろ助かったよ』

 嘘偽りのない本音だったのだが、その子は感動したように目を輝かせていた。彼女は自分を1年の『スレッタ・マーキュリー』と名乗り、僕は自分を2年の『エラン・ケレス』と名乗った。

 それだけの関係だったのだが、どうやら懐かれてしまったようだ。

「ご、ご一緒してもいいですか」

「いいよ。今日はお弁当は忘れなかった?」

「だだ、大丈夫です、ちゃんと持って来てます。あ、あの、この間のお礼をしたいんですが…」

「気にしなくていいのに」

 律儀な女の子なんだろう。自分にはない彼女のそういう所は好ましく思える。

「そ、そんな訳には…。えっと、今日はお金も持ってきたので、購買や学食で何か奢らせてください」

「うーん、弁当を持って来てるから、今日はいいかな」

「ふぇっ!」

 断ると、スレッタはあからさまに焦って恐縮していた。

「あ、あ、すいません…。先輩の都合もあるのに、勝手に話を進めようとしちゃって」

「…気にしないで。そうだ、よかったら明日、奢ってくれる?」

 彼女の様子が可哀想になったので、僕には珍しく手を差し伸べてみた。それに貸し借りなしにしてしまえばもう付きまとって来ないだろう、そんな打算もあった。

 僕は基本的に女の子は信用していない。絶対に裏表があると確信している。

 この子も表面上は良い子だが、裏では何を思っているか分からない。

 僕が冷静にそう考えている事も知らずに、スレッタは嬉しそうに笑っていた。

 その笑顔が大好きな魔法少女のように見えてしまったのは、僕の目の錯覚だったんだろう。




「やっぱり諦めきれないファラ!どうしてもお願いしますファラー!!」

 放課後になり、さっさと帰り道を歩いていた所、またあの不思議生物が纏わりついてきた。

 忘れようと思っていたのに、時間を置かずに来られたのでは堪ったものじゃない。

 無視して通り過ぎようとしても、朝よりしつこく粘ってくる。短い手足を精一杯広げて、僕の視界を邪魔してくる。

 右に行けば右に、左に行けば左に。

 ガシッと掴んで遠くへ投げても、またすぐに僕の顔の前に戻ってくる。

「お願いしますファラ、お願いしますファラ!お礼はしますからファラー!」

「………」

 これだけ騒いでいても、他の通行人の姿は見当たらない。まるで人払いでもされているかのように。

 とうとうまともに進めもしなくなった頃、根負けした僕ははぁーーーっと特大のため息を吐いた。

「……何なのお前?」

 僕の問い掛けに、ワタワタと短い手足を動かしていた不思議生物はピタッと動きを止めた。大の字にしていた手足を丸めて、おずおずと聞いてくる。

「…話を聞いてくれる気になったファラ?」

「早くして。お前が何なのか、僕に何をさせたいのか、それだけは聞いてあげるから。つまらなかったら袋に詰めてドブに流すよ」

 僕の言葉に慄いたのか、不思議生物はブルリと全身を震わせながら口を開いた。

「ぼぼぼ、僕は闇の妖精で、人々の負の感情を糧に生きているんだファラ。でも僕だけじゃいまいち負の感情を集められなくて、困ってたんだファラ。お願いファラ、僕と協力して、魔法少女『ピュアリアル』をやっつけて欲しいファラ」

「───は?」

 前半と後半が繋がらなくて、変な声が出た。特に後半、どうしていきなり『ピュアリアル』の名前が出たのか分からない。

 僕が固まっていると、続きを喋っていいと判断したのか不思議生物は更に口を開いた。

「実は今までも何度か人に頼んで『ピュアリアル』を倒そうとしたんだファラ。けどなんでかみんな一回戦うと闇属性がきれいさっぱり消えてそれ以上戦えなくなってしまうんだファラ。そこで特大の闇の才能のあるあなた様をお見かけして、こうしてお縋りしているんですファラ!最後の頼みの綱なんですファラ!」

「………」

 途中からへりくだり始めたその不思議生物は、ぺこぺこと頭を下げながら僕にすり寄ってきた。

 僕はそれをペイっと投げて、考える。

 今までの話、僕はとても良く知っているような気がする。

 人々の負の感情をエネルギーにする悪役。

 それをものともせず、健気に戦う魔法少女。

 そして魔法少女に負けては毎回のように浄化される敵。

 最近ではそれがお決まりのパターンになって、良く言えば安定、悪く言えばマンネリ気味だった戦闘の数々。

「…お前、『ファラクト』か?」

「そ、そうファラ!知っていたファラ?」

 魔法少女『ピュアリアル』が、最短の3カ月でヒーローを引退するだろうと言われている原因。弱すぎる悪の組織の首領『ファラクト』が、僕の目の前で嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。







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