きみにきめた!

きみにきめた!

ハピエン脳の人間が書くとこうなるんじゃ


※ホビ鰐ルート

※ドフラミンゴファミリー構成員メルニキ


なんだろう、これ。

片手で掴んだそれを目線の高さまで掲げて、しげしげと観察する。


「……鰐、だねぇ」


鰐だ。そうとしか言いようがない。正確に言えば、二足歩行する鰐のぬいぐるみだ。なにそれ?

ちなみに二足歩行するというのは文字通りの意味である。捕獲する寸前まで、彼(?)は自分の二本の後ろ足で立派に大地を踏みしめ歩いていた。


「は、なせ……ッ!! クソが!」


なんとおまけに喋るのである。そこそこファンシーな見た目とは裏腹に、かなり渋い声をしている。あとものすごい口が悪い。

意思を持ち、喋り、動き回る。それがここ、愛と情熱の国、ドレスローザのおもちゃだ。

初めて見た時は中々に驚いたし、今でも不意に話しかけられてどきりと心臓を跳ねさせることがある。それでもそういうものなんだなぁ、と受け入れるとそれが自然に思えてくるので、慣れと言うのは恐ろしいものだ。

左の前足を掴まれた鰐のぬいぐるみは、水揚げされたばかりの魚のようにびたびたと暴れ回っている。すごい暴れっぷりだ。ドレスローザに滞在してそれなりの日数が経ったが、ここまで元気なおもちゃは初めて見た。

このままだと掴んでいる部分から千切れそうなので、もう一方の手も使って胴のあたりをホールドして固定し、目を合わせる。


「君、私に何か用かな」

「なにもねェよ……! 行き先が被ってただけだ、離せ!」


半月状のボタンの目でぎろりと睨みつけられるが、あまり迫力はない。それにしてもただの縫い付けられたボタンなのに感情がわかるの、すごくない?

この鰐くんを捕まえたのは成り行きだ。今の提携相手から依頼された仕事を終わらせた帰り道。今の職場である仕立て屋へと向かうそう遠くない道のりで、ちらちらと視界の端で見切れる緑色の影があった。もしや先日潰した組織の復讐か? と期待してわざと人気の少ない路地裏を通って街はずれへ足を向けたというのに、現れたのはただのぬいぐるみだった。

正直に言ってとてもがっかりしたが、それがまるで生まれたばかりのひな鳥のように私の後をとことことついてくるから、つい気になって捕まえてしまった。


「離せ、って……言ってんだろ、この……イカレ鋏野郎が!」


米粒のように小さなフェルトの爪のついた短い足を振り回してばたばたと暴れる鰐くんを無視して、じっくり観察する。

先ほども言ったように、二足歩行の鰐のぬいぐるみだ。かわいらしく、丸みを帯びた形にデフォルメされてはいるが、目だけは実際の鰐を連想させる鋭さをしていた。

私くらいの大きさの人間なら片手で簡単に抱きかかえられるどころか、肩や頭に乗せるのも可能だろう。中の綿の具合もちょうどよく、手触りも良好。多少くたびれてはいるが、思わず頬擦りしたくなるようなふわふわの毛並みをしている。

なにより一番の特徴は、私が真っ先に掴んだ部分、左の前足が鉤爪のような金属製のパーツに置き換わっていることだ。そういえば子供向けのおとぎ話にそんな感じの悪役がいたな、と腕の中で暴れる鰐くんを見ながらぼんやりと考えた。読んだのがもう随分と昔のことだから、記憶は定かでないが。

それと、もうひとつ。顔の部分を横断するような大きなものを中心に、体中あちこちにつぎはぎの痕がある。ドレスローザのおもちゃ達に元の持ち主がいたかどうかは知らないが、もし居たのならずいぶんと長い間大切にされてきたのだろう。

……なんとなく、少しだけ、心の端の方がざわめく感覚がした。決して不快ではないその感覚が何なのか探っていると、突然背後から声がした。


「……そこで何をしているんだ、キャメル」

「ドフィ」


振り返ると、特徴的なピンクの毛玉が目に飛び込んできた。

ううん、相変わらず私の趣味では全くないけれど、彼にはよく似合っているし視認性がずば抜けて良い。どこにいるかがわかりやすく、狙いが定めやすくなるから非常に助かっている。

歩み寄ってきたドフィに、抱えていた鰐くんを見せびらかすように掲げた。表情筋が仕事を放棄していると知人に言われがちな私だが、今だけはなかなか柔軟に使えているだろうという自負がある。

……おや? 今、鰐くんの表情が暗く見えたが、気のせいだろうか。


「見てくれ、面白いおもちゃを拾ったよ」

「……言いたいことは色々とあるが、まず街にいるおもちゃは大体仕事中だから触るなと言った気がするんだがな、おれは」

「ここは街の中ではないし、この子は自分で私について歩いてきたよ。そしてなによりそんな決まりは私の知ったことではないね」

「…………あァ、そうだな、お前はそういう奴だな……」


えへんと胸を張って言うと、ドフィは頭痛を堪えるかのように額に手を当てた。なにやらまた心労が増えたらしい。こう見えて意外と抱え込みがちで繊細な男なのだ、ドフィは。だからと言って別に相談に乗ったりはしないが。

ふと、腕の中の鰐くんがやたら静かなことに気が付いた。さっきまであんなに暴れていたのに。視線を落とすと、鰐くんは突然現れたドフィを見たまま黙り込んでいた。いや、違う。睨みつけている。


「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「おや……」


地を這うような低い声には、様々な感情が乗っていた。怒り。屈辱。嫌悪。殺意。それから少しの動揺と焦り。

……動揺? 焦り? なぜ鰐くんがそんな感情をドフィに抱くのだろう。


「フッフッフ……おれに用でもあるのか? 鰐くんよ」

「てめェにもこのバカにもねェよ。とっとと帰ってママとお人形遊びでもしてろ、“お坊ちゃん”?」

「おやおや随分なご挨拶だ……てめェ、“野良”だな?」


フェルトの爪と牙しか持っていないというのに、鰐くんは今にもドフィに飛びかかり喉笛を食いちぎらんとするような気迫があった。ああいや、正確には金属のパーツもあるのだけれど。

対するドフィも、たかがぬいぐるみ相手だというのに、本気で殺し合いを始めそうな雰囲気を全身から発している。なにをそんなに警戒しているのだろう。

どうしたものかなぁ、と二人を眺めながら考える。

このまま放っておけば、まず間違いなく鰐くんはドフィに綿くず以下にまでズタズタにされる。それは避けたい。しかしここでドフィの首を刎ねるのは少し違う気がする。ショートケーキの苺は最後までとっておきたいタイプなのだ、私は。

上手いことこの場を収めるスペシャルなアイデアはないかな、と頭を悩ませる私に、天啓が降ってきた。


「今日の報酬だ」


そうだ、そうしよう。これがいい。

私の唐突な発言に、ドフィも鰐くんもぴたりと動きを止める。


「……なに?」

「今日の仕事の報酬。この子にしよう。この子がいい」


ドフィと契約する上での報酬は既に伝えているが、それとは別に仕事を引き受けた時は必要経費以外の報酬を現物支給で受け取っている。

だいたいはここや他の島で有名なパティスリーのケーキや焼き菓子だが、たまに珍しい布地や砥石をねだることもある。今日はそれがこの鰐のぬいぐるみだった。そういうことにしよう。


「……用意させていた菓子は」

「あげるよ。ファミリーの……あの……武器メイドちゃんとか、ぶどうの子とか、あのあたりの若い子たちはきっと好きだろう。せっかくだし、一緒にお茶でも飲んであげれば?」


きっと喜ぶよ。そう無感動に言いながら、私の視線は手の中の鰐くんに釘付けになっていた。

なんだろう。別に私は鰐が特別好きという訳ではない(どちらかと言えば駱駝の方が好きだ)し、別段これに目を見張るほどの縫製技術が使われている、という訳でもない。

だと言うのに、何故かこの鰐のぬいぐるみから目が離せない。

鰐くんはあんぐりと口を開けたまま、私を見上げて固まっている。驚愕したような、思考が追いついていないような表情に、なんとなく郷愁の気配を感じた。

一方のドフィも、鰐くんに対する殺意は消えているようだった。けれど表情は険しいままで、こちらへ向かって手を差し出した。一歩踏み出しながら、厳しい口調で口を開く。


「……キャメル、悪いがこのおもちゃはダメだ。少なくとも一度預か」


ドフィの声が急に止まる。なにかあったのだろうか。ぱちり、とまばたきをして、目に入った光景で全てを理解した。

私の目の前に立っているドフィ。その首から上の部分がぐらり、と揺れて、地面へ落ちた。そしてちょうど彼の首があったのと同じくらいの高さに、愛用の大鋏が伸びている。

切ったのだ。私が。鰐くんを奪われそうになったから。

……なぜ?

自分でしたことだと言うのに、理由がさっぱりわからない。

若い頃、天竜人を襲った時だって動機ははっきりしていた。例え他人から理解されなくても、自分だけは自分の行動原理を理解していた。なのに、何故だろう。

考え込む私を他所に、首から上を切断された身体がぎくしゃくと動く。切断された首を上手いこと蹴りあげたドフィは、それを切断面にそっと乗せた。

途端に切断面の糸が解けて繋ぎ合わされ、元通り綺麗なドンキホーテ・ドフラミンゴの姿になる。


「……分身だからと言って、そう気軽に首を切られると困るんだが」

「私はこの子がいいんだ。この子以外はファミリー全員の首しか認めないよ」

「キャメル……」


聞き分けのない駄々っ子のように同じ言葉を繰り返す私に、ドフィはほとほと困り果てたような声を出した。

なぜこんなにもこの鰐のぬいぐるみに執着しているのか、自分でもよくわからない。分からないが、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるべきだというのがろくでもない両親から学んだ唯一有用な教えだった気がする。よく覚えていないが。

私がどうあっても引く気がないと理解したのか、ドフィは大きな溜め息を吐いた。短い髪をがしがしと掻き回して、わかったよ、と頷く。


「……お前と争う気はないからな、今回だけ特例だ」

「ありがとう、ドフィ」

「運が良かったな、ワニやろ、う?」


鰐くんに向かって捨て台詞を吐きかけたドフィの動きが止まった。わにやろう、と、音の響きを確かめるかのように口の中で転がしている。


「……気のせいか? そんな呼び方をするようなヤツに心当たりはねェし……いや、だが……」


なにかをぶつぶつと呟きながら、ドフィは踵を返す。とん、と軽く地面を蹴ると、あっという間に彼の姿は目の前から消えた。空の彼方で小さくなったピンク色を見ながら、私は大きく息を吐きだす。

よかったよかった、これで一件落着だ!

腕の中の鰐くんを見下ろすと、なにか信じられないものを見るような目をしていた。なんだろう。それも妙に懐かしいような気がする。


「これからよろしくね、鰐くん」


にこりと笑いかけてみるが、ふいと視線を逸らされてしまった。まだ警戒されているようだが、これからゆっくり仲良くなっていけばいい。

ふと魔が差して、鰐くんの白いお腹に顔を埋めてみた。昔会った人が、こうしてペットの匂いを嗅いでいたことを思い出したのだ。

途端にまたびちびちと活きのいい動きで暴れ回る。そのまま大きく深呼吸をすると、抵抗が大きくなって面白かった。

……なんだろう、埃っぽいというか……雨が降る直前の空気の匂いがした。


「まずは……洗濯かな」


ぽつりと零した言葉を聞いて、反り返った状態で鰐くんが固まる。お風呂は嫌いなのだろうか。いや、きっと好きなはずだ。根拠のない確信だけを胸に、私も街の方へ足を向けた。

明日からの毎日は退屈しなくて済みそうだ!

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