"きまぐれカレーとスノーバード"
「おいしくねぇ!」「まぁ、やっぱりこうなるわよね」
口に運んだ紫色の物体の味に正直と不味い!と断言したルフィ。
そして同じく、予想通りだと口を押さえながら繭をへの字にしながらモネも呟いた。
「なんだよぉー…この苦いのぉー…こんなの食べた事がねぇぞー…」
「ネバネバしてるぅ…こんな料理食べたこと無いぃ…」
食べたくは無いが、貴重な食料だと割り切ろうと涙を流しながらチョッパーとキャロットも味への嘆きを呟きながらスプーンを進めようとする。
「幸いなのは、モネさんが一緒に作って下さった付け合せが美味しかったという事でしょうかね…あぁ、サラダが美味しい…!」
一人先に自分の分のカレーを食べ終えたブルックは、モネが「口に合えばいいのだけれど…」と控えめに出されたチキンサラダをパクパクと摘まんでいた。
その深い黒く窪んだ目には、小さい涙が溜まって輝いていた。
「正に生きていればいい事があるとはこの事だな…」
「このカレーが出された時は正直、この世の最後だと思ったぜ。ガオッ」
まるで急死に一生を得たかのような青ざめた顔をしながら、手に握ってあるコップを大事そうに強く握り締めるペドロとペコムズ。
特に海賊をしていたペコムズに取って、ルフィのカレーへの評価は『拷問』でしかなかった。
「なんだよみんなして!そりゃあ今回は上手くいかなかったかもしれねぇけど、次は成功するかもしれねぇだろ!」
「次なぞあるかぁ!こんなもん毎日出されたら命がいくつあっても足りないわよ!」
こちらもなんとか自分の分を食べ終えたものの、やはり耐え難く食べきることに命がけな料理モドキを口にしたナミは包み隠さず正直な感想をルフィにぶつけた。
みんなの感想に怒るルフィの変わりに、隣に座るモネが申し訳無さそうに溜息を吐く。
「ごめんなさい、ナミ。ルフィを抑えられなかった私が悪いわ」
「…いいのよ、ルフィに任せようとした私のミスだわ」
あの時いつもの癖で食事に5000ベリーを請求しようとしていたナミは珍しく反省をする。
まさか自分のがめつさがこのような悲劇を起そうとはあの時予想すらできなかったとは…思わず頭を抱えた
「『俺が作る!』と張り切っていたものだからてっきり自信があるのだと思っていたのだけれど…」
そしてモネもナミに謝りながらルフィとの料理を思い返していた。
『うーんいつもサンジの奴、どうやって料理していたっけ』
『…とりあえず肉や魚を食べやすいように切ればいいな!』
ダンダンダンダン! ズパン! ズパン!
『待ってルフィ!肉はともかく魚は骨と内臓ごと煮込むものじゃないわ!』
『ん?そうなのか?』
ザザザァァァ……
『カレーのお米は…まぁルーに浸ればいつか柔らかくなんだろう』
『ご飯は水で出来上がるものじゃないわ!? 水で作るのに変わりはしないけど!?』
ドタン、バタン、バン!
『んー…カレーって辛くすりゃいいと思うけど美味しくするにはどうすりゃいいんだ?』
『ゼェ…ハァ…いっ、一般的にはお酒、果実、チョコレートやジャムを隠し味に入れたりして風味やコク…美味しさをださせるわ』
『そうか!兎に角入れると美味しくなるんだなぁ』
ジャムダバァ
『一瓶丸ゴトは隠してると言わないわよ!?』
「彼、本当に考えるよりも実行するタイプの人だったのね」
「多少任せても大量の肉の丸焼きか魚の丸ごと煮ぐらい出てくるものだと思っていたけどまさかそんな事をやっていたとは…」
モネの溜息と疲労の顔からルフィがカレー(?)作りでなにをやらかしていたのか、モネがどうルフィに振り回されていたのか。
ナミは頭の中でその調理現場の様子を鮮明に想像することができて、そしてモネに同情した。
「ていうか、あんたなんで今回に限ってこんな張り切ったものを作ろうと思ったのよ?いつも丸焼きや串焼きぐらいしか食べていないくせに」
「ムッ、なんだよ? 皆に美味しいものを作ろうとしちゃいけないのかよ!」
「美味しいものを作ってから言いなさい!モネが居なかったらあんたあたしたちになにを喰わせるつもりだったの!」
「そりゃあ美味しいカレーだ!」「食べる度にネガティブになる紫のカレーなぞあるかぁ!」
ギャーのワーのの、ルフィとナミの激論が食堂に響き渡る。
2人の様子を見ているモネの横で、ようやくカレーの様なものを平らげたチョッパーが目を潤ませながら喋り出した。
「ルフィの奴、なんでこんなに張り切ったんだろう」
「…?ルフィっていつもこんな感じじゃないの? 今朝の紐無しダイビングみたいな」
「いや違うぞ!? …あっいや、確かにあんな感じで飛び降りたことはあるんだけど」
「あるのね…」とモネはまた一つ麦わらの豆知識を得てチョッパーを見つめる。
チョッパーもエニエス・ロビーでの飛び降りを頭に浮かべて若干ブルーになるが、チョッパーが言いたいのはそんなトラウマの様な思い出ではなくて別の事。
「あいつは興味があるものには全力で首を突っ込むけど、なんかルフィが誰かの変わりに自分から仕事をするとか珍しいなって」
口直しの水を飲もうとコップを両手に挟みながら、チョッパーは波紋も立たない透き通る水面を覗き込む。
「…確かにルフィは直線的に行動するけど、料理をする時の彼は気持ちは常にある方を向けていたわ」
「ある方向?」
モネがチョッパーと、2人の会話を気になって覗き込んでいるキャロットに軽く微笑む。
「彼が本当にサンジの事が大好きだってこと」
『モネわりぃ!ちょっと呼ばれたから言ってくる!』
『ルフィ!料理はどうするの!?』
『終わったら続きやる!』
ニュースクーが革命軍とルフィの父ドラゴンの最新情報を運んで来た際、ルフィは迷わず料理を投げ出す形で切り上げ外へと走り出した
『あっ、そうだモネ!』
『?』
扉を開けて出ていこうとするルフィはモネに振り返りこう伝えた
『サンジの本気の料理は俺よりすんげぇうめぇから!モネも楽しみにしろよ! そんじゃあ!』
「あの時は言っている事の意味が分からなかったけど、今日の食事の話を聞いて思ったの。ルフィの頭の中での料理は、サンジって人で出来上がっているんだなって」
モネはテーブルに両肘を置き、羽を組ませて機用に顎を乗せてルフィを見つめながらいう
羨ましいと言えばいいのか、憧れると言えばいいのか。
ルフィにここまで頼られているサンジという男がどのような自分なのか。
「次はカレーに肉を入れればいいんだろ!?骨付き肉塊肉美味い肉!」「全部あんたの好物じゃないの!」
「ただ単純に何事も全力でやっちゃうだけなのかもしれないけど」
「そっちの方があってると思うぞ」
もしかしたら自分の一方的な勘違いなのではと頭に汗を流すモネではあった。
「…おい」
一味の団欒がこそばゆかったのか、モネとチョッパーの会話が気になったのか
「”わたあめ”」
「その呼び方止めろ!別にその異名で通ってるわけじゃねぇぞ!?」
とりあえず敵である麦わらと親しくなる訳にはいけないのでペコムズは手配書の通り名でチョッパーに声を掛けた。
「麦わらが自慢する、本気の”黒足の料理”ってのはそんなに美味しいのか?」
ペコムズは己の円らな瞳を隠すサングラスを輝かせながら少々語気を強めて確認を尋ねた
「「「「もちろん!!!!!」」」」
「ウオォッ!?」
「キャッ!?」
返事はチョッパーどころかここに居る麦わらの一味全員が一斉に答える
なおモネはみんなの即答の速さと声量の大きさに出遅れペコムズと一緒に驚いてしまう。
「サンジの料理はすんっっっげぇーうめぇんだぞ!」
「こんな料理とサンジくんの料理を比べるだなんて、サンジくんに失礼だわ!」
「サンジさんの料理はいわば『食の芸術(アーチィスト)』!それはもうホッペが落ちるぐらいに…!って私ほっぺ無いんですけど」
「サンジの料理はなー、もう毎日食べてても飽きないぐらい美味ぇーんだぞ!」
「わかったから一斉に近寄るな!暑苦しいだろ! ガオッ!」
仲間の料理を自慢するだけで目を輝かせる、侮辱されたとは思わないが自身の海賊団自慢のコックの腕前をこんな形で疑われる事は不本意であるため怒ったり。
彼の料理は最高だと芸術性とジョークを交えて主張して、純粋な感想をただただ言葉の限り表現して純粋な瞳を向ける。
そんな4人のそれぞれの反応にペコムズは思わず後ずさって待ったをかけてしまうのだった。
「お前達の自慢する”黒足”が凄腕の料理人だとすれば、尚更覚悟を決めた方がいいということだ」
「どういうこと?」
荒げた息を整えながらペコムズは一味に”忠告”した。
ナミもペコムズの意図を尋ねる為に尋ね返す。
「ママは料理…特にスイーツに関しては全くの妥協はしねぇ。ビッグマム海賊団にはママを満足させる料理の精鋭が揃っている」
ペコムズはビッグマムと並ぶ清栄の料理人たちの姿を思い浮かべる。
戦闘員にも劣らない能力なのかペコムズの強張る顔に他の面々にも緊張が走り出す。
「場合によっては、”黒足のサンジ”は料理人としても引き抜かれる可能性があるということだ…」
「ふざけんな! サンジはウチのコックだ! ビッグマムなんかに渡すかぁ!」
「そうよ! サンジ君が居なければ誰がこの船のお腹を満たすのよ!」
「かっ、可能性があるというだけの話だ! あと何回も言うが俺は病人だ!」
結婚だけではなく一方的なスカウトも在り得るとなれば黙っていられない。
気付けば船長兼船一番のサンジの手料理好きのルフィと本当は認めているが素直に言えなくて建前で語ってしまうナミの二人の拳がペコムズに振り落とされていた。
「とにかくだ!”黒足”の料理が本物ならママは絶対に手放したりはしない、欲しいものは何がなんでも奪い取るのが海賊”ビッグマム”だ」
「ぜってぇ奪わせねぇ!サンジは必ず取り戻すからな!」
「本当に好かれているのだな、サンジは」
「えぇ、本当に羨ましいぐらいに」
「サンジの手料理、早く食べたいなー」
モネはパンクハザードで、キャロットとペドロはゾウで。
3人はそれぞれ軽い食事をご馳走になった程度であり、サンジの本気の料理をまだ食べてはいない。
全ての事が終わった後に、彼を交えて料理を食べる光景を想像するだけで笑みを浮かべてしまう。
「ふふふ」
「なに笑ってんのよ」
思わず笑いが漏れてしまうと、ペコムズに詰め寄っていたナミがいつのまにかモネの目の前で近寄っていた
「あんたたちもサンジくんのスイーツを食べたら絶対に虜になるわよー、覚悟しておきなさいっ」
「えぇ、期待しているわ」
いつになく意地悪そうに笑うナミに、いま自分は心の底から楽しいと思っているのだとモネはそう実感するのだった。
「さぁて、それじゃあそろそろ片付けるわよー」
「あっ、そういえばナミ」
食事も話も終わりと切り上げて指示を出そうとするナミに、モネは忘れてたという感じで声を掛けた
「これなんだけど」
「どうしたの? 樽なんて抱えちゃって」
モネがハネで機用に持ち上げたそれは中ぐらいの樽。
突然のモネの行動にナミは思わず首を傾けた。
「これ、今あるこの船の食料全部よ」
「…えっ?」
言われて見れば。
モネが持ち上げているのは乾杯用の樽ジョッキでも、食材やら飲料を詰め込む為の大型樽でもない。
それは調理に用に持ち運んでいる食材入れ用の中型樽である。
それがこの目の前に抱えられた樽一個だけということは…?
「あぁー!?!?!?無いっ!食料が無いっ!?」
気付いた時には手遅れ。
確認しに向かったサニー号の食料庫の中は野菜がいくつか散らばってるだけで中身はすっからかんであった。
「どうした? カレーを作るんならアレぐらい使うだろ?」
「少なくとも10人未満での一食分のカレーを作るのに食料庫の9割以上を使い切ることは無いわね」
「そうなのか? あれでもまだ足りないと思うんだけどなー」
ルフィは暢気に話し、モネも海賊での常識範囲で自分達の調理のおかしさをさらりと指摘した。
そして暢気なルフィに対してナミは電光石火で怒涛の拳骨を繰り出した。
「モネ!あんたなんでルフィを止めなかったのよ!?」
「だっ、だってルフィが無くなったら『釣ればいいんだから気にすんなって』…」
「ルフィの常識が私たちの非常識ってことぐらいはあんたも薄々気付いていたでしょうが!てかなんで気付いていたのに一度も止めなかった!?」
パンクハザードでの自分の行いを責めたときでも、ドレスローザでの航海中のときでも見せなかったナミの怒りの形相にモネは思わずたじろぐ。
だが、ナミの指摘と疑問も当然の事だ。モネのルフィへの回想では確かにツッコミはしているがルフィの料理自体を止めてはいない。
むしろ進んでルフィのフォローに入っていたり手助けしたりと明らかに協力的だった。
「それは…」
「…ルフィが目をキラキラさせて料理を楽しむ姿がとても眩しかったの!」
「溺愛しているかのような感想をいうなぁ!」
只の弟バカを発祥していただけだった。
「コレでも一人の姉よ!妹も海軍に引き取られたとはいえ安心できないのだし!」
「妹代わりに自分の船長を弟のように可愛がるなぁ! あんた元一海賊の秘書だったでしょうが! 船長の暴走を止めないでどーすんのよ!」
「それとコレとは話は別よ! それに海賊の秘書は止めるのが仕事じゃなくて船長をサポートするのが仕事よ!」
「船長と一緒になって船員を食糧危機に陥れる秘書がどこにおるかぁ!」
元王下七武海秘書兼元シーザークラウン直属の秘書。
そして現麦わらの海賊団”秘書”ハーピーのモネ。
妹と別れたばかりで実はちょっとだけ家族が恋しいお年頃であった。
「モネとナミって、こんなに仲が良かったっけ?」
「なんだかロビンさんとも違って、2人は2人で仲が良さそうで安心ですね」
空っぽの倉庫を前に繰り広げられる船の金庫番と秘書の壮絶な口論(?)。
明日からの食料ももう尽きるというのに2人の口喧嘩の前では絶望する気力も無くすのであった。
この数日後、ルフィのお手製気紛れカレーという地獄とモネがなんとか確保した残した食料も早々尽きることになる。
そしてここから更に数日間、嵐に連日に襲われる事となりモネは己の判断を少し後悔する事となったのであった
「…でも、面白かったからまた今度やってみたいかも」
「少しは反省しなさいっ」パチンッ!「ヒンッ!」「あぁ~~~…モネの体涼しい~~~…」
なお、モネの処罰は『熱い海を抜けるまで雪枕の刑』という事となった。
終わり