きつねの窓
名無しさん、
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狐の窓。というものがある。ある手順に従い手を組むことで生まれる「窓」をそう呼ぶ。「窓」を覗き込むことで普段は見えない真実を見ることができると言われている。
両方の手で狐を作り、交差させる。そして指を開く。最後に、できた「窓」を覗く。
「窓」越しに、本を読んでいるローを覗く。
見えるのは。泣いている子ども。本を抱えて。
知っている。あの子はローだ。初めて出会った時、あの形の帽子を被っていた。ローはなにかを堪える時に鍔を下げる。その癖を知っていた。
ローはいつしか帽子を被るのをやめた。いつだったかはもう覚えていない。今ならそれが一つのけじめだとわかる。
ローは壁だけが育ってしまった。それでも、着いていこう。俺がそう決めたのだから。
ジョーラ様から教えてもらったおまじない。
人の「ほんとう」の姿を見る。おまじないだ。
両方の手で狐を作り、交差させる。そして指を開く。最後に、できた「窓」を覗く。
覗いていることに気付いた若様が「窓」を塞ごうとした。
でも。見えた。
少し俯いて。泣いて、いるように見えた。私と同じくらいの帽子を被った少年。
あれは若様だ。若様の部屋にあんな帽子がかかっているのを見たことがある。
若様は。それでも進み続けるのだろうか。きっと、進み続けるのだろう。どれだけ傷付いても。それを隠して。
なら。私は従おう。なにがあっても。私は若様の味方に。
センゴクさんから教えてもらった。人の本質を見るおまじない。
両方の手で狐を作り、交差させる。
けしやうのものか。ましやうのものか。
指を開く。
正体をあらはせ。
できた「窓」を覗く。
見えた。
兄様はこちらを向いていないのに。「兄様ではないナニカ」はこちらを向いていた。ハートは擦りきれて血を流しているのに、口元は笑みを象る。
理解できない。
解るようにと覗こうとすると「窓」が塞がれた。
「あまり見るな」
低い声が鼓膜を震わせる。
顔が、見えない。
「憑かれるぞ」
焦燥。混乱。悲哀。拒絶。諦念。いくつもの感情がごちゃ混ぜで纏まらない思考の中、唯一ハッキリしているもの。
それはバケモノになってしまった兄を止めなければ。というシンプルなものだった。
『バケモノよ!!』
その声が届いた時に、肌を白く染めた少年だったものは口を開く。
「たすけて」
その小さな声は。バケモノと呼ぶ声によって掻き消された。
鏡の前に立つ。
両方の手で狐を作り、交差させる。
けしやうのものか。ましやうのものか。
指を開く。
正体をあらはせ。
できた「窓」を覗く。
鏡越しに見えたのは。
感染者2名駆除ホワイトモンスター感染る早くしねバケモノなぜ生きてる早く殺せ不治の病早く駆除世界政府消えろ悪魔殺せ金持ちが何故殺さない買うさ通報すれば金に近寄るな早く駆除を貴方は人間じゃない人間屋に売るか消えろバケモノ
幾重にも重なる声。その中でもハッキリした声。
『バケモノ』
若い女性の声。その声の主を彼はよく知っている。
彼の口は笑みを象る。だが、鏡に笑みは映らない。
それでいい。
彼が口の中で呟いた。
鏡にはなにも映らない。