__からの教え
はく、と口から煙を出した。これ一度で全て出たと思っていたら、まだ口の端から漏れ出ていて、それに気づいたのは幾分か後の事だった
自ら吐いた煙で視界が悪くなる中、煙たい匂いを肺に入れ、不明瞭な昔を思い出す
「駄目だよ!煙草を吸っちゃ…」
「えー、良いだろう別に…僕は君の神様を信じてる訳じゃないんだよ。それにこれは煙草じゃなくて煙管」
「ーっ!」
「い、痛いって!あーはいはい君の前でもう吸わないから!」
「それもう五回目だよ!」
理由の解らないルールに従う理由は無い、それを理解して君も自分が見てない時は何をしても触れないでくれた。
我慢を出来ずに吸った時は小突かれ、熱くなりすぎると隣の部屋から壁を叩かれ…酷い生活だったけど、でも楽しかった。
君が仄かに漂う煙い香りを嗅いで、それに知らない振りする。この時間がたまらなく楽しかった。
ある日の夜は君のバイトが早く終わった珍しい時間だった。ついつい君の前で吸おうとして何とか止まった時、ふと気になって聞いた。
「君が言う神様の教えの中でさ、一番重要なのは何なの?」
「…急に何」
「そんな目で見ないで…いや、いつも君は煙を吸うなと言うけど、他にもあるのかなと思って」
「…それで話が逸れると思わないでね。次やったらその煙管を没収するから」
「……はい…」
「なら良し。いつも言ってる「煙草を吸うな」は日常的な教え、他には「朝起きたら必ず祈る」や「日が沈む夕方は殺生をしてはいけない」があるの」
「それも日常的な物?」
「そうだよ。それで教えの中で最上位、最も破ってはいけない教えは……
「「自らを殺してはいけない」、だったかな…本当に面倒だ」
一つの風が吹き、吐いた煙を何処かへと連れて行ってしまった。思い出した風景が煙と共に掻き消える
今になっても、あの時間を思い出して胸が重くなる。もう三十年以上も経っているのに未だに引きずっている自分に嫌気が刺した
ずっとずっとこの教えを律儀に守っている…つもりだ
自殺は勿論していない、誰かに襲われても最後まで抵抗した、危険な場所へ行ってもそれは無茶をしたの範疇だ。時折相手を挑発したが、足りなかったのかそのまま時間が過ぎた
もう本当に疲れてしまう
死にたくはない、でも生きたくもない、ただ漠然とした消えてしまいたいがこびりついて離れない
変わらない物は無いと先日知った
全部はいつか消えると思い知らされた
きっと先にいなくなるのは僕だけど、それでも先が怖くなった
……本当に最悪だ
神は僕が嫌いに違いない
「……っは、馬鹿馬鹿しい」
暗くなる思考を嗤い飛ばす。考えた所で何になる?悲劇の主人公のつもりだろうか、反吐が出る
葉ももう無い。煙管を懐へとしまい、もう自分の家にもなってしまった友人の家に向かう。月明かりが乏しい暗い道は僕の顔を隠してくれた。暗い硝子にだって自分の顔は映らない
神様から緋葉へ、緋葉から僕へと流された教えの命綱は、今も首に巻き付けられている