かねて血を恐れたまえ

かねて血を恐れたまえ


こちら聖都ヤーナム。本日の天気は曇り時々、大雪。

「うふふ…!さて…何か申し開きはあるかしら…?」

教会の空き部屋に集められたおれたちは、雪が吹き荒ぶ中で揃って床の上に正座をさせられていた。

「…ゴホッ!モネ、これは血の探求の新たな段階で…」

「そんなことは聞いていないのよ」

取り付く島もない。

バッファローとベビー5の氷のような視線がこちらに突き刺さる。お前らだって賛同しただろうが。

いつもきゃーきゃーうるさいデリンジャーはこの状況でもやけに堂々としているヴェルゴの隣で置物と化し、おれはというと、既に口を開くのが精一杯の状態だった。

「あなたたち…こともあろうに教会の長の血を持ち出して…」

吹雪がいっそう強くなる。

「その血の拝領は教会の"禁忌"!!本来許されるべきではないことなのよ!!!!」

牙を剥き出し、雪女もかくやといった形相でモネが叫んだ。

「特にロー!!血からの解放ができるのはあなただけ…それを…!」

防寒服を着込んだシュガーは悔し気に肩を震わす彼女に寄り添い、非難を込めた表情でこちらを見つめている。

当然の反応だった。おれは奇跡の医療者という立場を利用し、わざわざ教会でも手を出しにくい"海兵"を被験者に選んでことを起こしたのだから。

モネの言い分は、全て正しい。

この新医療教会に所属する、"血の管理者"としては。


その探求は、随分前からおれの頭の中にあるものだった。

ヤーナム近隣の探索が終わり、かき集めた資料を読み進めるごとに、医学の果ての、悍ましい奇跡のような真実が浮かび上がる。

瞳がなければ、宇宙は見えない。

ドフラミンゴがメモを片手に、いつも一人で夜の散策に出ていた訳をおれは知った。

この目が同じ景色を映すことがないのなら、為すべきことはひとつ。

「ヴェルゴ中将、あんたでもドフラミンゴの狩りを手伝えるとしたら、どうする?」

研究用にストックしていたその血を持ち出すのは簡単なことだった。

管理者はモネが務めているが、おれの権限があれば適当な理由で在庫を動かすことができる。

天竜人への、魚人の血の投与は成功した。

ならばその反対は?能力者に与えたら?ただの人間にはどんな症状が出る?

血族に関する医学資料は無いに等しい。ならばその探求そのものを、今から始めればいいだけだ。

声をかけたのはヴェルゴ、バッファロー、ベビー5、デリンジャーの4人。

いずれも健康な非能力者、能力者、半魚人だ。被検体としては申し分ない。

魚人の血を引くデリンジャーから治験を始め、次にバッファロー、ベビー5、最後にヴェルゴと範囲を広げた。経過も順調。多少血の気は増したようだが、元々が海軍のはみ出し者たちだ。周囲の誰も違和感すら感じていなかった。

そうして秘密裏に結成されたパトロール部隊が低級の怪異を狩るようになってほどなく、主な狩場となっていた禁域の森に、待ち伏せていた男が一人。

「フッフッフッ……どうりで妙に遺志の集まりがいいワケだ…」

新たな血族の王、教会の長たるその人が、覇気をまき散らしながら立っていた。


未だ開発の手が及んでいなかった禁域の森は、数時間のうちに「整地」された。

火消しに奔走した一人であるモネによると、王下七武海と海軍本部中将率いる小隊の戦闘行為は、すっ飛んできたテゾーロの力も借りてそう処理されたらしい。

教会の医療者に許可は取った。我々海兵には市民を守る義務がある。

七武海とはいえ海賊一人と、配下である狩人だけに街の防衛を任せてはおけない。

開き直ったようなことを言う元相棒に頭を抱えながら、最終的にドフラミンゴの方が折れた。

おれがその気になれば、血を抜くことなどいつでもできる。

デメリットがあるとすれば、それはドフラミンゴ本人の感情くらいのものだ。

そうしてなんとか説得も成功し、ボロボロだがどこか晴れやかなヴェルゴたちと共に森から戻ったところで、仁王立ちのモネに捕まったのだった。



「ロー、あなた……何を考えているの…?」

長く続いた説教と嘆きの言葉から解放され、ふらふらと自室へ向かうおれの背中に、不安げな声がかけられた。

「…全ての血の、病の根絶を」

モネはおれの答えに目を伏せ、緩慢に踵を返す。

「…そう。でも、警句は忘れないで」

「ああ」

忘れるものか。

血が恐ろしいものでないのなら、何故おれは未だに恩人の一人や二人すら治せない。

それでも奇跡を起こすために、託された意志を継ぐことのなにが悪いというのだ。

それが狩人の有り様なら、今のおれはきっと、あの長い夜のコラさんに似ている。

おれが死ぬまでにやる事全てが、コラさんの功績だ。

ならば優しいあの人の罪も全て、おれのものであって然るべきだ。

仮眠を取ったら、誰も知らない出入口のない部屋で、また探求を続けよう。

おれの留守を任せてある、あの小さなオルゴールの音色は、実験体の獣たちの耳にも届くものだろうか。

血を満たす奇妙な多幸感に身を任せ、おれはゆったりと瞳を閉じた。




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