かきくらす心の闇にまどひにき
※逃げ若の二次創作で、伊勢物語や仮名手本忠臣蔵にかなり影響を受けています。
※師→直←尊 です。Rはほぼありません。
※女性キャラは出てきませんが、結婚や女性関係についての言及はあります。
※前半は子供時代で幼名は尊氏→又太郎、直義→高国としています。尊氏直義は10歳前後、モロちゃんは10代後半くらいの設定です。
竹取物語、伊勢物語、源氏物語、数々の勅撰和歌集…又太郎と高国の母・清子が息子達に与えた、古から伝わる物語や和歌集だ。
公家が好む惰弱でくだらぬ作り話と鼻で笑いたくなるが、公家の必須教養であり、武門の家柄といえど今後必要になるからと他ならぬ清子が仰せなので、師直は又太郎と高国に毎晩読み聞かせをしていた。
今宵も兄弟の寝所にひとつ蝋燭を灯し、隣り合って横になっている又太郎と高国に夜具をかける。
そろそろ元服も近いのに又太郎の強い希望でいまだに寝所が一緒だが、庶子の男兄弟だし問題なかろうと両親が許しているので師直が口を挟むことはない。
「昔、男初冠して…」
師直は艶のある声で、著名な歌物語である伊勢物語を読み始める。
退屈そうに欠伸をしてすぐ寝入ってしまった又太郎と異なり、高国は勉学の一環としてたとえ恋物語であっても一語たりとも聞き逃すまいと熱心に師直の声に聞き入り、時折疑問点や解釈について質問を投げかける。
「なぜ武蔵鐙と書いてあるだけで、相手の女人は男の浮気を悟ったのだ?鎧とは馬具のことだろう?」
「鎧は両足で使いますから、二股ということでしょう。」
「なるほど…」
早く寝ろと心の中で念じつつも、睡魔に負けつつある高国にずりおちた寝具を掛け直してやるこの時間が師直は嫌いではなかった。
「今日はここまでといたしましょう。お休みなさいませ。」
「……ああ、おやすみ…師直…。明日は供をよろしく頼む…」
「はっ。」
しばらくすると兄弟二人分の寝息が聞こえてくる。明日は、数日前から高国に一緒に出掛けてほしいと言われていた日だ。
幼い主人達より先に起きて食事の支度をし、高国の供をして…と明日の予定を確認しながら、師直は彼らを起こさないようにそっと寝所を抜け出るのだった。
翌日、師直と高国は屋敷からやや離れた場所にある野原に来ていた。
「あの山がこの位置で…。そして最後に師直の部屋の床下に…。」
又太郎に宝探しの謎解きのお題を出すため、その下見に来たのだが、高国は準備に夢中で気付けばもう暗くなってきている。
師直はそばでずっと護衛を務めていたが、まだ屋敷での仕事が残っており、痺れを切らして帰りを促した。
「もう帰りましょう、高国様。夕餉の仕上げをしなくてはなりません。」
「わかった。遅くまで付き合わせて悪かったな、師直。」
宝探しの地図から顔を上げた高国は聞き分け良く師直の側に寄ってくる。あとは屋敷に帰るだけだ。
出かける前に夕餉の仕込みを終わらせているが、子供の歩く速さに合わせていては夕餉の時刻に間に合わないだろう。
「…高国様、失礼します。」
師直の判断は早く、有無を言わさず高国を背中に背負う。
「えっ、ああ…重くないか?」
「むしろもっと肉付きがよくてもよろしいかと。」
高国は突然のおんぶに面食らったが、師直の鍛え上げた頑強な身体には元服前の細身の子供の体重などびくともしない。
職務に忠実な師直が少しでも早く屋敷に戻りたがっていることを察し、また謎解きの準備で歩き回って疲れていたこともあり、高国はおとなしく背負われたまま帰ることにした。
師直の広い背中に背負われ、家路を急ぐ。夕日も落ち、気温も下がってきたが師直の体温で寒さは感じなかった。
高国はいつもより高い視線が新鮮で、暗い野原を見渡す。
宵闇のなか草の上に置く露が、野原一面に白玉のように輝いている。
ふと、自身を背負う男が昨夜読み聞かせてくれた物語を思い出し、高国は戯れに問いかける。
「師直、あれはなんだ?」
「…ただの露ですな。」
伊勢物語の男は盗み出した姫の問いかけに答えず逃避行を続け、結局姫を失ってしまった。
それを踏まえた高国の問いかけに、師直は白露を一瞥しただけで歩みを止めることなく答えた。
「ふっ、きちんと答えてくれるとはさすがは師直だな。」
「…そのような戯れを仰っていると、鬼に喰われてしまいますぞ。」
「私は男子だぞ、みすみす食べられるなど…まずは戦う。それに師直だって、露と消えたいと嘆くだけの男ではなく応戦するだろう?」
「高国様が鬼に襲われている間に、ひとり逃げるかもしれぬとはお考えではないのですか?」
「師直のことだ、父上や高義兄上に報告し師泰たちを援軍に送ってくれる算段だろう。私とて武門の子だ、それまで持ちこたえてみせる。」
「…きっと又太郎様も共に行くと仰せになるでしょうな。」
「兄上はいつも私のことを案じてくださっているからな。」
師直は又太郎と高国が幼少の頃から仕えており、自身の弟達も含めてともに成長してきた。
いつも鷹揚に構え大将の器のある又太郎に比べると、高国は小賢しく才気走ったように感じるが、同時に高国の聡明さや矜恃、彼から向けられる信頼や親愛に悪い気はしなかった。
また高国のほうも、主人の意図を即座に汲み取る賢さや、鍛え上げられた逞しい恵体や武術の腕前を誇る師直を、足利家を支える素晴らしい郎党として頼もしく思うのだった。
「これからも兄上や足利の家のために、よろしく頼む。」
「仰られずとも、当然のことです。」
高国は師直の首に回した腕に少し力を入れ、師直の背と自身の身体をより密着させる。疲れているのか、いつもきっちりと隙がない高国には珍しく、師直の肩に頭を預けて寝息を立てているようだった。
「……すぅ…」
(寝てしまわれたか)
密着した高国の身体から、清廉な蓮の花のような爽やかな薫物と子供らしい汗の匂いが混じった香りがほのかに漂い、師直の鼻腔を擽る。
師直は今は背負っていて見えぬ高国の姿を脳裏に思い浮かべる。きりっと釣り上がった大きな瞳に、すっと通った鼻筋、形の良い薄い唇。美童と呼ぶに相応しく、これから成熟していくとどんな美丈夫に育つだろう。
「……うーん……あにうぇ…もろなぉ…」
(無警戒なことだ。俺がこのまま攫って閉じ込めてしまうかもしれぬと思わんのか)
師直は夢想する。高国を師直だけが入れる屋敷に住まわせ、師直の理想通りに教え育て、師直好みに着飾らせ、師直だけを悦ばせるように仕込んで…。
「……ふん、まだ乳臭い童だ…。」
まだ幼い主君の弟に何を考えているのか。我に返った師直は、愚にもつかぬ甘美な妄想を振り切ると屋敷への帰り道を急いだのだった。
「おおっ、高国!師直!遅かったな、心配したぞ!」
「兄上、ただいま戻りました。」
屋敷に帰り着くと門の近くで又太郎が待ちわびていた。
高国も家が近くなるやいなや、起きだして師直の背中から降りると、さも自分も歩いて帰ってきたように門をくぐる。
「高国〜!師直と何をしていたのだ〜?我は秘密にされてとっても寂しいぞ!」
「兄上、それは内緒ですと前から申し上げています。もう少しでお伝えできるので、楽しみにしていてください。」
「むー。我にとって高国と共にいることほど楽しいことは無いのに。」
又太郎は高国にひしと抱きつき、頬擦りをする。それを当然のように受け入れ、されるがままの高国。
彼らはたった二人だけの同母兄弟だからか、非常に仲が良い。又太郎は弟のことを一心同体と言って憚らないし、高国も兄に全幅の信頼を寄せており兄のためなら自分の命すら厭わないだろう。
「では夕餉の支度をしてまいります。」
「ご苦労であったな、師直。」
台所に向かおうとする師直に又太郎が笑顔で労いの言葉をかける。
「はっ、高国様をお守りするのも執事の務めです。」
「ああ、世話をかける。だが…我に隠し事はいけないぞ?」
その時の又太郎の瞳は魑魅魍魎を宿した複眼がぎょろぎょろと、まるで師直の心の奥底に宿った情念を見定めるかのように凝視していた。
「……はっ。」
「うむ!では、高国と遊んで待っているな!」
内心では言葉にできない威圧感や畏怖を感じつつ、顔色を全く変えることなくなんとか返事を絞り出す。
師直の錯覚だったのか、今一度見たときにはいつもの人懐こい愛嬌溢れる垂れ目がちの瞳であった。
「高国、我の身長はまた少し伸びたぞ!」
「私も伸びておりますよ!」
又太郎と高国は、屋敷の敷地内にある筒井筒の傍で背比べをはじめたようだ。きゃっきゃと楽しそうな笑い声が響く。
師直は台所に歩みを進めながら、白玉のような露が輝く野原での高国とのやり取りにひとり思いを馳せる。
(盗んだ女は鬼に喰われてしまったというが、鬼の正体は…兄、だったか。)
物語では鬼に喰われたとされる姫の真相は、単に姫の兄に連れ戻されたということだが。
今は屈託のない笑顔を向けてくる美童も、いずれ清廉で怜悧な美男子に成長するだろう。
その時には、鬼(兄)に喰われてしまうのだろうか。
その前に、鬼(兄)の目を掻い潜り、盗み出して閉じ込めて、自分が喰らってしまおうか。
(いつか必ず…この俺の腕の中に。)
高国を手に入れてみせる、そのためには主人である又太郎も認めざるをえない権力を握らねばならないと、師直はやはり顔色ひとつ変えることなく決意したのだった。
野原で白玉を共に見た夜から、幾年が経過したことだろう。
かつて師直が予想した通り、高国は元服して直義と名乗り、涼やかで清廉な美青年へと成長した。
生来の真面目さには磨きがかかり、元服してからはかつて師直に向けてきた親愛もほとんど見せなくなった。仏像のように取り澄ました姿に多くの人間が惹きつけられていることを師直は苦々しく思うものの、主人の弟と執事という関係性は変わらず、表面上は何事もなく付き合いが続いている。
北条討伐を終えた後、直義は渋川家の姫を娶った。渋川義季を発奮させるために、彼の姉を唯一の妻として生涯愛すると誓ったという。
とても仲睦まじい様子だと聞き及んでいるが、今後も側室や妾にと数多の縁談が持ち込まれるだろうに、妻以外に愛を向ける相手はいないと取り付く島もなく拒絶するのは師直には全く理解できなかった。
そんな折、京で滞在する屋敷でいつものごとく師直が仕事をこなしているときのことだった。
「そんな…私は…」
直義の執務室から、部屋の主人の戸惑ったような声が漏れ聞こえてくる。
気づかれぬようそっと部屋の中を確認すると、直義は師直に背を向ける形で、ひとり何やら思い詰めた様子で書状に目を落としていた。
そろそろ直義が鎌倉に赴任するのでその関係かと思ったが、仕事関連の書状にしては若草色の上質な紙が使われており、焚き染められた爽やかな香がほのかに薫ってくる。
(ほう、どこぞの女からの恋文か?)
直義に秋波を送る女は多いが、渋川に立てた誓いのため全て断っていると聞いていた。が、やはり影では恋文を受け取っているのではないかとせせら笑う。
(どこの女とやり取りしておられるのか…知れば何かしらの役に立つかもしれん。)
恋文に気を取られ、師直がすぐ近くにいることに直義が気付いていないのをいいことに、師直は恋文の内容をそっと盗み見る。
しかし、すぐに思い知ることになった。
(あの字は…殿の手跡ではないか…!)
直義が震える手で読む恋文には、よく見慣れた特徴的な文字が綴られていた。残念ながら書いてある内容は把握できなかったが、尊氏は文字の癖が強いのですぐに送り主であると解った。
兄からの文なら恋文ではないのではという考えは、即座に違うと判断する。同じ京に住んでいるのだから用事があればすぐに呼び出せるし、尊氏がわざわざ直義の性質を表すような紙色や香を選んでいるのは特別な想いを伝えたいからだろう。
(いつの間に…殿のお相手は漏らさず把握していると思っていたが…。)
あの白露の煌めく夜、必ず手に入れると心に決めた相手がすでに鬼(兄)に喰われていたことに愕然とするも、だが師直の心の奥底に長年積もり積もった情念は消えることなく、むしろ仄暗い火が灯る。
(殿の寵愛する弟君が、俺無くしては生きられぬとなれば…。)
尊氏から愛される身でありながら師直の下で乱れる直義の艶姿を想像するだけで、背筋にこの上ない快感と恍惚が走るのだった。
「おや、直義様。新婚の奥方がおられるのに他所からの恋文とは、隅におけないことです。」
「も、師直、これは…!」
直義の弱みを握れないか、揺さぶりをかけて動揺を誘い、隙あらば言い寄ってやろうと師直はさも今来たばかりのように振る舞う。直義は慌てて文を懐に隠す。
「な、なんのことだ、恋文などと…。」
「情人の一人や二人、当然のことなのですから隠さずともよろしいのに。それとも、お相手は人に知られては困るようなお方ですか?」
「違うと言っているだろう!」
聡い師直のことだ、文の送り主はおおかた尊氏だと察しているのだろう。
それなのに弱った子猫をいたぶるように、ニヤニヤとわざとらしく無粋な詮索をしてくる師直に直義は怒りを露わにし、キッと睨みつけ眉尻を上げるが、師直にとっては子猫が精一杯威嚇しているようにしか見えなかった。
「少々、紙と筆をお借りします。」
「えっ…ああ、構わないが…。」
詮索してきたかと思えば、突然直義の文机に置かれていた紙を一枚取り筆でさらさらと何かを書くという師直の脈絡のない行動に、直義は面食らいながらも律儀に書き終えるのを待っていた。
「これをどうぞ。」
「…?」
師直はわざわざ結び文、すなわち恋文を意味する結び方にして直義に恭しく差し出す。訝し気に受け取り、文を開き視線を落とす。
「なっ、なんだこれは!」
文にはただ一言『武蔵鐙』とだけ書いてあった。武蔵鐙は二股を意味することを、幼い頃に他ならぬ師直から教えられた。
一見すると伊勢物語を踏まえた知的な文だが、つまりは師直から自分も情人にどうだと揶揄われているのだ。
「ククッ、色良いお返事はいただけぬのですか?」
「……近いぞ!耳元で囁くのはやめよ!」
師直は直義の耳に唇が触れそうなほど距離を詰め、若い頃よりさらに色気を増した艶のある声で直義の反応を催促する。
情欲を滲ませた声音に直義はぞくりと震えるが、このままでは師直の思う壺だ、流れに飲まれてはならないと自身を奮い立たせる。
「……さらぬだに重きが上の小夜衣わがつまならぬつまな重ねそ。…私は妻以外を愛するつもりはない。」
不邪淫戒を説く歌を師直への返歌とし、直義は師直から距離を取り相対する。
「お前が垂れ流している浮き名に、私の名を連ねるつもりもない。…下がれ。」
もともと女には不自由していない師直だが、京に来てから女遊びは日に日に派手になっている。だが、そんなものの数に入らぬ遊び相手になる等、冗談でもごめんだった。
「ふむ…これは失礼しました。ですが…」
直義は思い違いをしている。
師直は、たとえどんな女と寝ようが満たされない。昔から変わらず、本当に欲しいのは直義だけだ。
直義の賢さも教養深さも、勤勉実直で信頼のおける性格も、誰もが聞き入る清麗な声も、端正な容姿も、すべて昔から変わらず好ましく思っている。
やろうと思えば、力や体格の差があるので正論を吐いて糾弾する唇を無理やり閉じさせ、身体のあらゆる場所を蹂躙し、男としての矜持を圧し折ることだってできる。
だが、それでは意味がないのだ。力ずくで犯したところで、それでは師直の求める直義の全てが手に入るわけではないのだから。
「いずれ貴方自ら、俺を求めるようになるでしょう。」
直義が唇を震わせながら、師直の情けを懇願する時。その時こそ、きっちり締めた帯を焦らしながら解き、襟元を乱して、服の下に隠された日焼けを知らぬ白肌を暴いて、今まで抱いてきたどの女よりも優しく抱いて、直義のことを愛していると告げてやろうと師直は思うのだった。
師直が不敵に笑いながら去っていった後、周りに誰もいないことを確認すると、直義はもう一度懐にしまっていた若草色の恋文を恐る恐る広げる。
「兄上はなぜ、このような歌を…。」
師直に指摘されたとおり、それは兄・尊氏からの文だった。
『うら若み寝よげに見ゆる若草をひとの結ばんことをしぞ思ふ
――若々しく、共寝したら心地よいだろう若草のような直義が、他人がものとなることが惜しいのだ』
文にはただそれだけ書いてあった。伊勢物語にある兄が妹への恋情を仄めかした歌だ。
尊氏は直義へ、共寝をしたい、結婚してしまって辛いと明け透けに恋情を訴えているのだ。
師直は勘違いしたようだが、直義は今日この歌を送られてはじめて、尊氏が弟である自分に恋心を抱いていることを知った。誓って肉体関係など一度も無く、兄とは兄弟として分を弁えた付き合いをしている。
ただ、直義が渋川家との婚姻の許しを申し入れた時から…いや、北条征伐の直後くらいから、尊氏からもの欲しそうな目で見られるようになったのは感じていた。
だが、尊氏には正室も側室もいるし、見目麗しい寵童も数多仕えており、まさか実の弟である自分が恋慕されていたなど、予想できるわけがなかった。
(私はいつか、師直に数ならぬ情人としてこの身を差し出すのだろうか…。それとも、兄上と兄弟の倫に外れた禁忌を犯してしまうのだろうか…。)
くだらぬ妄想だと振り払うが、師直と尊氏が自分に情欲を抱いていることを知ってしまった今、直義の幼き日の愛しい思い出がとめどなく呼び起こされてしまう。
露が白玉のように輝く夜、背負い守ってくれた師直。
筒井筒の傍で背比べした、血を分けた兄である尊氏。
二人とも大好きだった。
だが、直義が抱いた淡く柔らかな想いの蕾は、恋心として花開く前に他ならぬ直義自身が摘み取ってしまった。
直義より先に大人になった二人のそばには、いつしか彼らに似合いの美しく嫋やかな女人が侍るようになったから。足利家や高家の繁栄のためには当然のこと、子を産めぬ男から想われても迷惑だろうと、彼らへの想いを断ち切り、自身も足利家のために婚姻に踏み切ったのだ。
それなのにどうして、師直も尊氏も、今更になって直義の心を揺さぶるようなことをしてくるのか。
もし直義が結婚する前に、直義のことを心から愛していると言ってくれていたのなら…たとえそれが仮初のものであっても、きっと唯一の愛を返したのに。
何もかもがもうすでに遅いが、遠からぬ将来、愛憎と欲の入り乱れた大きな擾乱が起きるだろうと、直義の明晰な頭脳は予測してしまうのだった。