かえりたいばしょ
西の海の花ノ国で信じられる伝承に極楽浄土なるものがあるという。
曰く。四季は咲き誇り、金銀宝石が散りばめられ、熱くも寒くもなく、楽のみがあるという――所謂『天上の国』の概念だ。空島を指すのではなく、死した魂が向かう場所。
おおよそロシナンテの故郷の光景だ。アレはそういう場所だった。天竜人の目を楽しませるためだけに春夏秋冬の島々から花を切り取り運ばせるような、今となっては目眩がするような行いが日常的に繰り広げられていた。
ロシナンテは内心で息を吐く。現実逃避はいらぬ記憶まで引っ張り出した。浸っていたい過去ではなく、故に、いい加減に目の前の現実と向き合わねばならない。
「――緊張でもしてるのか?」
フッフッフッ、と特徴的な笑い声。
ロシナンテの実兄で現在の上司で――潜入先の海賊団船長は豪奢な椅子に腰掛け手には酒の注がれたグラスがある。隣に座らされたロシナンテの椅子も同じく豪奢。というか部屋全体が高品質の家具で纏められている。
娼館といっても冠に高級の二文字が躍るような店では、上客をもてなす空間を用意しているらしい。
ぺこぺこと頭を下げてくる、店の主人らしい男にドフラミンゴは言う。
「おれの弟はシャイだからなァ。イイ女を選んでやりたい」
余計なお世話だ。
心底思う。
「兄弟水入らずだ」と評して部下の一人も伴わずに連れ出されたから覚悟していたというのに、蓋を開けてみれば女遊びの誘いだった。やはり兄が何を考えているのか分からない。
「……」
店主と会話しながら、ドフラミンゴはロシナンテに着せる服を選ぶかのように女性の品定めをしている。どうにも居心地が悪い。
兄の中の自分が何歳で止まっているかは知らないが、ロシナンテにも経験ぐらいある。諜報活動に必要なスキルの一つだ。
「おっと。お前の意見も聞かねェとな」
ドフラミンゴが言う。ロシナンテはペンを握って――しばし考える。
とりたてて女性に対して性的欲求を覚えることのない人生だった。
たった一人を除いて。
「なんでも良いぞ。思いつくまま書いてみろ」
いっそ優しくすら聞こえる言葉。ロシナンテは観念して、ペンを動かした。
『くろかみ』
「おう」
『ほそみ』
「へぇ。胸とか尻はどうだ」
『とくには』
「ふむ。なら、瞳の色なんかは?」
『きんいろ、いや、なんでも』
「……性格は?」
『きがつよい、』
そこまで綴って、ふと、ドフラミンゴが重苦しい気配を纏っていることに気が付いた。
「そう……か……」
なにが『そう』なのだ。女の趣味が被りでもしたのだろうか。
首を傾げるロシナンテの前で、ドフラミンゴに何か言い付けられた店主の男が部屋の外へと去って行く。
「この店で一番人気のある女を呼んだ」
ロシナンテの意見を尋ねた意味が消失している。
「フッフッフッ……」
ドフラミンゴは低く笑って酒を煽った。
とにもかくにも、ロシナンテは女性を抱かねばならないらしい。
仕事と割り切ればそれまでだが、しかし。
(かえりたい)
何処に帰れるわけでもないけれど、思う。
後々サラダローの傍が帰る場所になるコラさん