お騒がせなあの2人②
海賊達はまだ喚いている。
いっそウタウタでやってしまおうか……と考えていたらにわかに艦が騒がしくなる。
ウタは失念していた。自分より範囲が狭いだけで見聞色を使える者がもう1人居る事を。それこそ、この位の距離に弱ってる人がいて放っておく様な幼なじみではないと。
後ろを振り向けばそこにはルフィが。
「ウタ!!何かすげェ弱ってるヤツいねェか!?」
「…うん、ルフィ。そうなんだけどね?」
ここで間違えてはダメだ。騒ぎが起きかねない。返答を考えていると、副官が答えた。
「大尉。落ち着いて聞いて下さいね?あちらの船は」
「あの船だな!!よォ~し!!」
「「ちょっ!待って!!」下さい!!」
……その後を直ぐ月歩で追いかけたものの、ルフィと甲板の海賊と言い合いが始まった。
騒ぎを聞きつけ、船内からやってきた副船長が斬りかかってくる。で、殴り飛ばし一緒にいた船長にぶち当てた結果、奴隷船のマストが破損。
二人は気絶。他の海賊は腰が抜けたのか動かない。ルフィは船内に入った。
この辺でウタは軍艦へと引き返す。 副官はかなり申し訳なさそうだ。だが沈んでる暇は無い。
「船医を呼んで!捕まってる人で衰弱してる人が居るから!!海賊も縛っちゃって!」
「ええ!?良いんですか!?相手は…」
「これだけ船近付けて来たから、航行を妨害したとか言えるでしょ。それでいこう。あとは本部に連絡だなぁ……」
「……本当に申し訳ございませんでした…!何と言ったら…!」
「う~ん、まぁ…」
ウタは奴隷船に振り返る。ルフィが助けた人を甲板へ連れてくるのが見えた。副官に向き直り答える。
「ルフィだもん!しょうがないよ!」
「ウタ~!!皆ァ~!!コイツ以外もいっから!助けてやってくれェ~!!」
「今船医さん呼んだから~!!こっちまで連れて来て~!!」
その一言で海兵達も行動を開始した。
突然現れた救世主である海軍、その中心人物のルフィとウタ。その2人が後から別の軍艦で来た上官らしき人物に頭を下げている。
元奴隷達は手当てや首輪を外されながら、ベラミー達は縛り上げられながらそれを見ている。
海軍本部中将モモンガは呆れながら2人を見つめる。
「やってくれたな、お前達」
「ホント……、申し訳ありません…」
「ホントゴメン……なさい」
モモンガは深くため息をつく。気持ちは分かる。目の前に捕まっている民間人、それも見聞色で病状の悪化が分かるなら助けるべきなのが海兵だ。
だが、
「七武海の傘下相手だぞ。航行妨害という真っ当な理由があるんだから、
降伏勧告をして、それから動くべきだったな。しかも船を損傷させるとは……。」
「ウタも皆も悪くねェんだ!おれが突っ込んで!」
「いや!私の指示が!」
「分かってる。ウタウタ使う暇も無かったんだろう。」
要救護者が居るのにウタが動けない、ではルフィも部下達も困る。
モモンガが言ってるのは
『向こうからの反論をさせない』
という事だ。
「繰り返しになるが七武海だぞ?それに奴隷船である以上、政府中枢の人間も関わっている可能性もある。センゴク元帥、ガープさんにおつるさん、沢山の方に迷惑をかけるだろう。二度と同じ事はできんと覚悟するんだな」
今回はまだ彼らに所有者が居ないから何とかなる。
しかしルフィとウタはガックリと肩を落とす。世話になっている自覚は有るのだ。この2人にはこういう説教が効く事をモモンガは知っている。伊達に教育係をやってはいない。
モモンガはそのままベラミー達に告げる。
「言っておくが奴隷船から押収した資料で、貴様らの航行ルートは把握している。そしてこの快晴だ。たまたま近付きすぎた…なんて言い訳は出来んからな。こちらの落ち度は降伏勧告が無かった位。立場が非常に悪い事を……」
「どっ!奴隷はどうす」「そうだ!あいつらどうしようおっさん!」
サーキースが負け惜しみで奴隷の話を持ち出すと、ルフィが横から話に入る。
「まずは事情聴取からだが…。彼らの故郷を把握し次第、出来るだけ近くまで送る。支部の者達にも協力して貰うつもりだ。」
元奴隷達から歓声が上がる。しかしモモンガは渋い顔だ。
「だがそこまで、だぞ。軽く聞くだけでも非加盟国出身とのことだから、海軍である我々ではそこが限界なんだ」
「とんでもないです!」「首輪を外して頂いただけでも!」「ありがとうございます!本当に!」「それに治療まで!」
「私からも!何から何まで!ありがとうございます!」
「ありがとうな!モモンガのおっさん!」
海軍としての現実を述べるが、元奴隷達も、ウタとルフィも気にした様子は無い。
モモンガが手を尽くしてくれているのを分かっているからだ。
対してベラミー達は責任の押し付け合いをしている。
「近付こう大丈夫ってサーキースが!」「おまえらも賛成したろ!」「そもそもこんな仕事したのが!」
「もうやめろおまえらァ!!元を正しゃあ…、あの女!ウタのせいだ!!」
ベラミーが止めた……、
と思いきやウタの名前を出してきた。
ルフィでは無く。
本人も周りの海兵達もキョトンとしている。
「歌が出来るからって有名になって!!海軍増えて!!海賊の数が減って!!その所為でおれらは!!」
「…何であいつウタの良いとこ言ってんだ?」
「……海賊の言うことなんて知らない。ではモモンガ中将、彼らをどうか宜しくお願いします。ルフィ、アレ本部に連れて行かなきゃいけないから皆で監獄入れるよ。」
「?おう。じゃな、おっさん」
敬礼し、ベラミー達の連行を開始する。口々に、こんな子だと思わなかっただの歌好きだったのにだのと言っている。
だから何だ。としか思えない。
「うむ。気をつけてな」
喚く海賊は見慣れているのだろう。モモンガは気にした様子も無く、元奴隷達と自らの部下のもとへ向かっていく。
するとベラミーが屈み、ウタに話かける。
「ドフラミンゴの旗に泥を塗った。おれらはもうお仕舞いだ……。そしておまえらも…!!」
「…殺しに来るなら迎え撃つだけだけど?」
「てめェなんかに出来るもんかよ……!どうせ死ぬんなら…、
今おれが!!
スプリング!!狙撃!!」
バネ状に変形させた足を押し沈め、ウタに向かって一気に解放。腕こそ縛られているが、当たればただでは済まないだろう。
だがその技はウタ、そしてルフィにも予備動作が大きいとしか思えなかった。
「神絵」
ウタは難なく回避。
そのまま足を後ろに大きく上げ、無防備になったベラミーの腹に蹴りを入れる。
「…ッ!!グハッ!!」
六式を使える者の蹴りだ。威力は凄まじい。それにベラミーの能力は横からの衝撃に弱い。
耐えられる筈も無く、気絶した。
副官が駆け寄り、念のためウタの怪我の具合を確認する。
「平気。それより海楼石を!」
「はっ!」
「悪ィウタ。そいつ能力者だったのか」
ルフィは怪我の心配はしてないが、自身の確認不足が原因とあって謝罪する。
「平気だってば。それより連行の続きやっといて。私コイツ押さえとかなきゃいけないから」「おぅ!」
「ウソだろ…」「ベラミーが…」
自分達の中で一番の実力者、ベラミーがなす術無くやられた。
一撃で。それも二回。
ルフィとウタの強さに恐れをなし、海賊達は今度こそ大人しく連行されていった。
「お疲れっしたー!では失礼しまーす!!」
本部に到着後すぐそう言い、艦を出たのは世界経済新聞社の社員。ウタはすっかり存在を忘れていた。
「お前らは…、あいつが乗船しとるのに七武海相手に問題起こしおって…」
出迎え……、というより説教をしに来たのは“大将サカズキ”。ウタもルフィも冷や汗が止まらない。
「いや!でも!電伝虫は使わせませんでしたし!軍艦内部の機密保持の為にカメラも取り上げてましたし!」
ウタは何とか言い訳を並べる。
「んなもん当たり前じゃろうが!!
知っとるヤツがおるのがイカンのじゃあ!これで写真でも取られてたら大問題じゃけぇ……!!」
海賊は面子に拘る。
だからこそ海軍とドフラミンゴだけの内々の話で終わらせる必要が有るのだ。
幸い文章のみならまだ誤報だと言い張れば良いだろう。
サカズキが今後の対応にため息をついたその瞬間、
「え」
ルフィが小さく呟いた。サカズキとウタは嫌な予感がしつつもルフィを見て、視線で続きを促す。
「えと、もう載ること決まったからっつって色々聞かれたから答えちまった……」
ルフィの目が物凄く泳いでいる。ウタは何とかフォローを試みる。
「……ははっ!ヤダなールフィ!文章だけならまだ大丈」
「写真も取れたんですって見せて貰ったんだ……。ウタが海賊蹴ったやつ。ちっさいカメラも有るんだって……」
黙り込んでいるサカズキが恐くてしょうがない。部下達はもうかなり遠くに避難している。
「なら今から取り上げて!」
「……新聞持ってくるカモメいるだろ?アレが窓から来て、そいつに写真渡して……た…」
ルフィがウタの後ろ、サカズキを見て急激に青ざめている。
ウタは振り向きこそしないが、背中から強烈な熱気と怒気が伝わってくるのでどうなってるかぐらい分かる。
「ふ~……。ウタ少佐。ルフィ大尉」
サカズキの両手が赤く燃え上がり、黒煙が立ち上がる。
そのままゆっくりとルフィとウタに近付いて来る。
「話し合いたい事が有るんじゃあ!!」
ルフィとウタは同時に駆け出し逃走する。
「「うわああァー!!話し合うスタイルじゃねェ~!!!」なァ~い!!!」
本部恒例の『追いかけっこ』が始まった。
『歌姫ウタ
被災者の心の傷癒し
人攫いの海賊を成敗!』
そういった見出しかつ写真付きで発行された新聞。
「慰問ライブの様子」
「ベラミーを蹴った瞬間」
でそれぞれ1ページ、見開きで掲載された。
華やかな歌姫と凛とした海兵としてのウタを同時に堪能出来るとして非常に売れ行きが良かったそうだ。
ルフィの活躍もしっかり書かれており、別ページには載せないと言っていた皆でポーズを取った写真もあった。こうなったらイメージ向上をやれるまでやってしまえと海軍側が捩じ込んだらしい。
ただ、七武海の名前は無くベラミー達は単なる人攫いの海賊。奴隷達は檻を壊した魚人が暴れ一緒に逃げた、ということになっていた。
モルガンズもドフラミンゴに忖度せざるを得なかったのだ。
加えて、
「えっとおつるのばあちゃん、つまり」
「謝らなくて良いって事ですか?」
謝罪は不要。ドフラミンゴ側からの伝言を“本部中将つる”から聞いたウタとルフィは面食らう。
「そうだよ。まあそもそも関係無い事になったのも有るけど、一番はウタ。あんたに警戒して直接会うのを避けたと見たね」
歌を聞く。それだけでウタの思いのままになるウタウタの能力。海賊で有れば確かに会いたくは無いだろう。
おつるとしては、ウタかルフィの出生の情報をドフラミンゴが掴んだ可能性も視野に入れている。ここでは言わないが。
海賊に頭を下げずに済んだ、だが2人としては事態の収拾に尽力してくれた皆に申し訳が立たない。
「それではおつるさんやガープさん達に申し訳無さすぎます!海楼石を着けてでも会って!」
「なんならおれだけで行くとかさ!」
「聞こえ無かったかい?謝罪は要らないんだ。とにかく奴隷には無闇に首を突っ込まない事。それだけ覚えときな」
そう言われれば黙るしかない。つるは「それより」と続ける。
「ガープのやつ、あんたらに『借りを作れる』って張り切ってたよ。そっち警戒したらどうだい」
今回の事件でのガープの動きは早かった。マリージョアに赴く等、若い頃自身がやらかした経験をフルに活かしたらしい。
つるの言葉通り、ガープは事有るごとに今回の件を持ち出し2人に「修行」を行うだろう。
ルフィとウタは天を仰ぐ。しかし奴隷達を助けた事は全く後悔はしていない。ただただ迷惑をかけた事が申し訳無いだけで。
そんななので2人はまたもや奴隷に関わる事件を起こしてしまうが、それはまだまだ先の話。
ちなみに、
ドフラミンゴの名前は伏せられたとはいえ、事情が分かる者には筒抜けだ。
「ガープの孫に歌姫……。ふん。守ってくれる大人がいて良かったの」
とある魚人はそう吐き捨て、
「ほう、この時代に骨の有る海兵じゃニョう……。まるで…」
またとある老婆は1人の英雄を思い出していた。
この者達との出会いもまた、先の話である。