お騒がせなあの2人 ①

お騒がせなあの2人 ①



天気は快晴。風向き良好。航行順調。

”偉大なる航路“とは思えないほど好条件の中進む海軍の軍艦が一隻。


「う~ん!」


その甲板上で海軍本部少佐ウタは伸びをする。先程まで艦長室で報告書の作成をしていたのだ。自分の分は早めに終えたので、大尉であるルフィの分の手伝いが大半ではあったが。

そのルフィは室内にて糸が切れたように机に突っ伏している。書類仕事をした後はいつもこうだ。頑張った証拠なので、この状態のルフィはそのまま休憩させる事になっている。

そこへ今作戦でのウタの副官が通りがかる。



「少佐!お疲れ様です!一段落つきました?」


「お疲れ様!や~っとだよ…。捕まえれば良い海賊相手と違って、関わる人が多いとその分ね」


とある加盟国にて災害が発生。ウタ達の任務は各所から届く救援物資の護衛、それに加えて『歌姫』として被災者と直接会って話を聞いたり、慰問ライブを行ったり等々。先程までやっていたのは、それぞれの経過や別部隊への引き継ぎの為の書類作成である。

大変では有ったが非常にやりがいのある任務であった。

気になる所と言えば…。



「記者の相手も有りましたからねー」


「そこはまぁ、被災者の方達の事とか被害の規模とかを他の国に知って貰う為だって感じで」


“世界経済新聞社”の社員が一緒だった事だろう。アホウドリで無かったのが救いだ。

ウタ個人としては述べた通り。

取りたい写真はああだこうだと非常に口煩かったが。現在は軍艦内に用意した部屋で待機している。今向かっている本部にて、記事の内容の擦り合わせ……検閲が必要だからだ。




「やっぱりしっかりなされてますね」


「そう思うってだけ。今回はルフィの方が余程しっかりしてたと思うよ……」


「そんな事は……。大尉が凄かったのはそうですね」


「……うん。本当にね」


別にルフィは不真面目という訳ではない。

言葉遣い、書類仕事、航海中の食事の量はまぁ、ともかく。



ルフィは被災者に積極的に話かけ、子供達が来れば思い切り遊び相手になっていた。被災してから間もないのに、少し遠慮が無さすぎるのではとウタがたじろぐ程に。


しかし皆、笑っていた。


記者相手に写真を取れ、と被災者の方々と笑顔でポーズを取ったりもしていた。

記者曰く、悲惨な画のが売れるだの何だのでその写真は新聞には使わないらしい。ウタは心底呆れたし、怒ってる部下も居た。ルフィは気にした様子も無く、


「今の取ったやつ、あいつらにやりてェからよ。幾らだ?」


と一緒に写真を取った方達を指差しながら言った。

決して手を抜いていた訳では無いものの、任務だから、プロパガンダの側面もあるからとどこか心の距離が有ったウタは大いに反省した。

それからはルフィ程では無いが、自らの歌に関する事とかを話したし、そのお陰もあって慰問ライブは成功したと言って良い。

やはり私の幼なじみはスゴい。

そこに居るだけで自分も頑張ろうと思える。願えるならずっと一緒に、共に……、とウタは思考の深みにハマって行く。目の前に副官が居るのに。



「…顔に締まりが無くなってますね」


「ふぇっ!?…いや!そんな!?ルフィはしっかり海兵として人として成長してるなァってだけ!負けられないなあって!」


「そこまで聞いてませんよー」


穏やかな時間は過ぎて行く。しかし、この時代は『大海賊時代』。伝令が走って来るとウタも副官も海兵の顔になる。



「報告します!我が艦後方、七時の方向に海賊船発見!」


「……所属は?」


比較的マリンフォードの近く、それも海軍の航路を通るとなるとおおよそ検討が付く。


「ドンキホーテ海賊団です!」






船内に響くうめき声、出す事を懇願する声。何とか聞かないようにしながらサーキースは船内よりマシな甲板を目指す。扉を開けると近くにリリーが居た。


「ふはぁ~…、はよ」


「おはよ。……声うっさいから早く閉めて」


「…悪ィ」


扉を閉め、甲板を見渡す。人員のほとんどが居るようだ。誰だってあの声を聞きながら航海なんてしたくはないし、気晴らしもトーンダイアルから流れる“歌姫ウタの曲”くらい。それも船内から漏れ出る声がノイズになってしまう。良いことと言えば天気が良い位だ。皆、曲を聴きながら空や海を見てボーっとしている。サーキースはこの航海中、何度言ったか分からない台詞を吐く。


「ベラミー……、何でこんな仕事持って来ちまったんだよ…」



ベラミーは船長室にて書類仕事だ。

『この船の荷物』は健康状態が重要である。怪我だの病気持ちを渡そうものなら、何をされるか分からない。定期的なチェックが必要不可欠だ。

最初は分担していたが、「奴隷なんかに近づきたくない」何て理由でサボってるヤツがいたのが発覚。かなり強めの口調で注意した所、サボらなくはなった。だが気が進まないのかかなり遅い。しょうがなく1人でやれる所はやっている。

この仕事のせいで仲間達と随分溝が出来てしまった。

ベラミーだって皆と同じ気持ちだ。この仕事を受けた時の事を思い出す。



───プルプルプルプル、ガチャ


“お、お久しぶりです!……ドフラミンゴ……”


“おーおー……。ベラミーか。久しぶりだな”


“あの…実は…”

“聞いたぜ?今回の上納金。いつもの三倍近くだってな。頑張ったじゃねェか”


“…!ああ!サーキース達にも協力して貰って”

“で。何の用だ”


“……来月からの上納金を払えるか分かんねェんだ…。仕事を貰えないかな…と”


“あァ?いつも通り海賊狩りゃあ良いじゃねェか”


“それが最近…、海軍増えたせいでおれらが相手出来る位の海賊どんどんやられちまって……。それより強い連中は、海軍に対抗する為に同盟組んでるのが殆どで不意討ちでも手が出せないし……”


“じゃあ非加盟国狙え”


“その周辺こそ同盟組んでる海賊がうろついてんだ……。それくらいになると七武海のマーク無視して挑んで来るしよォ…。その規模の同盟、海軍も無視出来ねェのかやって来て戦闘始めやがる事があって、この前なんて巻き込まれて…”


“…フフ、フッフッフッ!!ハイエナのベラミーが情けねェなあ!じゃああの上納金は貯えを一気に出しただけってか!?仕事が欲しいからと!”


“…そうだよ!それもこれもあのウタって女海兵のせいだ!!ただ歌がウメェってだけで何もかもめちゃくちゃにしやがって!!”


“あー、分かった分かった。仕事をやる。ちょうど非加盟国のな。海軍の航路使うからまず襲われねェだろ”


“!…あ、ありがとうな!ドフラミンゴ!!”

“奴隷を運べ”


“……え”



──そして現在。

非加盟国から出航した奴隷運搬船は確かに襲われない。だが予定の日程がかなりキツい上に、奴隷達の面倒を見なければならない。海軍の航路と言うことは“凪の帯”の近くを通るので、そちらの警戒も必要だ。しかも上納金を多く出したせいで大した気晴らしもない。甲板にあるトーンダイアルだって安物だ。



だがもう少しだ。そろそろシャボンディに付く。そうすればこの仕事も終わりだ……。ベラミーはそう心で唱えながら仕事を進める。

その内に魚人の奴隷の健康チェックをしていないのを思い出す。

『商品だから傷つく事は無い』

と気付いたのだろう。ベラミー達に対して暴力を振るったりと強気なヤツだ。かなり億劫だがやるしかない。

ベラミーは思い足を引きずりながら船長室を後にした。




海軍と七武海のいざこざは珍しくない。要請に応じないのはまだマシ。それどころか攻撃されない事を良いことに、海軍側を煽る様な言動、行動をするのもしばしば。特に“海賊女帝”率いる九蛇の悪名は有名だ。

そんなだから、数少ない例外の“砂漠の王”も信用していない海兵もいる。ウタもその1人だ。

とにかく今は、自分達は任務後で帰るのみ。疲れてる部下を面倒事に巻き込みたくない。さらに船が問題だ。


「……形状的に奴隷運んでるよね。あの船」


「……少佐。お気持ちはお察ししますが職業安定所と」


「今は許して」


副官の助言も今のウタには届かない。とはいえ副官も同じ気持ちだ。

非加盟国だから、海軍の手が及ばないから、世界貴族や天竜人の機嫌を損ねたくないからと存在が許されてしまっている『奴隷』。海兵ならば一度は悩んでしまう問題だ。残念ながら「考えない事にする」者が大半だ。

ウタも同じだ。かといってどうすれば良いのか分からない。

ルフィと離れるのが怖い。

私は卑怯な臆病者だと思う。

ルフィはどう考えているのだろうか。



「……どうされます?」


「…はぁ。アレはシャボンディ向かうだろうから大丈夫だと思うけど、念のため離れよう。皆疲れてるのにわざわざ近づいてウンザリすることも無いでしょ。向こうから難癖付けられても嫌だし。」


「はっ。ではそのように伝達を」


「お願い。ああでも、甲板上の担当兵の皆には私からも言っておく。労りも兼ねて」


「……助かります。奴隷船なんか見たらかなり気が滅入ると思うので」


行動を開始する。

このまま何事も無いと良いが。





「あ、ヤベ。航行状況報告しねえと」


「行ってら~」


海流と風に恒常性は無いのが“偉大なる航路”だ。故にそれを常に把握しなければ命に関わる。これはこの海を渡る者なら常識だ。航海士が立ち上がり船首へと向かう。

……と思っていたら走って戻って来た。



「うおい!!皆!スゴいぞ!!今前の方に海軍居るんだけどさ!!」


「そりゃ居るだろ。そいつらの航路使ってんだから」


何やら騒ぎ始めた。気が沈んでるのにやめて欲しい。



「で、何か変な髪色の海兵居んなって思って望遠鏡で見たんだけどさ!!」


「うっせぇわ。さっきからよォ」

「勿体ぶらねーでさっさと言えよ…」


興奮して上手く伝えられないらしい。皆苛つき始める。サーキースもだ。

その空気もぶっ飛ぶ報告が来る。




「ウタ!!“歌姫ウタ”が乗ってんだよ!!その軍艦!!」


そこからは大混乱だった。皆船首に殺到する。数少ない望遠鏡は取り合いだ。こういう時No.2で良かったとサーキースは思う。


「わぁ!ホントに居た!!」

「どこどこ!?」「ほら左辺り!」「髪のお陰で望遠鏡ナシでも見えるっちゃあ見えるなあ」「ねーサーキースー。次アタシ~」



この仕事中始めて皆に笑顔が戻る。苦楽を共にした仲間達だ。やはりこの方が良い。そこでサーキースは思い付く。


「なあ!挨拶しに行こうぜ!」


「えっ…。大丈夫かなぁ…」


「おれらどうせシャボンディ行くんだぜ!?で、ウタはマリンフォードだろ?近いじゃねえか!ちょっとずれても誤差だ!」


「いや、向こうは海軍で海賊だろ俺ら…」 


「七武海の傘下のな!海軍の味方なんだよ!何も問題ねーって!」

「そうだよ!」「ウタちゃんに挨拶したーい」「サインとかいけっかなあ!」「いやまず歌って貰おうぜー」


サーキースに続き口々に騒ぎ始め、操舵手と航海士を説得し始める。しかしその顔は難色を示す。ベラミーが怖いのだろう。サーキースは更に続ける。


「ベラミーにはおれから言っとくからさァ!」


その一言でようやく首を縦に降った。




まずい事になった。

奴隷船がこちらに向かって来る。 真意は不明。こうなっては仕方ない。振り切る為、遠回りになるが“凪の帯”を通ろうとした所、大きな波が来た。

海軍以外ではあまり知られていないが“凪の帯”でも荒れる事はある。無論、海王類が原因だ。今回の波もそうだろう。

縄張り争い、エサの取り合い、はたまた産卵。色々と理由は考えられているが確かめる術は無い。

ともかく、この波はこちら側に来ている。お陰で押し戻される形だ。奴隷船はどんどん近づいて来る。甲板上の海兵達に謝罪しなければならない。


「……。はぁ~…。皆ごめん。もう少し早く指示出せてれば…」


「謝るのはこちらです!早く気付くべきでした……。少佐もお疲れでしょうに…」


「皆一緒だよ。もうしょうがない、各員備えて。何か要求してきたら私が対応するから」


ウタは顔を引き締め指示をする。今は帰って貰う事だけを考えよう。





歌姫ウタが甲板上でアレコレ指示を出している様子が見える。サーキース達としてはお飾りの立場だと思っていたので驚いた。


「ウタちゃんって指示とか出来るんだ」

「周りの海兵も良く従うよね~。確かに可愛いけどさあ」

「な。でも慌ててる…っぽいな?」


サーキースは帆のマークを指差し言う。


「そりゃ七武海のマーク付けた本物の海賊が近付いたからだろ。歌うのが本業で戦い何てしねェだろうし」


「あー、そっか。ビックリさせない様に、最初の挨拶はリリーとかマニ、ミュレに頼むか?流石に同じ女子ならビビらないだろ」


「わーい!やるやる!」「ドキドキしてきた……。普段新聞載ってる様な有名人…!」「トーンダイアルにサイン書いて貰お!」


海賊達…、どころかファンを含めた民間人でさえウタが戦えないと思っている者が多い。一応海賊の捕縛記事は度々載るものの、それも海軍の大事な広告塔である“歌姫”を強く見せ、挑む海賊を減らす為のプロパガンダ……と思われている訳だ。

ルフィに置いていかれない様、日々鍛錬をしているウタとしては心外である。

上層部としては“歌姫”のイメージを守りつつ、貴重かつ強力なウタウタの具体的な能力を広めずに油断して挑んだ海賊を捕まえられるので一石二鳥。訂正記事が出回る事は無い。

話がまとまったと見たサーキースは船内に向かう。


「んじゃおれベラミーに話つけてくるわ。頼むぜリリー!皆!

さてベラミーは、と。

船長室だよな?」




ベラミーは奴隷の檻で作業中だ。さっきやっと魚人を押さえつけ縛る事に成功。何と檻を少しずつ壊していた。口を縛られていない魚人がさっきからうるさい。ベラミーを遠ざけ、何とか逃げようとする算段らしい。


「おい、兄ちゃんよお。ケガさせちまってゴメンなぁ?医務室行ったらどうだ」


「黙れ」


「それに甲板でお仲間が楽しそうに騒いでんじゃねえか。混ざってこいよ」


「黙れって!おれは仕事があんだよ!」


この船が本来の航路から外れた事を、ベラミーはまだ知らない。




とうとう目と鼻の先まで来てしまった。ウタは奴隷船を睨み付ける。周りの部下達も同様だ。見聞色で探ると大した海賊は居ないが、奴隷となってしまった人達の中に弱ってる者が居る事に気付く。手出しが出来ないのが非常に口惜しい。

それにこの中では強めの、おそらく船長と副船長が船内に居るのが気になる。何を言われるやら。

そう思っていると向こうの船縁に女の海賊が現れた。主導権を握られてはならない。こちらから声をかける。


「こちらは海軍本部少佐ウタ!船をここまで近付けるのは危険行為であり、我々の妨害に当たります!即刻離れる様、要求します!」


「「「せ~の、こんにちはー!!ウタちゃ~ん!」」」


「……は?」


「あぁ、少佐目当てだったかぁ……」


積み荷を寄越せとか言われると思っていたウタは面食らう。対して副官は納得している顔だ。海賊達は尚も続ける。



「えっとお~、私達ウタちゃんのファンでぇ」「お話しましょう!海賊嫌いもきっと治るから!!」「大丈夫ー!私達七武海の傘下で味方だよー!」


口々に勝手な事を言い始める。ウタは思わず頭を押さえる。


「ホントにくっだらない事で足止めされちゃった…。しかも私のせいじゃん……」


「ですから少佐せいでは!もう無視して行きましょう!」


「そうし……。待って」


副官からの提案に乗ろうとするとウタは違和感を感じ、見聞色でもう一度奴隷船を探る。

……さっきより「声」が弱くなっている者がいる。病気が悪化したのだろうか。ウタは声を張り上げ海賊達に問う。


「ねえ!!そんな所居て良いの!?弱ってる人乗ってるんじゃないの!?」


「は?ベラミーとサーキース以外ここに…」「……帰って欲しいんだろ。奴隷船だからテキトー言ってんだな」

「そんな事無いよー!!ねー!話したり歌ったりしよーよ!!」


覇気を知らない事もあり取り合ってくれない。ウタは医者では無いが、海兵として衰弱してる人間をそれなりに見てきた。この弱り方は不味い。焦りが止まらない。





サーキースはなかなか見つからなかったベラミーを檻にて見つける。……がどうも様子がおかしい。


「…おーす、ベラミー。どうし」


「おい!ミュレ呼んでこい!!コイツ急に血ィ吐きやがった!!」


「はあ!?ちゃんとチェックしてたんだろ!?」


サーキースも慌て出す。向かいの檻に居る魚人が吐き捨てる様に言う。


「商品として価値が無くなったら何されっか分かんねえからなあ。ガマンしてたんだろうな」


「お前いい加減に…!……?何で海軍の軍艦がこんな近くに……?」


一発殴ってやろうか……、と魚人の方を振り向いたベラミーは窓が視界に入る。そこで漸く海軍の存在に気づいたのだった。



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