お誕生日記念

お誕生日記念


「困ったわね」

そう呟いて私は満天の星空を仰いだ。





港町には珍しい図書館から帰ると船はただ1人を除いてもぬけの殻だった。

「修理に1日はかかるから明日の昼まで街で自由行動?」

フランキーから言われたセリフをそのまま反芻し少し思案。

あぁ、だから誰も居ないのか。

「本当はちゃちゃっと終わらせる予定だったんだが、ちょいとかかりそうなんだ」

昼には出港すると聞いていたので、目星をつけて急いで本を読んだのだけれど。

「おーいロビーン聞いてるか?」

「ええ、ごめんなさい聞いているわ。明日のお昼ね」

もう頭の中はさっき見つけたあの本しかない。

あと、あの棚にあった初版の本。

「すまねぇな、まぁゆっくり散策でもして美味しい物でも食べてきてくれ」

盛大に手を振るフランキーを背に今来た道をまた戻っていく。

まだ時刻は13時過ぎ。

図書館の閉館まで4時間ちょっと、それでも私には足りないくらい。

気付けば早足になっていた。

棚から数冊本を選んで設置してある窓際の椅子に腰掛ける。

ぽかぽかした陽を浴びながらページを捲る。

『すみません、閉館時間です』

そう職員から声をかけられて初めて陽が暮れている外が目に入る。

「ごめんなさい夢中になってしまって」

見渡すと誰も居ないし館内は既に一部暗くなっている。

申し訳なくて急いで立ち上がり積んでいた本を手に取ろうとすると笑顔で制された。

「いえ、こんなに夢中に読んでいただいてありがとうございます。本は私が」

奥では掃除をしながらチラチラこりらを見ている人が居る。

もしかしたら早く出て行って欲しいのかもしれない。

「じゃあお言葉に甘えて。遅くまでごめんなさい」

椅子を戻して一礼しすぐに入り口へと向かう。

「また是非いらしてください、続きを読みに」

さっきの職員が入り口まで着いてきてそう声をかけてくれた。

「ええ、明日にでも」

そう答えると職員は笑顔で見送ってくれた。

明日も昼までは時間がある。

開館から3時間くらいは読めるだろうから、あの本とあれは大丈夫そうね。

そう考えると早く明日にならないかと少しワクワクした。

なぜこんな港町にあんな本があるのだろうか、というラインナップ。

昔この町は銀が採れるとかで相当賑わっていたらしいし、その名残かもしれない。

図書館から出てしばらくそんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか繁華街まで来ていたようだ。

ザワザワと周りが五月蝿い。

酒場に食堂、夜のお店が乱立している。

ここなら誰かしら知った人物がいるかもしれない。

「酒場だったらゾロとか、ルフィなら食堂かしら」

口いっぱいに大きなお肉を頬張った船長を想像して思わずフフッと声が漏れた。

でも声も聞こえないしここには居ないのかもしれない。

まだ繁華街が続いているし、もう少し歩いてみようかしら。

なんて考えていたからか気付けば少し暗い小道に来ていた。

なんとなく先ほどまでの雰囲気とは違う。

空を見ると既に月が輝いていて、あれからそれなりに時間が経ったようだ。

「そういえば…宿屋」

健全な宿屋を探そうと振り返った瞬間。

「お姉さん宿屋探してんの?」

真後ろに金髪の若い男性がガムをくちゃくちゃしながら立っていた。

あぁ…メンドクサイ。

でも穏便にすませないと。

「ええ、ご存知ないかしら?」

「俺の泊まってるとこおいでよ、何もしないからさ」

ニヤニヤと笑う顔が『何もしない』と言ってないわ。

「できれば別のところがいいのだけれど」

いくら暗闇とはいえ私の顔を見ても何も言ってこないのは本当にただのナンパ?

賞金狙い…には見えないわね、正直弱そうだし。

「えーいいじゃん宿代は俺が出すからさぁ」

足元から舐めるように視線が上がってくる。

一般人っぽいしどうにか何事も無く終わらせたいけれど。

「ねぇお姉さん今の状況わかってる?早く決めなよ」

ズイズイと迫ってくるので後退していたら壁に追いやられた。

顔のすぐそこにドンッと手が置かれる。

これがナミが言っていた壁ドンってやつね、などと思っていたら男性がイライラし始めた。

「おい、わかってんのかコラ。ここで好きにしてもいいんだぜ」

うーん迫力も何もあったもんじゃないわ。

完全に私を知らない一般人。

捻りつぶしてよいものかしら。

「…困ったわね」

そう呟いて私は満天の星空を仰いだ。

が、その瞬間ドサリ、と謎の音がして微かな風が吹いた。

「さっさと捻りつぶせ」

「してよかったのかしら」

「いいだろこんなゴミ野郎」

聞き慣れた声。

でもどこか怒りを含んでいるようにも聞こえる。

「ゴミ野郎は失礼よ、もしかしたらこんな人でも何かの役に立っているかもしれないわ」

「知るか」

吐き捨てるように呟いて足元の金髪を蹴り飛ばした。

「ご機嫌ナナメ?」

そう感じたから聞いただけなのに、ギロリと睨まれる。

そして先ほどとは大違いなほど力の篭った壁ドン。

「こんなとこで何をやっている」

「宿屋を探していたの」

嘘ではない。

「こんなゴミに迫られるわ、図書館の男に笑顔を向けられるわ」

「…いつから見ていたの」

そういえば図書館の職員も男性だった気がする。

でももう顔なんて覚えていないけれど。

「ずっとだ」

「暇人」

だったらもっと早く声を掛けてくれればこんなことにならずに済んだような。

言いかけて、飲み込んだ。

「声掛けようとしたがお前が楽しそうに本…読んでたから、邪魔はしたくなかった」

「あら、ありがとう」

じゃあ図書館を出てすぐに声を掛ければ…もういいわね。

「それで、宿屋は決まったのか」

「決まってたらこんなとこに居ないわ」

壁についていた手がそっと頬に寄せられる。

ひんやりとした手、でも温かい。

「じゃあ最高の宿屋を紹介してやる」

長い指が唇に触れて、薄く引いた口紅が取れていく。

「手持ち、そんなにないわ」

顔が近づく。

「じゃあ体で払ってもらう」

コツンと額がぶつかり合って、もう目の前。

「お釣りはちゃんとくれるのかしら」

フフッと笑うと、ニヤリと口元が歪んだ。

「そんなもん出る訳ねーだろ」

「それじゃこま…んんッ」

喋りかけの口を塞がれて、いつの間にか両手も握られていた。

「お喋りはその辺にしておけ」

向こうで金髪が唸った気がしたけど、後ろ足で蹴り飛ばされていった。

「じゃあ、その最高の宿屋に連れて行ってくれるかしら?」

握られた両手をぎゅっと握り返す。

「たっぷりお代を貰ってやる」

「フフッ…高いお代になりそうね」



2時間後私はローに体を預けながら、明日の図書館は諦めた。

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