お茶会
MSパイロットとして認められた後
マユとカガリのお茶会
「えっと、シャワールームのリネンは交換したよね。各部屋のシーツは週一で良いって言われたし…。あ、トレーニングルーム! あそこにもタオルがあったはず」
洗濯用のカートを押しながら通路を歩く。
毎日のルーティンである機体のセルフチェックを終えたマユは、空いてる時間を使って艦内の洗濯物を回収していた。
本来ならばマユがするべき業務ではないのだが、じっとしてる事が苦手なマユは率先して艦内雑務を引き受けている。
非戦闘時のパイロットなど基本的に暇だ。もちろん戦いが起きればいいなんて思わないけれど、海中を潜航中のアークエンジェルに娯楽なんてほとんど無いし、娯楽に勤しむ気にもなれない。どうせ手持ち無沙汰なら仕事をしている方が気が紛れるのだ。
「おーい、マユ! ちょっとこっち来いよ!」
ふと、後方から声をかけられる。声の方へ振り向くと、予想した通りの人物が黄金色の髪を揺らしながらこちらへ手を振っていた。
「カガリ様! どうしました? あ、お部屋に回収して欲しい洗濯物があるとか?」
「違う違う。ってかお前、まだそんな事やってるのかよ」
カートを押してきたマユに、カガリは人差し指でマユの頬をツンツンつつきながら話しかける。
「正式なパイロットになったんだから、戦闘以外ではきちんと休めよ? 体調管理もパイロットの義務だからな」
「はい、心配していただきありがとうございます。気をつけますね」
「うーん、本当に分かってるのかお前。キラといいお前といいアスランといい、ちょっと目を離すとすぐ無茶するんだから」
カートの取手を握りながらニコニコ返事するマユの様子に訝しげな表情を見せるカガリ。心配してくれるカガリには悪いが、マユはこの忠告を受け入れる気はあまり無い。じっとしていると色々なことを考えしまって動けなくなるのだ。いざという時いつでも戦えるように、体は常に動かしていたい。
「あの、それで御用はなんでしょう?」
「あ、そうだった。あのさ、おやつ食べない?」
「はい?」
「この前の物資調達の時にラミアス艦長が美味しそうなチョコレートくれたんだよ。だから、な?」
思いもよらない申し出に、マユはパチパチと瞳を瞬く。
「えと…、そういうのはキラさんやラクスさんをお誘いしては?」
「アイツらはダメだ。チョコはラクスにも渡されたんだけど、速攻でキラ誘ってお茶会だとさ。そりゃ言えば私も参加できるだろうけど……なぁ?」
「はぁ…」
つまるところ、仲睦まじいカップルのお茶会を邪魔したくない、という事だろうか。もしくはイチャイチャする弟(?)と友人に当てられたくない? 交際経験の無いマユだが、コミックやドラマの知識からそう判断する。
「だからさ。一緒にチョコ食べようマユ。あんな良いチョコ、ひとりで食べるなんて勿体ないんだよ」
マユの頭をポンポンと撫でながら、カガリは琥珀色の瞳を優しく細めてお茶に誘う。
恐らく、気を使われてる。でもそれが嫌じゃない。むしろ嬉しい。
この艦のクルーは皆、マユを気遣いあれこれと世話を焼いてくれる。そんなクルーの暖かさがマユにはこそばゆく、そんなクルーの一員になれた嬉しさに、いつもいつもマユは踊りたくなるほど舞い上がってしまうのだ。
既に何度か招かれているカガリの私室はスッキリと片付いている。花嫁衣装のまま拉致されての乗艦なのだ。私物が少ないのも当然と言えば当然なのだろう。
結局、洗濯物が入ったカートはカガリが行きずりのクルーへ強引に押し付けてしまった。あっけらかんと「じゃあよろしく」なんて笑うカガリと、後ろで申し訳なさそうにしてるマユを見比べたクルーは、少し苦笑して快くカートを引き取ってくれた。後で必ずお礼をしよう。
「マユはコーヒー飲めるか?」
「うーん、砂糖とミルクがあれば…」
「あははっ。砂漠の虎が聞いたら顔しかめそうだな! あ、アイツからコーヒー誘われても遠慮なくミルク入れろよ? コーヒー好きにとっちゃ美味いけど、慣れなきゃすっごく苦いから」
「はい。バルトフェルド隊長も砂糖とミルクは好きにしていいと言われました」
「なーんだ、もう誘われてたか。手が早いなアイツ」
カラカラとおかしそうに笑いながらも、カガリの手はテキパキとお茶の準備を進めている。手伝った方がいいかと迷ったが、仕草だけで何もするなと促されたためマユは大人しく席に座った。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
カチャリと差し出されるティーカップをお礼と共に受け取る。あのカガリ・ユラ・アスハから直々にお茶を入れてもらうなんて数ヶ月前まで思いもしなかったのに、今では普通に受け入れている自分がなんだか不思議だ。
「なんだ、砂糖とミルクは入れないのか?」
「入れませんよっ! 今日はチョコがありますから」
ニヤニヤ笑いながらヒョイっとチョコを摘むカガリと、揶揄われて頬を膨らませるマユ。
本当はミルクを入れたかった。でもコーヒーもブラックで飲めないお子様なのに、紅茶にまでミルクを入れてしまうのは気恥ずかしい。すぐには無理でも、いつかカガリ達のようにコーヒーをブラックで飲めるカッコいい大人の女性になりたいマユなのである。
出されたチョコレートは本当に美味しかった。そんなチョコレートを摘みながら交わされる会話はなんてことない話題ばかりで、だからこそとても心地よい。
キラが軍服の階級章を左右反対に付けてた。バルトフェルドが有志を招いてのコーヒー研究会を開いていたらしい。スカイグラスパーのシミュレーションで自己最高得点を更新した。今度の買い出しは大きな街でする予定なのでマユも一緒にどうか。ラクスが通路で歌っていたのは恐らく新曲だと思う。次から次へと溢れる些細で取り留めもない会話の数々。
余暇をひとりで過ごすのは苦手だ。
色んな事を考えてしまい、動けなくなる。
家族のこと。故郷のこと。恩人のこと。学校の同期たち。コックピットの電子音。撃ち落とした敵機の爆発。引き金を引いた自分の指。銃口を向ける敵のモビルスーツ。抉られた地面の土。もう無い片腕。消毒薬の臭い。病院のカーテン。
取り留めのない思考が脳を絡め取って、体が鉛のように重くなってしまう。そうなると動けない。だから寝る時以外はなるべく体を動かし頭を別の事で満たしていたいのだ。
でも、こうやって誰かと穏やかに過ごせるのなら余暇も悪くないのかもしれない。カガリも多忙だから頻繁にはお茶できないだろうけど。けれどそういう時にはキラやラクス達が声をかけてくれるのだ
――大切にされてるなぁ。
ひどく、そう思う。
そしてそれが嬉しい。
「そうだ。今度ラクスが厨房借りてお菓子作るんだってさ。マユも一緒にどうだ?」
テレビの中の存在だったお姫様が、こうして目の前で笑っている。
「はい、喜んで。とっても楽しみです」
守りたいもの。今のこの時間がそれなのだ。
そのためなら、マユはどんな戦場だって戦える。
「うん。またお茶しような。今度はみんなで」
もう二度と失いたくない。
理不尽に奪われるなんて許せない。
「はい。また、みなさんで、一緒に」
こんな当たり前の約束を守りたいから、マユはこれからも、何度だって、戦場へと走り出せるのだ。