お花メンタル宮

お花メンタル宮



「ただいまユッキー」

今日も陽が落ちるまでレオの練習に付き合って帰ってきた。もうそろそろ次の試合もあるので気合が入っている。

息を吐きながらに靴を脱いで玄関を上るが、ウチのお花の気配がしない。

「…ユッキー?」

最近元気が回復してきたようで、挨拶に対して返事してくれるようにはなってきたのだが。今日はどうやら物静かなお花みたいだ。

チラ、と定位置を覗くとやはりあの時みたいな落ち窪んだ目をしていた。

「な、ぎくん」

どうにか俺の名前を呼ぶが、顔を上げるだけの気力はなかったようだ。このままではユッキーが枯れてしまう、と思った。

どうして?水をあげすぎた気はしないし、気温や湿度も大きく変動していない。

「なんかあったの?」

ベッドサイドに腰掛けて動かないユッキーの前に、俺はかがみ込んでその目を見る。返事はない。

この際原因などはどうでもよい。しかし、ユッキーが枯れてしまうと俺はまたいつか声の出し方を忘れるから困る。

とりあえず俺は冷蔵庫からウィダーを出して、ふたを開けてその右手に握ってもらう。

すると、すぅと口にそれを持っていって自分から飲むのだ。お腹も空くよね。

長時間座ってたら体も痛いよな。そう思って、飲み終わったウィダーのゴミをユッキーの手から優しく取り上げてポイと捨ててから、その肩口をちょっと押す。

寝転がってくれという俺の意図を汲んで、ユッキーは体を倒した。右側に寄ってくれている、俺も寝ろということか。ではお言葉に甘えたい、が、シャワーも浴びたい。しかも俺もお腹空いたし。

うーん、と考えていたら、ユッキーは寝転がったまま俺の袖口を掴む。その顔はまだ疲れ切っていて、感情はよく読めない。

「まーいっか」

ユッキーが俺に一緒に寝よってしてくれてんだし?別に明日ちょっと早く起きればいいだけだし?

俺は練習の疲労と柔らかな誘惑に負けて、ユッキーの隣に寝転がった。その手はまだ袖を離してくれない。赤ちゃんみたいだ。

ユッキーは思ったよりもしなきゃいけないお世話は多い。それでも不思議と、めんどくさいとは感じなかった。

そんなことを考えながら無感情な瞳を合わせる。普通、こんな至近距離で見つめられたら逸らしたくもなるだろうがユッキーはまばたきすらしない。やっぱりお花なんだな。だから、美しい顔だし、全然見ていて飽きない。夕焼けの空みたいにじぃと眺めているとほんのりとした変化がある。

近すぎて聞こえるユッキーの鼓動が一定で、それが子守唄のようで、俺はそのままベッドで寝落ちるのだった。

それでもいい、毎朝ユッキーが起こしてくれるので。


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