お友達でいてくれますか?

お友達でいてくれますか?


 その日、阿慈谷ヒフミは補習授業部の仲間達に「すみません。今日は早退けします」と伝え、荷物をまとめていそいそと部室を出た。アズサやコハル、そしてハナコも突然の申し出に驚いたようだが、何かを決意したようなヒフミの表情を見ると、何も言わずに送り出してくれた。
 ヒフミは仲間達に感謝し、トリニティ総合学園の廊下を早足に渡り、ティーパーティーの部屋へ急ぐ。
「失礼します!」
 入室に気合いが入りすぎたのか、つい大声になってしまった。踏み込んだ先にいたのは、驚いた表情でこちらを見ている桐藤ナギサ。
「ヒフミさん……?」
「突然ごめんなさい。ナギサ様に、お話があって参りました!」
 いつになく真面目な様子のヒフミ。ナギサは持っていたティーカップを置き、椅子から立ち上がる。
「私に、ですか?」
「はい……!」
 ナギサとヒフミはお互い歩み寄り、お互いの視線が重なる。ヒフミは一瞬、言葉に詰まったが、小さく呼吸をして切り出した。
「私、ナギサ様にどうしても言わないといけないことが、あるんです……!」
「どうしても……? なんでしょう……?」
 そんなに深刻な様子になるようなことがあっただろうかとナギサは思案するが、最近のことには思い当たる節がない。
「これを言わないと、私……自分で自分を納得させられなくて……だから……」
 ヒフミはひと呼吸おく。
「私は、ナギサ様が……ナギサ様のことが好きです……!」
 ヒフミの告白。ナギサは目を丸くした。ヒフミは勢いをつけるように続ける。
「わ、私……ここしばらく、ナグサさんに嫉妬してました……! ナグサさんに、ナギサ様が取られちゃったような気がして……! でも……ナギサ様は、ナグサさんと会うようになってから、どんどん明るくなって、それは嬉しかったんです……けど……」
 ナギサは衝撃を受けたのか、何も返答しない。ヒフミは自分を落ち着かせるように何度も何度も呼吸を交えて、必死に言葉を繋いでいく。
「気がついちゃったんです。私は……私が思ってる以上に、ナギサ様のこと大切に思ってるんだって。だから……どうして、私じゃ、ダメなんだろうって……! どうしてナグサさんなんだろう、って………っ!」
 必死さか、それとも込み上げて来る激情か、ヒフミの瞳に涙が浮かんだ。
「それで……ナグサさんにも、この前、つい意地悪を言ってしまって……っ………ごめんなさいナギサ様……! 私……私……っ……嫌な子でした……っ……! ナギサ様を、笑顔にできないのは……っ……ぅ……わ、私の至らなさ……なのに……! それなのに、ナグサさんに、勝手に嫉妬し、て……! 意地悪…っうっ……して……っ………ぅ……あ……ぁあ……! ナ、ナギサ様に……私……いっぱい……よ、よくしてもらっ……っ……なのに……っ…ぅうぁあ、ぁあああ……!」
 頬に流れてきた涙を袖で乱暴に拭う。最後まできちんと言わないと、という気持ちとは裏腹に、溢れだす涙はヒフミから言葉を奪う。告白と謝罪を、涙声と泣き声に変えてしまう。
「ヒフミさん………」
 ナギサは泣きじゃくるヒフミの言葉を静かに聞いていたが、やがて、その身体をふわりと抱きしめていた。
 抱きしめられ、ヒフミはとうとう言葉を完全に泣き声に上書きされ、ただしゃくりあげるままになる。
 ナギサは自分の責任だと強く感じていた。ヒフミを自分の中で特別扱いし、寵愛にも似た接し方をしていた。それなのに、今は……。
「私の方こそ、ヒフミさんの気持ちも考えずに……勝手でしたね……。本当に申し訳ありません。それは……ヒフミさんに決意させるよりも早く、私がやるべきでした……」
 いつもこうだ、と胸中で自分を責めるナギサ。いつも周りのことを考えているつもりでも、どこかで躊躇して遅れてしまう。そして遅れたことに言い訳をして、遂には裏切りにも等しいことを……。
 だが、ヒフミはそれを聞きながら、ナギサを抱きしめ返していた。言葉はないが、必死にすがり付くように。
「ヒフミさん、告白してくれて、ありがとうございます……嬉しいです。……。そして……ごめんなさい……」
 その言葉の意味を悟ったヒフミは、部屋中に響くような大声で泣き出した。
 せき止めていた、気が付かないフリをしていた思いが、悔しさが、全て泣き声と共に響き渡る。全て吐き出すように。
 そして、ナギサはその泣き声を自分の胸で受け止めた。
 大切な人をこんなに泣かしたことを、誰よりも重く受け止め、胸の奥に刻みつけながら。


 どのくらい泣いていたのか、ヒフミにはわからない。こんなに泣きじゃくったのは久しぶりだ。けれど、胸につかえていたものは、もう無くなっている。
「ナギサ……様……」
「はい……」
 泣き終えたあとも、ヒフミとナギサはしばらく抱き合っていた。ナギサの胸の奥に、ヒフミは顔を埋めながら言う。
「私……ナグサさんに、謝れますか……? まだ、ナギサ様に、何かしてあげられますか……? まだ、ナギサ様の笑顔のために……何かできますか……? 」
 もう、ヒフミの中にはナグサへの嫉妬は殆どない。あるのは、大好きなナギサの幸せのために、何かをしたいという気持ちだ。
 ……優しい子だ。そして、自分なんかより、ずっと強い。改めて、ナギサはそれを痛感した。
「はい、できますよ……きっとできます。私の方こそ、ヒフミさんとこれからも……仲良くできますか……? お友達で、いてくれますか……?」
「当たり前じゃないですか……! これからも……ずっとずっと……ずーっと……! 私は、ナギサ様のお友達です……!」
 ナギサも感極まった。静かに涙を流しながら、ヒフミを一層強く抱きしめる。

 ヒフミはこの日、一つの決意をした。
「ナギサ様の幸せは……私が守ります……!」

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