お助け怪奇概念

お助け怪奇概念


「まま、どこぉ?」


話は少し遡る。

その幼子は両親ともに散歩に出ていた。

辺りは何もない田畑の広がる田園風景。

隠れる場所は何もない。

何も危険は無いはずだった。


だが、出会ってしまった。

人智を超えた存在に。


一匹の小さな狐。

しかし、ただの狐ではなかった。

幼子はその狐を追いかけ、人が入ってはならぬ世界へと足を踏み入れる。

それは運命か、幼子は母と同じ道を辿る。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」

「おねえちゃん、だれぇ?」

「お姉ちゃんはねえ、貴女のママのお友達だよ!」

「ほんとぉ?」

「貴女のママのお名前、カツラギエースでしょ?」

「!、ままのおなまえ!!」

「貴女のお名前も当ててあげようか?」

「わかるの?」

「うん、わかるよ。貴女、みんなから"サンちゃん"って呼ばれてるでしょ?」

「うん!せいかいっ!おねえちゃんすごーい!」

「ねえ、おねえちゃんのおなまえもおしえて!」

「あー、私の名前か……。」

まずい、まずいなあ。

私の名前は教えられないんだよね。さて、どうしようかな……。

そう思ってた助け船がやって来た。


「おい、主。件の下手人、とっ捕まえてきたぞ。」

流石、私の眷属! いい時に来てくれた!

「おっきい!くろい!おっきなからすさん!」

この子は我が眷属の一人、羽黒の官九郎くん。

元は普通のカラスだったんだけど、修行して烏天狗になったすごい子なんだよ。

「ああ?なんだこの童。おい主、こいつが迷い人か?おい太刀に触れるな、

あぶねえだろ!」

「おっきい!まっくろ!かっこいー!」

「おい、ちったあ怖がれ!やけに胆力の有るガキだなこいつ。」

だってエースちゃんの娘だもん。あの子も豪胆だからね。


二人のじゃれ合いを見ていると、もう一人の子も戻ってきた。

「主、他に入り込んだ奴はいなかったよ。」

「わんわん!おっきいわんわん!まっしろ!ふわふわ!」

「この子が迷い人かい?……ああ、やめてくれ!そこ弱いんだ!」

「ふわふわ!かわいいー!おはなしできるのすごーい!」

この子は三峯の十蔵くん。

この子も元は普通の狼だったんだ。

いっぱい修行して神使になったんだよ。すごいでしょ。

あ、娘ちゃんに撫でまわされて目を細めてる。かわいい。


「さて、主。こいつが下手人だ。はぐれの管狐だ。」

そう言って竹筒を手渡してきた。

「ただのはぐれだからな。悪い奴じゃない。」

娘ちゃんを連れてきちゃったのは、この子かあ。

やっぱり小さい子って、こっちと波長が合いやすいのかなあ。

「そう、ならこの子もお使いにしましょうか。きっと役に立ってくれる

でしょう。」

「また増やすのか……まあ、好きにすればいい。」

さあ、管狐ちゃん、これから私の下で頑張ってもらうからね!


「おねえちゃんのおなまえ、あるじなの?」

撫でまわして満足したのか娘ちゃんは私の下に来た。お疲れ様、十蔵くん。

「!、そうだよ、私、あるじって言うの!」

「ねえねえ!おねえちゃんのこと、あーちゃんってよんでもいい?」

「良いよ!かわいいあだ名ありがとう!」


「さてさて、この子たちのお名前も教えてあげるね。」

「うん!おしえて!」

「まず、黒くて大きなカラスさん。この子はカラスのかーくん。」

「そして、白くてふわふわのこの子は、わんわん。」

「「何故そうなる!?」」

仕方ないじゃない、貴方達の名前は教えても良いんだけど、この子はまだ数えで

七つにも満たない。

人の子って、このぐらいまでは結構曖昧なんだよね。

私たちの世界と人の世界との境界が。

貴方達の真名を知るだけでもそのまま引き込まれて、帰れなくなっちゃうんだ。

だから、あだ名を教えるしかないんだよね。

あ、察して納得してくれたね。渋々だけど……。

「かーくん!わんわん!」

「そうだよ~。ね、かーくん?」

「……ガァー、ガァー。」

もう、少しはかわいく鳴いてよ。

「ね、わんわん?」

「ワン、ワン。」

うん、すっごい棒読み。まあ良いけどさ。


「それじゃあ、ママもパパも心配してるだろうし、一緒に帰ろうか!」

「うん!おうちにかえる!」

「君、ここから先は長い。俺の背に乗ると良い。」

「うん!わんわん、ありがとう!」

「ああ?てめえが乗せんのかよ!俺が手ぇ引いてやる!」

「これだから鳥目野郎は困る。幼子に歩かせる道のりではないぞ。」

「んだとっこの犬っころ!」

ああ、また始まった……すーぐ喧嘩するんだから。


「わんわんにのる!」

「ああ、それが良い。しっかり掴まっていてくれ。」

「うん!」

官九郎くん、しょんぼりしてる。口は悪いけど、結構かわいいところ

有るんだよね。

「かーくん、おててだして?」

「これでいいか?」

「うん!おててつなぐ!だからけんかはめっだよ、めっ!」

「……わかったよ。」

「そうだな。一時休戦としよう。」

うん、流石エースちゃんの子だね。仲裁ありがとう!

「それじゃあ、お家目指して、えい、えい、おー!」

「えい、えい、おー!」

「……お二人さん?」

「「……えい、えい、おー。」」

もう少し乗ってよ、もう。


四人で進む道。

ここは神様の通り道。

昔は土のデコボコ道だったんだけど、頑張って均して石畳をひいてみました。

えっへん。

十蔵くんの爪と肉球がちゃかちゃか、

官九郎くんの鉤爪がかつかつ、

私の下駄がからんころん。

三者三様の足音奏でて家路を急ぐ。


「君を乗せていたら思い出したよ。君のお爺さんも乗せたことを。」

「じいじのこと、しってるの?」

「ああ、知っているとも。お爺さんが子供の時に今日みたいな事が有ったんだ。」

「足を挫いて蹲っていたから、家の近くまで乗せて行ったんだよ。」

「そうなんだ!じいじたすけてくれてありがとう!」

「どういたしまして。」

「俺も思い出したぞ。お前の爺さんを飛んで送ってやったことをな。」

「かーくんもじいじしってるの?」

「ああ、知ってるぞ。あん時は大欅の梢でびーびー泣いてたな。

登ったはいいものの、降りれんくなったようでな。」

「優しいところ有るじゃないか、君。」

「大欅の爺が何とかしろってやかましいのでな。首根っこ引っ掴んで

下ろしてやったんだ。」

「大欅の爺様って話せるのかい?」

「ああ、話せるぞ。話が長げえから誰も話しかけんだけだ。」

「この間なんか、やれどこそこの花が咲いただの、どこそこで雛が巣立っただの

下らねえ話に二刻もつき合わされたぞ。」

「それはそれは。」

「おまけにその後は歌の詠み合いと来たもんだ。あの貴族かぶれめ。」

「雅な爺様じゃないか。世間話はご免被るがね。」

「だろ。」

そうなんだよねえ。大欅のお爺様、良い人なんだけど話が長いんだよね。

まあ、ずっと一人で同じ場所に立ってるからそうなっちゃうんだろうね。

今度は私が話相手になってみようかな。

「そんでよ、下ろしてやったら今度は俺の手掴んだまま離さねえんだ。

仕方ねえから抱きかかえて飛んで送ってやったよ。」

「優しいところ有るじゃないか。」

「ふん、俺は中途半端が嫌えなだけだ。」

「かーくんもじいじたすけてくれてありがとう!」

「ふん、大したことねえよ。」

二人とも優しいんだけどね、見た目のせいで結構怖がられちゃうんだよね。

娘ちゃんが懐いてくれたせいか、今日は機嫌が良いみたい。

いつもより饒舌だもん。


「ねーねー!みんなすきなたべものなあに?わたしはぷりん!」

「キビ団子かなあ。昔、村娘に貰ってから好きなんだよね。」

「俺は干し柿かな。百姓の娘によく貰ったもんだ。……ところで。」

「「ぷりんってなんだ?」」

「しらないの!?あまくて、ふわふわでおいしーんだよ!」

「甘いのか!?そらいい是非食ってみたいもんだ!」

「同じく。味わってみたいね。」

「私も好き!おいしいよね!プリン!」

「あーちゃんもすきなの!?ままのぷりん、すっごくおいしんだよ!」

「おうちにかえったら、みんなのぶんもたのんでみる!」

「ありがとう!」

「サンちゃんという名だったな?頼むぞ!」

「是非頼むよ、サンちゃん。」

「うん!まっててね、やくそく!」

エースちゃん、貴女の娘ちゃん、貴女にそっくり。

優しいところも、心が強いことも全部。




「聞こえる。人の声だ!」

「ままのこえ!わたしをよんでる!」

「よし、少し走るとしよう。しっかり掴まっててくれ。」

「わかった!」

「なら、俺も飛ぶか。サンちゃん、手ぇ離すぞ。」

「うん!」

「主、お前は遅い。俺が抱えて飛んでやる。」

「うん、よろしくね。」

さあ、もう少し!

聞こえるのは二人の体から発する風切りの音だけ。

楽しかったけど、今日はこれでお別れ。


「さあ、サンちゃん、このまま真っ直ぐ行くと大好きなママとパパに会えるよ!」

「あーちゃん、かーくん、わんわん!みんなありがとう!ばいばい!」

手を振り合い、別れを告げる。

私たちの仕事はここまで。

次、いつ会えるかな。




「おーい!返事してくれー!!パパはここだぞー!」

「サンちゃーん!どこだーー!ママはここにいるぞーー!」

「そっちさらってみろ!全部探せ!」

迂闊だった。

ほんの一瞬、ほんの数秒。

手が滑り、あの子の手を離してしまった。

それが、全ての間違いだった。

忽然と姿を消してしまったあたしの大事な娘。

あたしはバカな母親だ、母親失格だ。

溢れる涙をそのままに、当てもなく探し続けることしかできない。

村のみんなにも迷惑をかけちまってる。

どうか、無事でいてくれ!




「まま?」

「~~~~~~~~~~~!!!!」

畔の方から娘の声。

見つけた。あたしの大事な大事な娘。

声にならない叫びと同時に娘を強く抱きしめる。

「まま、ごめんなさい……」

「ごめんな、ごめんな!あたしが手離したから……。」

集まって来た村の衆に旦那達が頭を下げている。

あたしは何もできず、ただ娘を抱きしめ泣くだけ。

みんな、迷惑かけちまってごめんな。

旦那にも、父ちゃんにも、母ちゃんにも、村のみんなにも。

「あのね、あーちゃんがたすけてくれたの。」

あーちゃん?あーちゃんって誰だ?

「そいつはどんな人だ?」

「まっかなすかーとのおねえちゃん!ままのおともだちだって!

ままのことしってた!」

「それにね!おっきなからすさんと、まっしろなわんわんもいっしょだった!」

赤いスカートのお姉ちゃん?大きなカラス?白い犬?

この子は一体何を見てきたんだ?

あたしが突拍子もない話で混乱していると、旦那が先に動いた。

「熱は……無さそうだ!でも、念のため、後で病院に連れて行こう!」

あたしも思い出した。

小さい子は熱を出すと訳のわかんねえもん見ちまうって話を。

そうだ、まずは病院に連れて行かないと!

周りもざわつき、慌てふためくあたしたちを尻目に、父ちゃんがこんなことを

言い出した。


「そいつはここの土地神様とそのお使いだ!俺も昔、助けて貰ったことが

有るんだ!」

「みんなじいじのことしってた!」

「そうか、そうか!嬉しいなあ!」

娘の目線に合わせるように身を屈め、父ちゃんは続ける。

「じいじがサンちゃんぐらいの時にな、背中に乗せて貰ったり抱えて飛んで

貰ったんだ!」

「懐かしいなあ。あの時の景色は今でも夢に見るんだ!」

「わたしものった!すごいはやいの!ばびゅーんって!」

「そうかそうか!良かったなあ!」


父ちゃんの話でふと思い出した。あいつのことを。

いつだったかな?あいつが「私のお友達!」っつって白い犬とやけに

デカいカラスを連れてきたの。

あたし、確かにそいつらとも遊んでんだよな。

その時はただのペットか何かだと思ってた。妙に賢い奴らだった。

あいつ、もしかして……。

あたしは確かめるために、娘に問いかける。

「なあ、その"あーちゃん"ってどんな目してた?」

「きれいなおめめ!ままとおなじ!ままのすきなまっかっか!」

やっぱり、あいつだ。あたしの大事な幼馴染。

最近、全然顔を見せねえなって思ってたけど、そういうことだったんだな。

ありがとな、あたしの娘を助けてくれて。

「まま、みんなからのおねがいがあるの。」

「ん?なんだ?」

「あのね……。」

あたしの幼馴染たちからのお願い。

あいつ、あの時の事、覚えててくれたんだな……。

娘を無事に送り届けてくれたんだ。そんぐらい、直ぐにでも聞いてやるぜ!




そして後日。


「ついたー!」

「流石にきついなあ、年には勝てん……。」

「父ちゃん、無理すんなよ!」

あたしも母ちゃんも旦那もここに来るのは久しぶり。

「ここに来るのも久しぶりねぇ。」

「結納の時以来だなあ。」

それぞれ思い思いの反応。


「それじゃあ、お礼参りするか!」

父ちゃんに促され、娘から聞いて用意した供え物を供える。

ニ礼、ニ拍手、一礼。

最近さ、全然会えなくて心配してたんだよ。

いつも世話になりっぱなしだな。あたし。

娘の事、助けてくれてありがとな。

これ、あたしの手作りで悪いけど受け取ってくれ。せめてもの礼だからさ。

いつもありがとな。

お社から気持ちのいい風が吹き込む。

きっと、今も見てくれてるんだろうな。そんな気がしたんだ。

お参りを済ませると、父ちゃんが声を上げる。

「みんな、こっち来てみな!」

父ちゃんに手招きされ、お社の裏手に回ると……。


裏手に飾られていたのは、古びた板に描かれた絵。

「あーちゃん!わんわん!かーくん!みんないる!」

その絵に描かれたものは、真ん中に何かの舞を踊る巫女さん、その両脇に控える

白い犬と烏天狗。

名前の様なものも書かれているが、掠れて読めない。

みんなの本当の名は知らない。でも、みんなのことは知っている。

不思議な縁。


また来るからさ、また娘と遊んでやってくれないか?

次も何か持ってくるからさ。

みんな、ありがとな。




「全員帰ったな。」

「みたいだね。」

「エースちゃん、元気そうで安心したよ。」

エースちゃん達が帰った後、私たちは境内に顔を出す。

本当は会ってお話ししたいけど、あんまり人前に出るなって言われてるんだよね。神様って窮屈。

「早速、供えもん食ってみようぜ。」「そうだね、それがいい。」

ほんと、君たち正直だね。私も楽しみだけどさ。


風呂敷に包まれたお供え物の封を解く。

中身はあの子にお願いしたプリン。しかもエースちゃんの手作り。

「これが、ぷりんってやつか。卵豆腐みてえだな……なんだこれ!

めちゃくちゃ美味いな!」

「甘露甘露!実に美味なり!」

うん、おいしい。あの日、エースちゃんと半部こした時と同じ味。

二人も気に入ったみたい。お口の周りべちゃべちゃだよ。もう。

エースちゃん、今はここからあまり動けなくなっちゃったけど、

この子たちと一緒に見守ってるからね。ずっと。




エースちゃん、また来てね。

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