顔は好きだった

顔は好きだった


藍染の罠に嵌り現世に身を潜めていた俺達仮面の軍勢だが、この度数名は死神として復帰することを決めた。

俺はローズ達よりも一足先に瀞霊廷に戻り、五番隊の隊舎に荷物を置きに行くことにした。

護廷十三隊の顔ぶれもそれなりに変わっており、100年は死神にとっても短い年月ではないんやな、としみじみ感じる。

「ただいまァ。帰って参りましたァ」

執務室に居た五番隊第三席に声をかけると、

「ご無沙汰しております、平子隊長」

と返された。100年前は席間やっとったのに、早いもんやなあと呑気に構えていると、彼は続けた。

「…………え?隊長?」

「おう。まだ隊長違うけどな」

「失礼しました。変わりませんね……」

「現世では義骸に入っとったから成長するタイミングがなかったんやわ。そっちは老けたなァ」

「……お元気そうで」

「お前もな。また一緒に仕事出来るとは思わんかったわ」

藍染の使っていた仕事机に、持ってきた荷物を置く。

「良かったのですか?」

「何がや」

「隊長に復帰するというのは、その、娘さんは…」

「アイツと会うたんか!アタシは行かんけど、オカンは戻りたいなら戻りやって言われたらなァ。アイツもええ歳やし親離れさせんと」

「そうですか。失礼しました」

それ以上追及されることはなかった。

副隊長の見舞いに行き、少し歩いて回ると隊士達は俺達を見るなり少し固まっている。知っている顔は少なそうやな。

俺の名前は反死神集団のリーダーとして、試験に出題された事もあるらしい。そんな愉快な事実はない。

朽木ルキア奪還の際、一護達に混じって尸魂界へ殴り込みを掛けた娘の『仮面の軍勢は藍染の被害者』という涙涙の訴えが偉い人の耳に届いたかは分からないが、俺達は隊長として復帰する。

ちなみに、娘には伝えていないが俺の娘が藍染の娘である事は公然の秘密だ。野次馬が多少騒がしくともすぐに飽きて通常の死神生活に戻るやろうと踏んでいる。


隊首室は机と棚があるだけで、他には何も無かった。

「温厚な男なら前隊長の形見くらい残しとかアカンやろ。ナァ?」

「この部屋はすぐ使えるよう掃除はしています。藍染の自宅も別にありますが、調べましょうか?」

「冗談や。私物なんて全部持ってかれとるやろ。お前も仕事残っとるのに悪いなァ、俺はちょっと部屋の空気入れ替えるわ」

「わかりました。失礼します」

三席は仕事に戻ろうと扉に手をかけると、思い出したかのように振り返った。

「隊長。すみませんでした」

「今度はなんや」

「私は……私達は、あの人を尊敬していま、した……もう行きます」

「ん。執務室でな」

三席はそのまま部屋を出て行った。

「俺も頑張らなアカンな」

五番隊には藍染の傷が残り過ぎている。アイツを殺せなかったせめてもの償いで、少しでも隊の風通しを良くしていかなければならないと思った。

畳や襖の交換もしてくれているらしい。窓を開けると、冬とは思えない暖かな陽気が入り込む。

俺は部屋の隅に置いた大きなトランクケースを開き荷解きを行う。

藍染惣右介という男はどうしようもない大罪人だが、全てにおいて秀でた男だった。才能と実力と人望を持ち、その仮の姿は誰から見ても信頼の厚い男だった。

逆撫が居なければ俺も藍染の本性に気づかず、藍染を見誤る女で在ったかもしれない。

監視目的で側に置いた男と初めてセックスしたのはこの部屋だった。

普段からパーソナルスペースが狭い俺は、特に酒を飲むとマユリだろうが卯ノ花サンだろうが遠慮なく絡んでしまう。

この日もそうだった。先に拳西、白と酒を飲んでいた俺は、藍染とも2人で飲んでみようと思ったのだ。手取り早く親しくなるには、こちらの体を晒してやるのが一番効率がいい。とっととお前の腹も見せろ。そう思って執務室の扉を開けようとした。

『優しくします』

お互い酔っていたとはいえ、よくあんなことが出来たもんやと思う。

シラフで未通の処女に、あんなイチモツが入るはずがない。

痛みで騒ぐ俺の唇に舌を押し付けながら、ゆっくり時間をかけて最後まで繋がった。

『大丈夫ですよ、大丈夫……僕の形になっていってる』

『覚えてください』

本当に中までいっぱいに満たされている感覚があった。

『ここまで入った。偉いですね』

何度か体を重ねる内に、俺の身体はいつの間にかすっかり作り替えられていった。

『僕はあなたを好きなんでしょうか』

俺達は上司と部下で、御敵だった。

価値観どころか趣味すら合わない。プライベートで一緒にした事など酒を飲むか、セックスのどちらかのみ。それも業務的な作業感が強かったように思う。

ただ、藍染はいつも快楽だけを与えるような抱き方で、全身で快感を訴えれば何も考えられなくなるほど気持ちよくしてくれた。顔がいい男は何をしても様になる、顔ええなァとぼんやり思った記憶がある。

俺の方が普段の立場は強いのに、セックスにおける経験値は埋まらず、いつまでも藍染のいい様にされていた。

中出し辞めろ、やや出来たらどうするんじゃボケ、と文句を言うと、

『それは困りますね、僕はまだ子供を欲しくないです』

と、真意の読めぬ笑みを浮かべた。

藍染の目的が何なのかわからないまま関係は続き、日々は終わりを迎えた。

藍染は一度も避妊をしなかった。しかし、生理不順気味の俺は排卵日をコントロールし、妊娠はしなかった。

裏切られたあの夜最後の辱めを受け、俺は藍染の子を妊娠し、現世で娘を出産した。

喜助や仲間の世話になりつつ、育てることが難しいこと、藍染への憎しみが消える事はないとわかっていても、堕胎することを選べなかった。

藍染の罪禍は、虚か死神かすら分からぬ胎児にまで及ぶのか。子には何の咎もない。俺は腹の子を、心の底から慈しんでいた。


藍染の乱は終息を迎えたものの、首謀者である藍染惣右介は崩玉の影響で不死となった為処刑には至らない。

救いなのは、二万年は顔を見ずに済む事か。仮に出所しても、アイツは俺や娘に興味なんて示さんやろけどな。

空を見上げると光に目がくらむ。

百年ぶりに見たけど何も変わらへんなァ

窓から差し込む光の帯を見ながらそんな事を思った。

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