お別れ

お別れ

前スレ190

アクアと過ごしてしばらく経った。自分で起きてちゃんとご飯も食べて外にも出てる。笑顔も増えてきた。元気になって本当に良かった。…ということは私の役目もそろそろ終わりが近づいてきたということだ。3日前、アクアに「なんか薄くなってないか?」と言われた。私の腕を見てみると透過していることが分かった。不安そうな目で見てくるアクアに私は「大丈夫よ!これぐらい!明日になったら戻ってるから!」と言って誤魔化した。何となく気づいた。私はもうすぐ消えるのだと。そして今日声がアクアに届かなくなった。いよいよ別れの時が近づいてくる。零時が回る頃には消えそうな感じがする。そんな予感を感じ、私は最後にアクアを一目見ようとアクアの部屋に入った。

「よいしょっ…と」

壁をすり抜けて入る。朝や昼間はここにいることがあるが夜に来たのは初めてで少し緊張する。ベッドではアクアが寝ていた。眉間にシワもなく穏やかな表情で寝ている。

(良かった、ここまで戻って)

心の中でそうつぶやく。そして…私は…周りに誰もいないか確かめる。どうせ見えていないがこういうのは雰囲気が大切だ。

最期に…触れれなくても…キスの真似事がしたい。生前素直になれなかった自分へのちょっとしたご褒美だと言い聞かせながら、職業柄キスシーンなんて何度も撮ってるからこれぐらい誤差だと言い訳しながら、私はアクアへ顔を近づけていく。10cm、5cm、…あと少しだ。あと少しで唇を重ねられる。しかし後1cmというところで踏み止まってしまってできなかった。ヘタレなのか、どこかずるいと思う気持ちがあったのか、やはりこんなことしても虚しいだけだと思ったか、あるいは全部か、残念な気持ちもあるがこれも私らしいかと気持ちに整理をつける。

気持ちを整理した私は声が届かなくなったあーくんに語りかける。

「私ね、役者ができて満足だけどね、それでももっと他の道があったんじゃないかと思うこともあるんだ。アイドル一本で行く道、全然関係のない仕事をしていく道、普通の家に生まれて、普通の生活をする道、たくさん食べる道っていうのもあるわね。」

「…それでも、転生したあーくんの前で言うのは変かもしれないけど…何度生まれ変わってもあーくんを好きになる。」

「ありがとう、あーくん。」

「さよなら。」


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