お兄ちゃんと一緒(エラン様編)

お兄ちゃんと一緒(エラン様編)


エラン・ケレスは悩んでいた。普段のドヤ顔が行方不明になるほどに真剣に。事情を知らない人間が見れば、深遠な問題について思考の海に埋没しているように見えるだろう。だが実態は全く違う。かいつまめば、スレッタがよそよそしいということをつらつらと考えていた。割とどうでもいい(本人的には一大事)ことを考えていても様になるのだから、イケメンはお得である。まあそれこそどうでもいいことであった。


ある日のこと。エランはスレッタにあるお誘いをした。もちろん断られることなんて1ミリも考えていない。

「スレッタ、今日は俺と一緒に寝るよな?」

「や!」

「そんなこと言って、俺と――」

「いや!!」

え?なんで?と事態が呑み込めず茫然としていると、そばにいた4号が無表情で補足する。

「前に君と一緒に寝たとき、涎をかけられたから一緒に寝るの嫌って言ってたよ」

「え……?」

「君の寝相の悪さは僕もどうかと思う」

ねえ?追い打ちする必要あった?しかし、4号が言っていたことは本当だったようで、あれからスレッタとは一回も一緒に寝れていない。ついでに寝相の悪さも全く治らず、どうしようもない。

また別の日には。よそよそしさの原因は呼び方にあると考えて、訂正しようと躍起になっていた。

「エラン様」

「けれちゅ」

「エラン様!復唱!」

「けれちゅ!」

なんでだよ、けれちゅどこから出てきたんだよ。というか頑固だな?

頑ななスレッタをどうしたものかと頭を捻っていると、台所に置いてある青々としたキャベツが目に入った。試しにキャベツのことはどう呼ぶのか聞いてみる。

「スレッタ、あれはなんだ?」

「けれちゅ」

……もしかすると、緑色のもの全般をけれちゅと思っている?それはあいつらの判別はついてるから成り立たないのだが。

「キャベツだよ、あれは。で、俺は?」

「きゃべちゅ」

違うだろ!ケレスだよ、俺は!

その後、なんとかけれちゅ呼びに戻せたが、当初の目的である呼び方の訂正には至らなかった。


苦い記憶がよみがえる。だが、それも今日までだ。何故なら俺には秘策がある。早速一人で退屈そうにしているスレッタに誘いをかける。

「なあ、俺と一緒に楽しいもの、見てみないか?」

「けれちゅとたのちい?」

「おう、とっても楽しいぞ」

堂々とした態度でドヤ顔をしてみせれば、スレッタは疑う余地もなくホイホイとついてきた。

ソファに陣取り、テレビの電源をつける。スレッタは膝の上に乗せて、予め選んでおいた映画を映した。


しばらく後――。

「びゃああああ!!こわいいいいぃぃ!!」

楽しいは楽しいが、映画のジャンルはホラー映画だった。スレッタは画面で何か動くたびに面白いほどにびっくりして、エランはそんなビビり散らしているスレッタを見て、ニヤニヤと笑っている。もっぱら映画自体より、スレッタが驚く様子を見て楽しんでいるようだ。性格の悪さここに極まれりである。

なんとか全部見終わった後。スレッタはもぞもぞと落ち着きなく、エランの服のすそを握ったりぴったりと引っ付いてから、潤んだ目で恥ずかし気に懇願する。

「けれちゅ……トイレ」

「トイレ行きたいのか?行ってきな」

一人で行けるよなと膝の上から下ろしてやると、ペタリと床に座りこんでエランの足に縋りついてくる。

「や!!」

「でも、トイレ行きたいんだよな」

「やだああああ!!!」

遂に大きな目から涙がこぼれ落ちてきた。ひっくとしゃくり上げ鼻をすすっているスレッタを見てもエランはどこか楽し気だ。残念ながらこちらのエランも可愛いものはいじめるタイプだった。

「けれちゅなんて……な、ん……やだああああぁぁ!!」

「分かったって、トイレ連れていってやるから」

嫌いと言おうとして言えなかったんだろうなと、想像してにやけながら足元のスレッタを抱き上げる。スレッタはぎゅっと抱き着き、胸元に顔を埋める。そうしているといくらか安心するようだ。

「俺は外で待ってるからな」

トイレの前で声をかけると、スレッタは顔を埋めたままふるふると首を横に振っている。流石に個室に入ると狭すぎるので、扉を全開にしてスレッタから見える位置に立つ。不安そうな顔をしていたが、やがてしょろしょろという水音が聞こえてくる。ちゃんと用はたせたようだ。


その後もスレッタはぎゅっと抱き着いて離れなかった。お風呂も一人で入れそうになかったので、一緒に入った。お風呂に一緒に入ろうとすると、流石に恥ずかしがるのに体まで洗わせてくれるとは……ホラー映画に感謝だ。

お風呂上りに体が温まってウトウトしているスレッタを撫でていると、

「けれちゅとねる……」

あんなに嫌がっていたスレッタの方からおねだりしてきたのだ。俺は静かに歓喜した。あいつらがいない日を狙って決行して本当によかった。

ゆりかごのようにゆったりと揺らしてやると、胸元の熱はずっしりと重みを増した。そっとベッドに下ろし部屋の灯りを消す。お腹を一定のリズムで優しく叩いてやると、規則正しい寝息が聞こえてくる。スレッタの寝顔を堪能してから、エランも目を閉じた。やがて寝室に響く寝息は二つになった。

翌日の朝、涎を引っかけられたスレッタの嫌がる声で目が覚めて、ついでにしばらく口を聞いてもらえなくなったエランは別の話。

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