お互い様
正史ローと大分回復したIFローで、こんな会話もあったんじゃないかと思った結果のちょっとした話
正史ローは「ロー」、IFローは「“ロー”」と表記しています
午前4時
東の空が明るくなってきた頃、ローは目を覚まして時間を確認し、もう一眠りしようかと布団を被ったが眠気が何処かへと行ってしまったせいで寝付けず、現在船が浮上中な事もあり、一人甲板で風に吹かれていた
特に何をするでもなく、まだ暗い西の空を背にして柵に寄り掛かって水平線を眺めていると、船内への扉がキィと小さな音を立てて開いた
振り返ると丁度甲板に出て来た“ロー”と目が合った
「あ」
「よう」
挨拶らしい挨拶は無かったが、互いにこの程度の言葉で充分と思っているために言い直す事はしなかった
「隣、良いか?」
「構わねェ」
“ロー”が隣に立つと、二人は暫く何も言わずに水平線を眺めた
波の音と風の音だけが鳴る中、”ロー”が口を開いた
「ありがとうな、いろいろと」
「何だ改まって」
「いや、改めてそう思ったから」
ローがチラリと”ロー”の方を見れば、少しはにかみながら視線を下に、海へと落としていた
改まっての礼は言われる方も存外恥ずかしいと思うんだなと考えていると、”ロー”は言葉を続けた
「思えばこっちに来てすぐの時は、ろくに何かを考えるのも無理になってたな。それこそ、その日に着る服だって、あいつ等に幾つかに絞って貰わないと選べなかったし」
「あいつ等毎日楽しんでたけどな」
選択肢を与えられない日々にいたせいで些細な事すら自分で選べなかった”ロー”が、自分の意思で何かを選択した日にはクルー全員お祭り騒ぎだった
はしゃぎすぎてローに全員叱られていたのは良い思い出だ
「今ならもっと思った事を沢山言えそうな気がする」
「なら言ってみろよ」
笑って話す”ロー”にローがそう言い放てば、”ロー”は少し困惑した表情を浮かべた
ローは柵に肘を置き、頬杖をついて“ロー”を見詰める
「あるんだろ?『思った事』が」
ローは“ロー”で、”ロー”はローだ。世界線は違えど同一人物、完全一致とはいかなくても互いの考える事が何となく分かる
だからこそ何を考えているのかローにはお見通しだった
「あ、いやでも……」
「言えよ。そもそもここまで何の文句も言わない方が可笑しいんだ、内側にあるもん全部出しちまえ。そっちの方がスッキリするし、俺も逆に気を遣わなくて楽なんだよ」
ジッと、鋭い瞳で見詰められて”ロー”は視線を泳がせ口籠もる
暫くの間互いに何も言わずにいれば、漸く決心が着いたらしい“ロー”がゆっくりと口を開いた
「……コラさん」
「……」
「コラさんの、本懐を…あの日ちゃんと遂げられたお前が、凄いと思った……けど、それと同じくらい羨ましいって……」
「あァ」
「腕があって…海賊も、医者も、どっちもやってるお前が……羨ましいなって……」
「そうか」
“ロー”の声が段々と震えていき、視線がどんどんと下へと落ち、頭が下がって表情が見えなくなる
「自由、に……コラさんが、望んだように……自由なお前が、羨ましい……」
「そうだな」
むせび泣く息づかいが聞こえてくる
肩が震えて強く握り締められた左手が“ロー”自身の額に当てられた
「何よりッ、何よりあいつ等が生きてて!笑って一緒に居るのが羨ましいッ!!狡い!!!」
「全員もう居ないのは分かってる!!死んだ奴は生き返らないのも分かってる!!」
「だから、だからせめて遺品だけはって…俺頑張ったんだ……頑張ったけど何一つ取り返せなかった……」
「何で…何で同じ俺なのに……何で俺には何も無いんだよ……!!」
その場にしゃがみ込んで涙で床板を濡らす程に泣く”ロー”に、ローは何も言わずに向かい合うように腰を下ろした
泣き続ける“ロー”の頭をポンポンと優しく撫でる
「……お前は、そんな状態でも生きて、生き抜いて俺達の所へ来て、今ここまで回復した。それは素直に凄いと思う」
突然の言葉に”ロー”は涙でグシャグシャになった顔を上げた
「お前だって、出来る、だろ……」
「多分な。だが、俺はあくまで『そうだろう』ってだけで、実際にやってのけたのはお前だ」
涙を左手で何度も拭うが、次から次へと溢れて止まらない
そんな“ロー”にお構いなしに話を続けていくロー
「片腕だってのに、最近は俺と良い勝負するようになってきた。正直何度ひやりとした事か」
「……」
「安静にしてろつってんのに勝手に責任感じてあれこれしようとしやがって。良いか?責任だろうと罪悪感だろうと抱くのはお前の勝手だ、止めようなんざこれっぽっちも思わねェ。けどな、そのせいであいつ等に迷惑かけてる場合もあんだ、自覚しろ」
「うっ……」
「それと……」
それまで勢い良く話していたローが突然口籠もる
どうしたのかと”ロー”が小首を傾げると、ローの視線が泳いで苦虫を噛み潰した様な、だがそれ以上に恥ずかしそうにしながら、帽子のツバを掴んで下げる
「それと、その……あいつ等の、話題が、お前の事ばかりなのは……まァ、少しばかり……羨ましい…と思わない……事も、ねェ……」
顔を隠しているが、それでも隠れ切れていない耳が赤く染まっている
少しの間固まっていた“ロー”だったが、いつの間にか涙が止まっていた事に気が付き、そうして次第に笑いが込み上げてきた
ローがツバを少しずらして睨んでくれば、”ロー”は軽く謝った
「でも、うん、スッキリした。ありがとうな」
「……あァ」
いまだ恥ずかしそうにしているローは舌打ちしながら帽子を戻す
「腹が立ったからお前には近い内に嫌がらせしてやる」
「な!?だ、だったら俺だって……!」
互いに睨みを効かせていたが、段々と可笑しくなって二人して笑ってしまった
いつの間にか登っていた太陽の光を反射して光り輝く波に乗って、二人の笑い声が運ばれて行った
余談だが、その日の朝食で早速握り飯の具を苦手な梅干しに入れ替えるという嫌がらせを行ったローだったが、“ロー”も同じ事を考えていたせいでいつの間にかローの握り飯も梅干し入りにされており、同時に梅干しを食べて撃沈するのだが、それはまた別の話