おウタの稽古
ワノ国 九里ヶ浜の砂場にて『おウタ』ことウタは2つの悩みに直面していた。
「うーん...こんな曲調じゃ駄目だよね」
麦わらの一味は現在ワノ国で潜伏を行っており各々が国に溶け込むように得意分野を活かした生活を送っているがここでウタに問題がある。
「ワノ国の音楽って外の音楽と比べて独特というか...私の持ち曲が浮いちゃうなー」
歌が最大の持ち味であるウタは流しに扮していたがワノ国の音楽に触れていくうちに自分が聴いてきた音楽性とは全く異なる曲調で纏まっており、このままワノ国で音楽を披露すれば周りから浮いて目立つ危険性が十分に高まってしまう。
そしてもう一つの悩みは
(何とかしてトットムジカを使いこなせるようにしないと...)
麦わらの一味がワノ国に来た最大の目的である百獣のカイドウが率いる百獣海賊団を討ち倒しワノ国を解放する事。
四皇の一角を担うカイドウの軍勢と正面から戦う為には必然的にトットムジカの力が必要になってくるがウタはトットムジカを完全に制御する術を未だに身につけていない。
「はぁー...今のやり方じゃこいつを制御することって出来ないのかな」
「ではこの手の問題に詳しい専門家にご教授するのはどうでしょうか?」
「それも一つの手かなー...ん?」
聞き慣れない声と会話したウタは思わず後ろを振り向いたがそこには誰もいなかった。
「え?今の誰?」
「私です」
「キャアアアアァァァ!?」
急に前方から現れたその男は癖毛をウタと同じく片目を隠すような髪をした怪しい風態の男だ。
「だ、誰アンタ!?」
「見ての通り怪しい流しです」
「自分で怪しいって言うんだ...って流し?」
「えぇ私はおこぼれ町でしがない寄席を営んでいるものなのですがふと散歩をしてたら澄んだ歌声を聴こえたものでして、どうでしょう、ぜひ私の寄席においでなさっては頂きませんか?」
「おいでなすって急に言われてもなぁ...」
「もちろんただでとは言いません、見たところ貴女にはこちらの音楽の勝手が分からないとお見受けられます。ぜひ私にご指導させて貰えないでしょうか...それから貴女に巣食う『物の怪』との付き合い方も助言出来ます」
「...!!」
〜〜〜
寄席『蜂』
おこぼれ町の一角にある水ぼらしい内見が目立つ寄席ではあるがこの場を訪れたウタはその内見を見て別の意味で目を見張っていく。
(この寄席、見た目はボロボロのようで空気の入れ替えが充分行き届いてて音響と防音もしっかりしてる...エレジアの大ホールに負けない設計になってるかも)
「えれじあ、という所は存じ上げませんが将軍オロチや百獣海賊団に目をつけられぬようそういった配慮をしてるつもりです」
「...さっきから思ったんだけどアンタ見聞色で会話してない?」
「なるほどそういった知識はおありでしたか。...さて」
そう畏まる男は座布団を2枚舞台に敷き男とウタが向かい合わせの状態にして三味線を構える。
「せっかくですのでまずは一曲お付き合い下さい、話はそれからにしましょう」
「分かった、他の流しの人の歌をこんな間近で聞くのはないからね付き合ってあげる」
「ありがとうございます...ではお聞き下さい【死神】」
〜♪〜♫
「くだらねえ いつになりゃ終わる?
なんか死にてえ気持ちで ブラブラブラ
〜〜〜
「...ご静聴ありがとうございました」
「・・・」
「どうしました?」
「...え!?あぁ、うん!とっても良い歌だったよ!」
たははと作り笑いをしてる裏でウタの内心はそれどころではなかった。
...凄い。
歌を聞き終えたウタが抱いた言葉はたった3文字の言葉だ。
歌詞に綴られる物語を高い歌唱力で聞く人を流しの男の世界に引き摺られようと思わせる高い技術力。
...もし彼が鎖国状態のワノ国を出て様々な音楽を学びそれを活かした曲を発表していたら。
...今の自分の実力では彼の人気に越されるかもしれない。
一歌手としてのプライドを持ってるウタが無意識に手にした"敗北感"
それを自覚したウタは両手の手のひらに爪が食い込む程強く握りしめた。
「そんなに自分を追い込まずとも、貴女の歌はとても素晴らしいですよ」
「...慰めの言葉なんて良いよアンタは私より凄い。それは私が一番自覚してる」
「...お褒めに預かり恐縮です」
深々と頭を下げる男に対してウタは素朴な疑問を問いかける。
「ねぇなんで私に声を掛けたの?本当にただ私に歌を教えたいとかそれだけの理由で?」
「...そうですね」
そう呟くと男は上を見上げ何処か遠い目をしていた。
「実は今から数年前私はある旅人とお会いしたんです、彼が語った人々の中にふと貴女に重なり合うものがありまして...これも一つの縁という事で失礼ながら貴女に声を掛けたのです」
「・・・」
「さて、最初の話に戻りましょう。貴女の心に巣食う『物の怪』について」
「...トットムジカ」
「その『とっとむじか』なるものですが私が感じた所それは一国を傾けさせる程の祟りを引き起こすものだと思いますが?」
「合ってるよそれで」
「ふむ...失礼ですが貴女はその物の怪を只の力としか見ていないでしょうか?」
「...どう言う事?」
「私は空想の存在や伝説を自分なりに解釈して歌を作っていく手法をとっていますが、そのとっとむじかが理由もなく祟りを振る舞っていないと私は考えています」
「理由も...無く」
そう呟くウタは頭に思い浮かぶトットムジカの楽譜を感じ思惑を重ねた。
(...私はトットムジカの事を上辺の力しか見ていない?...もしトットムジカに心があって私がそれを理解出来るようになれば...ルフィと、皆の助けになれる...!)
決意を帯びた目になるウタを見た男は改めてウタに提案を持ちかける。
「どうします?私の元でワノ国の調べを学び内なる物の怪を御する術を身につけますか?私は貴女の意思を尊重します」
「...やります。やらせて下さい!私は歌手として...大切な人達の為にもっと高みを目指したい!お願いです、私に稽古をつけて下さい!」
「...請け負いました、私で良ければお力添えになりましょう」
「...あ!そういえばお互いの名前聞いてないじゃん!私は『おウタ』アナタは?」
「コメヅ...『コメヅ玄師』と申します。早速ですがおウタさん貴女に我が家に伝わる歌を教えていきます、良いですね」
「はいコメヅさん...ううんコメヅ先生!宜しくお願いします!」
来たる百獣海賊団の討ち入りに向けてウタの稽古が始まっていく、仲間と友達の未来を掴む為に。