おれのこども③
出産がこの概念の醍醐味なんだけど書けるかな〜〜がちゃんと鍵の開く音に、黒名はふわりと顔を明るくする。
「おかえり、おかえり」
扉の向こうから現れた筋骨隆々の異星人に手を振り、そのままその手を自分の腹に当てた。
「またさっき、動いた、動いた。」
黒名の言葉に彼はほとんど反応を寄越さず、部屋に入ると手に持っていた掃除用具で小さい部屋の床を、特に黒名の周りを掃除し始めた。
黒名は動かず(というか動けず)、時々"ダーリン"に優しく持ち上げられて下を掃除してもらいつつ、じっと掃除の一部始終を眺めていた。地球の技術じゃない謎の機械で床がどんどん綺麗になる様が面白いのと、何より。
掃除が終わったら、食事の時間だからだ。
「終わったか?」
黒名の問いに彼は頷いて、機械を入口のところに置いてから黒名の方へ近づいてきた。
……一つ歩を進める度に、中心にぶら下がっていたものがびきびきと脈打っていく。黒名は生唾を飲み込んで、その変化に釘付けになった。その反応は性欲によるものではない。生存本能だった。
屹立したそれが黒名の眼前に到着すると、紺と緑が混じったような色の手がその熱芯を握って擦りだした。黒名は口を開けて、先から"餌"の出るのを大人しく待つ。迎える形で突き出した舌から止めどなく期待の交じった唾液が垂れるが、口を閉じることはしない。自分のために、いや、自分"たち"のために、大事な栄養を零すようなことは出来ない。
無機質な手の動きは段々と早まっていって、脈動が大きくなっているのが見た目からも分かった。期待に湧く唾を半ば嘔吐くように飲み込み、黒名は大人しくそのときを待つ。
やがて、先走りの量が増え垂れ、一層手の動きも激しくなった頃。
黒名の小さい口に、亀頭がはめ込まれた。同時に、勢いよく喉へ向かって精液が噴射される。
黒名は尖った歯で噛まないように必死に口を開けながら、その栄養を嚥下した。くれぐれも気道へ入らないよう、息を止める。どこかざらざらしたそれが食道を通って腹へ収まる感覚と、口へ広がる甘い芳香に黒名は安堵して息を漏らす。すっかり飲み込むのも上手くなった。
「ん、ご馳走様」伝わらないと分かっていながらも律儀に礼を告げ、口から抜けたそれを掃除する。
「……」彼はやはり何の返事も寄越さなかったが、足の隙間に顔を埋めた黒名の頭をそっと撫でた。黒名は驚きつつも嬉しくなって瞳を緩める。
突如始まったあの地獄みたいな鬼ごっこから、黒名がこの子を宿してから、しばらくが経った。もちろん一度も建物の外どころか、この小さい部屋の外にすら出れていない。鬼ごっこの最中バラバラに別れてしまった潔や、黒名を庇って先に捕まってしまった氷織や雪宮の身を案じながら、黒名は灰色と"主人"しかいない世界で腹の子の誕生をただただ待っていた。
一日のルーティンは簡潔だ。鍵の開く音で起きて、掃除を眺めたあと、食事を貰う。食事は時間を空けて3回くらい。時々求められて身を差し出すが、腹の子が大事なのか当初のような乱暴なことはされない。食事と食事の合間に部屋で一緒にいる時とか、掃除で黒名をどかさなきゃいけない時なんかはすごく丁重に扱われている。部屋には大抵鍵が掛かっているので他の奴が入ってくることもない。娯楽が全くない以外は、すごく平和な空間だった。
精液がご飯になる仕組みは全く分からないが、妊娠して以来栗の花の香りは感じなくなってむしろスイーツみたいな甘い匂いがするし、味も同じように甘く、飲み込んだあとは身体が軽くなって空腹になることもない。別に困ったことはない。
黒名はそれなりに幸せだった。
「……いつ産まれるんだろうな」
黒名は誰にともなくぽつりと呟く。なんとなく、そろそろな予感はしている。腹を蹴る間隔も狭くなって力も強くなっているのと、それから、母親の勘的なやつだ。
「楽しみ、楽しみ」
どんな子が生まれるんだろう。あんまり俺には似ないんだろうか。抱き抱えられない大きさだったらどうしよう。
「……」
まぁ、それはどうでもいいな。
「♪……〜♪…。♪〜」
小さい部屋にうろ覚えなのか途切れ途切れの子守唄が響く。
__元気に生まれてくればいい。
そんな、素朴な願いの籠った子守唄が。