おやすみ。 #才羽モモイ

おやすみ。 #才羽モモイ


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「──っていうわけで! 私たちゲーム開発部による夜通しレトロゲームプレイ大会はっじまっるよー!

 今日は特別ゲストとしてセミナーの冷酷な算術使い・早瀬ユウカさんをお招きしてるよ!」

「えっと……ノアに言われたから来たけど、何この集まり?」


 いきなりゲーム開発部の部室に呼び出されたユウカは最初、わけがわからないって顔をしていた。そりゃあサプライズだし当然だよね。

 意識して普段より心持ちテンションを上げながら、私はユウカに精一杯笑いかける。


「言葉通りだよ! 今日は私たちゲーム開発部がたっぷりユウカのことを接待してあげる!

 だからその……ら、来月の部費の削減についてはなにとぞお慈悲を……」

「……あのねえ、そんなことできるわけないでしょ。

 ミレニアムのどの部活にどれだけ部費を割り当てるかは、セミナーの会計としてあくまで客観的かつ公平に判断しなきゃいけないんだから。

 そんな賄賂みたいな真似されたって無理なものは無理!」

「そんなー! そこを何とか! お願い! 神様仏様ユウカ大明神様!」


 オーバーアクションで両手を合わせて拝み倒す。

 なんだかんだで世話焼きなユウカのことだから、こうして困っている素振りを見せれば無下にはできないはずだ。

 ……なんて思って、今までずっとユウカに甘えてきた。


 だけど今日は……今だけは。

 私たちが、ユウカの支えにならなくっちゃ。


「こうなったら最後の手段……インペリアルゲーム開発部クロスだ! ミドリ、ユズ、アリス! フォーメーション開始!」

「わ、わかったお姉ちゃん!」

「お、おー!」

「はい! アリスはユウカを癒します!」


 掛け声と同時に私たち4人でソファに座るユウカを取り囲んで、その四方をがっちりと固める。

 私とミドリで左右を挟み、背後からユズが抱きしめる。そしてお膝の上にアリスがちょこんと乗っかる。うん、完璧なフォーメーションだ!


「ちょっ、なにするのよあなた達!?」

「言ったでしょ! 今日はユウカに天国を見せてあげるって!

 今から徹夜で私たちと一緒に地獄の名作レトロゲーム10選耐久! 全部クリアするまで寝かせないから、覚悟しておいてね!」

「天国なのか地獄なのかはっきりしなさいよ!」

「問答無用! たっぷり楽しんでいってね! まずは往年の名作SRPGから!

 いっくよー! それじゃ、ゲームスタート!」


 有無を言わせずゲーム機のスイッチを入れる。さあ、楽しいゲームの時間の始まりだ!

 相変わらず状況が呑み込めてない様子のユウカだけど、それでも何だかんだ私たちに付き合ってくれるあたり、やっぱりお人好しだなあって思う。


 ……ユウカへの接待っていうのは嘘じゃない。

 でも、今日この場を開いたのは、私やゲーム開発部のためじゃなくて。


 ただ単純に、ユウカのため。

 ほんのちょっとでも……ユウカが元気になれますようにって。


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 ……あの日。

 ユウカが……その、酷いことされてる動画が、ミレニアムのネットワーク中にばらまかれた日。

 悪夢でも見ているんだろうかって思った。


 こんなの何かの間違いだ。嘘に決まってる。

 ……だって、あのユウカだよ?

 いつも怒りっぽくて、お節介で、冷酷で無敵の算術使いで……それでも本当は優しくて、面倒見が良くて、最後まで私たちのことを見捨てないでいてくれて。

 口には出さないけど、みんな……私だって、ユウカのことが大好きで……私たちミレニアムのみんなのお母さんみたいな人で。


 そんなユウカが……身も心もぼろぼろにされて、泣きじゃくるユウカの顔がスクリーンに大写しになって……


 耐えきれずにPCの電源を落として、目を背けた。

 続きを見る勇気なんて、出なかった。

 ミドリも、ユズも、アリスも……みんな、同じ気持ちだったと思う。



 ……結局、犯人はすぐに捕まって制裁されたけど、それで時間が巻き戻るわけじゃない。

 先生やミレニアムのみんなに助け出された時のユウカは……まともに会話できる状態じゃなくて。

 本当に、見てられなくって。どうしていいか、わからなくって。


 ……あれから何週間か経って、セミナーに復帰したユウカはすっかり元気になった……ように見える。

 ただ……それからユウカは、あんまり怒らなくなった。

 やれ締切を守りなさいとか、成果を上げなさいとか、そんな風に私たちに口やかましく言わなくなったし、先生の無駄使いにぷりぷりすることもなくなった。

 やんわりと窘めることはあっても、前みたいにムキになって怒り出すことはなくて……


 前と比べて優しくなった、って言えば聞こえはいいけど。

 見方を変えれば人間味が薄くなったっていうか……無理して「今まで通りのユウカ」を演じているようにも見えて……


 ……こんなの、私が知ってるユウカじゃない。

 ほんのちょっとだけ、そんな風に思った。……思っちゃったんだ。


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 ……ノア先輩が言ってたんだ。

 本当に辛い思い出は、忘れようと思ったって忘れられるものじゃない。

 だから、もっともっと楽しくて幸せな思い出をたくさん作って、上書きしていくしかないんだって。


 だから……みんなと相談して、接待なんて名目でユウカを元気づけるために、このお泊り会を開いた。

 ユウカがほんの少しでも立ち直れるように。いつものユウカに戻ってくれるように。


 ……私たちはゲーム開発部だから。ゲームにはみんなを楽しませられる力があるって信じてるから。

 こんなときにユウカを笑顔にできなきゃ、私たちの活動に意味なんてない。

 絶対、絶対、ユウカを楽しませてみせる。



 ──そう思ってたのに。


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『……こ、殺せッ。はぁ、はぁ……』

『死に損ないの分際で命令するつもりか! よぉし、この女はおまえたちにくれてやる。好きにしろッ!』

『さっすが~、××様は話がわかるッ!』

『さわらないで……お願い、やめて……』


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 ──バン!


 ……気がついた時には、ゲーム機のリセットボタンに掌を叩きつけていた。

 ノイズと共に画面が暗転して、旧式のブラウン管テレビの画面はまっくらになる。


 ……失敗した。

 こういうシーンが出てくるゲームだってことを忘れてた。

 全年齢のゲームだし、直接的な描写があるわけじゃない。昔プレイした時はそれほど深刻に考えてなくて、トラウマになるほどでもないって油断してた。

 でも、今は。今のユウカには……


「……もう、いきなりどうしたのよモモイ?」


 おそるおそる振り返ると、きょとんとした顔のユウカと目が合った。

 取り乱した様子もないし、ぱっと見はぜんぜん平気そうに見える、けど……


「で、でもユウカ……その……」

「えっとさ……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そんな腫れ物に触るように扱わなくたって大丈夫よ。別に平気だから。だって、ゲームはゲーム、でしょ」


 ユウカは苦笑いする。それが本心なのか、それとも私を気遣って言ってくれてるだ けなのかは分からない。でも……


「さ、それじゃ続きやりましょ。……今度こそ、さっきの人を助けられるといいね」


 なんでだろう。

 そう言ってくすくすと笑うユウカの笑顔が、まるで硝子細工みたいに見えて。ほんのちょっとしたきっかけで粉々に砕け散ってしまいそうで。

 だから私はそれ以上何も言えなくて……ただ頷くしかなかった。


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 ……知ってるんだ。

 あれから毎晩、ユウカがずっと悪夢に魘されてること。


「ひっ……やめて、やめてぇ! やだ、やだやだやだ……たすけて! たすけて先生! ノア……みんなぁ……」


 ……ほとんど夜明け近くまで続いたゲーム大会が終わって。遊び疲れたみんなが眠りについた後も、どうしてだか私だけは眠れなくって。

 無造作に部室の床に敷かれたお布団の上で、ぶるぶると震えながら涙を流し続けるユウカを……ただじっと見ていた。



 ──分かってたんだ。

 「ゲーム」じゃ「現実」は変えられない。


 私には、ユウカがどれだけ辛い目に遭ってきたのかなんて想像もつかない。……もしも私が同じ目に遭ったら、きっと耐えられないだろうって思う。

 だから結局、私には……私たちには、ユウカの苦しみを救ってあげるだけの力も、その資格さえもなかったのかもしれない。

 ……それでも。


「たすけて、だれか……だれ、か……モモイ」

「……ユウカ」



 ぎゅっと、ユウカの手を握る。

 ユウカのために、今の私にできることは、もう、それだけだったから。


「私は、ここにいるよ。大丈夫。ずっと、ここにいるから。もう、ユウカを一人になんてさせないから」


 優しく囁く。子供みたいに震えるユウカの頭を、何度も、何度も撫でてあげる。

 ユウカの息遣いが少しずつ安らいでいくまで、ずっと。


 ……おやすみ、ユウカ。

 せめて今だけは……ユウカがいい夢を見れますように。


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