おはようのキスです

おはようのキスです


 目が覚めると、そこは見慣れた寝室の天井。隣で眠る御陵ナグサの息遣いに、昨日の記憶が蘇る。
 自分の手をしっかり握っていた、白い左手を見つめ、その手の甲を愛おしげに頬擦りした。非力な手だと言っていたが、今の自分には、誰よりも頼れる手だ。
 同時に、手放したくないものでもある。いつまでもこの手に触れて、握れる立場でありたい。……そんな欲求がいつも鎌首をもたげる。
 いや……手だけじゃない。寝息と共にかすかに揺れている雪のような長い髪も、白いまつ毛に閉じた瞳も、右手の包帯以外何も身に着けていない身体も、ナグサの全てが欲しくなる。
「…………」
 いけない。額に手を当てて落ち着かせる。昨日の熱がまだ残っているらしい。肌にもナグサと触れ合った感触が残っているし、唇にも激しく求めあった感触が残っている。気を紛らわせようと時計を見ると、まだ起床時間までには余裕があった。
 このまま、もう一度寝てしまおうか、と思ったが、却下する。こんな状態でベッドに身を沈めてしまっては、理性が途切れて、隣で眠るナグサを襲いかねない。
 もぞもぞとベッドから這い出す。時間には早いが朝の準備をしよう。放り捨てた寝間着を拾い上げ、まずは洗面所へ……。
「ナギサさん……?」
 反射的に声に振り返る。いつの間にか起きていたのか、それとも自分が動いていたのを察したのか、ナグサが上体を起こしていた。カーテンから差し込む光が、彼女の白い髪と肌に反射している。長い髪があちこちにはねて乱れ、不思議な艶を放っていた。冷たげな容姿が、後光に照らされて神秘的にすら見えた。
 それが、桐藤ナギサが抑えていたものを呆気なく解放してしまう。
「……ん……っ」
 寝ぼけ眼のナグサは、近付いてくるナギサに反応しきれず、唇を奪われていた。
「おはようの、キスです」
 キョトンとするナグサにナギサは艶笑を投げかけ、持っていた寝間着を手放す。その手が次に掴んだのは、ナグサの左腕だった。

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