うちは立香
自分は落ちこぼれだった
家族の皆が持っている写輪眼も、皆が使える火遁の術も、俺は全く使えなかった
だからまあ、俺も周囲からはあんまり期待されなくて、でも冷遇されるわけでもなくて、家族みんなから愛されて育ってきた
だから——
「理由は分からないが、人類は滅んでいる」
その言葉を聞いた時、自分の何かが歪みかけた
お父さんは? お母さんは? お兄ちゃんは? 妹は? おじいちゃんは? おばあちゃんは?
全員、全員死んだ?
「立香君……? その赤い目は、一体……?」
認めたくなくて、信じたくなくて
それでも、取り戻せると聞いたから、俺は隣に立つ少女、マシュと一緒に目の前にある問題に向かって走り続けた
死にたくなかった。こんなところで終わりたくなかった
家族に会いたい。みんなと笑い合いたい。あの家に帰りたい
そう思って走って走って、走り続けて、特異点を駆け抜けて、多くの絆を結んできて
「あっ……あぁ……」
目の前に広がる光景に絶望する
持ち主を失った雪花の盾、俺を守って死んだ彼女の武装を
「あ、あぐ……あ、あぁ、あぁあああああああああああああああ!」
瞳から涙が溢れて止まらない。自分の脳が歪み捩じれていくのを感じる
心が悲鳴を上げて罅割れて、口からは慟哭ばかりが吐き出される
自分の無力さが嫌いになる。彼女を奪った敵が憎くて仕方がない
魔力が脳を視神経を辿り、瞳を作り変えて——本来の機能を解放する
「ほう……? その瞳は……いいだろう。貴様の気持ちは理解できる。その瞳でもって呪いをかけてみろ。それくらいは許してやる」
三つ巴の瞳は三つの棒が中心で重なる文様になっていた
自分の脳に今自分ができることが浮かび上がる。ああ、本当に強いじゃないか
「望むところだ……!」
瞳に力を籠め、彼女を奪った怨敵がいる空間を睨みつける。たとえ全身を削り取れなくてもいい。右腕くらいは持っていってやる……!
「神——」
「いやいや、玉砕は君らしくない。そこはぐっと力を溜めておいてくれ。ていうか、雰囲気ちょっと怖くなったね! いや、うちはってそういうものらしいんだけど!」
術式を起動しようとした時、後ろから俺を支えてくれた人の声がする。ああ、今だけは、今だけは邪魔しないでほしかったのに
「ドク、ター……」
「うん、憎いんだろうね。悲しいんだろうね。大切なものを奪われて、許せないんだろうね。君の血統を知った時、僕は本当に驚いたよ。まさか、あのうちはの子が残ってしまったなんてと」
悲し気に俺を見下ろしてくるドクターが語りかけてくる
「うちはの血統は、抱いた負の感情が強いほどに強大に成長する。それは写輪眼と呼ばれる魔眼もだし、魔術の出力も、精度も、身体能力もだ。正直、君が強くなればそれだけ僕は不安になるしかなかった」
その彼の顔がふっと愛しいものを見る笑みに変わる
「でも、君は全く成長しなかった。悲しみを感じなかったわけじゃない。怒りを抱かなかったわけじゃない。多くの悲しみを前に、君は闇に染まらないように立ち止まり続けた。僕はそのことがとても嬉しかった」
そこまで言って、彼は身を翻して敵に、ゲーティアに対峙する
「さて、魔術王の名は要らないと告げたな。ならば、名乗らせてもらおう」
手袋が外され、隠されていた指輪が明らかになる
それはソロモンが、ゲーティアが持っていた指輪と全く同じものだった
彼の姿が大きくぶれ、全く違う姿へと変化する
それは、その姿は
「我が名は魔術王ソロモン。ゲーティア、お前に引導を渡すものだ」
さっきまで戦っていた、魔術王の姿だった
——神に奇跡を返還することで、ソロモンは英霊の座から消滅した
彼に勝利を願われ、頼もしいマスターに育ったと喜ばれ、未来の行き先を託された
ああ、悲しい。悲しいんだ。胸を、喉を掻き毟りたくて仕方ない
だけど、だけど——ドクターの、マシュの、カルデアの皆の、英霊たちの信頼を裏切りたくはなかった
「…………」
何も言わず、召喚術式を起動する。怒りのままに振るうのではなく、託して消えていた人たちのために、瞳の力を強める
「勝負だ、ゲーティア」
あの人たちが信じてくれた俺であるために。今ここで、お前を討つ