いとしい子は旅すらできぬ

いとしい子は旅すらできぬ



仁王立ちの幼い女の子と諦観の面持ちの黒猫という取り合わせは、なんというか一言で表すと珍妙だ。

抱えるというより持ち上げて引きずるといった有り様で運ばれている夜一さんは、見たことのないような全てを諦めた顔をしている。

「撫子サン、夜一サンが引きずられてるんスけど」

「あたしが夜一さんをだっこしとるの!」

「無駄じゃ喜助、言っても聞かん」

動けるようになってからの撫子さんは少し前まで床に伏せていたとは思えない程に活発で、時々別の意味で命の危険を感じる。

今は外に自由に出かけられないからいいが、そうでなければ好奇心のまま動いて馬にでも蹴りあげられかねない。

少なくとも犬に手を出して噛まれたり猫に手を出して引っ掛かれたりは確実だろう。特に猫は追いかけそうでもあるので危ない。

なにせ最近の遊び相手のお気に入りは夜一さんで、それはもう妬けてしまう程にベッタリなのだから。

「夜一さんおもたい!」

「重たいなら下ろしてくれんか」

「あたしは力持ちやからおもたくても平気や!」

「そうか……」

ずりずりと黒猫を引きずりながら運んでいく姿はとても力持ちには見えないが、否定したところで妙に達者な口で言い返されるのが目に見えている。

間違いなく母親である平子さんと、あとひよ里さんに似た口の回りかたを見ると今から将来が少し恐ろしい。

そんな風に将来を考えられるようになったのも最近のことで、それがあるからボクたちはこの小さな子供に殊更甘いのだ。

夜一さんですら引きずられるのを仕方がないと受け入れる程度には、大人たちは揃って甘やかしている。

「おや、撫子殿は今日は夜一殿と遊んでおられるのかな?」

「テッサイさん!あたしはね、夜一さんをだっこしとるの!」

「ふむ…………ではこの私のたかいたかいなどの誘いは今はお邪魔ですかな?」

「えっ!やってくれんの?天井さわれるかなぁ」

放り出された夜一さんはとぼとぼとした足取りでこちらに歩いてくると、疲れたと言いたげにぱたりと横に倒れた。

名前を呼んでみても尻尾を一度二度と先の方だけ動かしただけで、その後は疲れきったように動かない。

「今日は随分と夜一サンにご執心でしたね」

「……まぁ、仕方ない。あれも成長しとるんじゃろう」

「確かに、少し前までは夜一サンを持ち上げることもできなかったでしょうね」

「今も持ち上げられているかは怪しいもんじゃ」

よっこいしょと聞こえるような動きで立ち上がった夜一さんがこちらへ少し歩いてから、置物のようにきれいに座った。

鉄裁さんに抱き上げられてきゃらきゃらと笑っている子供を少し眩しそうな顔をして見上げてから、なんとなくボケッとそれを眺めていたボクに向き直った。


「子供というものは、自分も出来るのだと世話をしたがる時期があるもんじゃ」

「あぁ、それで急に抱っこするなんて言って」

「……あの娘は、他の子供と接する機会などないからな」

「そう……そうッスね」

満足に動けなかったのもあるし、なにより産まれたときから隠されて育っているので子供どころか身内以外と接触したことがほとんどない。

賢い子なのでそれに不平不満を言うことはないが、やはりなにかしら思うところはあるのかもしれない。

弟や妹なんてものもあの子の両親を考えれば望むことはできない。それは父親違いだとしても変わらないだろう。

周囲の大人は可愛がるからこそ世話をしたがったとしても、今はまだ自由にさせようと思えないかもしれない。なにせ少し前まで死にかけていたのだから。

「色んなこと、させてあげたいんスけどね……」

「動けるようになったからこそ不自由が目につくようになるとは、皮肉なものじゃな」

「それでも元気でいてくれるのが一番ですよ」

「儂としてはお転婆が過ぎて困りものじゃ」

立って動き回れるようになったせいでそれまでは届くはずがなかったからと油断していたところを尻尾を鷲掴みにされた夜一さんは、前よりも少し高いところに腰を落ち着けるようになった。

それでも触ろうとするところで避けて転ぶことを心配して捕まってしまうのだから、ボクたちはまだ病弱な赤ん坊を忘れられていない。

「ねぇ!夜一さんと喜助見てた?!天井さわった!」

「儂も喜助も見とらん」

「なんで!見てて!」

「撫子サンならもう一回できますって」

かわいいわがままを言いながらじたばたと動く体を抱えた腕はびくともしない。それこそ運ばれる子猫のようにも見えた。

どうしてこう見ていて欲しがるのかは分からないが、これもなにかしらの子供らしさの発露なのかもしれなかった。

「もっかいやるからちゃんと見てて!」

「見とるから暴れるな、じたばたとしおって」

「そうッスね。夜一サンの方が抱っこ上手でしたよ」

「あたしもできる!」

口車にのせられてピンと足を揃えてじっとする姿に思わず笑いそうになる。本当に、なんとも言えず子供らしい。

そんな姿を見てこんなボクには資格はないかもしれないけれど願わくばもう少しの間は、なにも考えずに子供でいられればいいと無責任に願ってしまった。


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