いつの日か

いつの日か


仕事人間でわりと冷静な大佐とひたすら重いクザン

運命くんのアシストでそこはかとなく運がクザンに向いてるけど展開次第でどうとでもなりそう

コビメッポは友情





こうなるかもしれないことは予想していた。

周りが騒がしく動く中で、コビーはそっと下腹部をさすった。



ハチノスから無事帰還したコビーは、少しの休養ののち前線へと復帰した。

引退していたとはいえ、ガープが生死不明となったのは痛手だ。

使える戦力を出し惜しむ余裕など今の海軍にはない。

しかし、しばらくしてからコビーが体調不良に陥った。

強い眠気に、食欲の減退。

特定の食物だけしか喉を通らない。

その症状に思い当たることがあったらしい孔雀が、コビーを医者の元へ引っ張っていった。

「この子妊娠してるかもしれない、検査してあげて!」

Ωであるコビーならありえたことだった。

噛み跡のない項に安堵して、そこに思い至らなかったことに、ヘルメッポは自分を恥じた。

酷い目にあったであろう親友を見やるが、当のコビーの顔には動揺も不安も見当たらなかった。



検査の結果は孔雀の懸念通りとなって、その話が海軍上層部に届いてざわついた。

そしてコビーには聞き取り調査が行われることになったが、立ち会うことが許されたヘルメッポは、コビーの隣で険しい顔をしていた。

コビーがΩであることも黒ひげに囚われていたのも周知で、たちの悪い噂を撒く馬鹿が少なからずいたこともあって、どうにも神経がピリついていた。

一方のコビーは淡々としながら、問いに答えている。

「…答えづらいとは思うのだけど…」

「はい」

「その…お腹の子の父親は…だれか、わかる?」

聞き取りをしていた女性海兵は控えめに、申し訳なさそうに問う。

そんなことを聞いたところで、何の意味があるのだろうか?

海軍の若き英雄が四皇の子供を妊娠なんて、世間に広まったらどうなることか。

上層部ではそんな話が眉を顰めて語られているのだろうと察せられて、ヘルメッポは腹立たしく思った。

すこし、考えるように目をそらしてから、コビーははっきりと答えた。

「黒ひげではないと、思います」

意外な答えにヘルメッポも女性海兵も首を傾げた。

「黒ひげでは、ない?」

「断言はできませんし、証拠もありませんが」

「そう思う理由を聞いても?」

「他にそうなんじゃないかと思う相手が居ます」

『他に』という言葉にヘルメッポは苦々しく顔をしかめた。

「なら、相手は…」

コビーは目を伏せて、下腹部に手を添えた。


「クザンさんだと、思います。おそらく」


「番っていなくても、発情期(ヒート)になって運命の番と交われば…できてもおかしくないでしょうし」


女性海兵は唖然とし、ヘルメッポはもしかしたらという予想が的中して、どう反応していいのかわからず、思わず頭を抱えた。


二年前、海軍内で一つの噂があった。

コビーとクザンが運命の番なのでは?という話だ。

確定していたわけではないものの、上層部ではほぼ公然の秘密みたいな扱いだったらしい。

ヘルメッポはそこかしこにいるただのβだ。

だからαとΩのあれこれに関して大した知識もないし、東の海の田舎にいたのもあって番に会う機会もなかったけれど、その噂を自然と受け入れられていた。

クザンはコビーに迫るようなことは一切しなかったし、むしろ距離を取っていることが多いくらいで。

コビーの方は兄弟弟子としてクザンを慕っていたようにしか見えなかったが、それでも時々、一緒にいる二人に、穏やかで優しくも他者が踏み込めないような雰囲気を、なんとなく感じることがあった。

師であるガープが黙って見守っているのもあって抵抗なく受け入れられたのだと思う。

それが、二年経ってこの顛末なんて、誰が想像できたことか。


「黒ひげに番にされなかったのは運が良かっただけなんです。あの人はいずれ噛むつもりだったと思います」

「それは…黒ひげの気まぐれで助かったってことかしら?」

コビーはあくまで淡々と話していたが、一瞬口ごもって、それから絞り出すように小さく呟いた。

「…項の代わりに、こっちを差し出したので…」

「っ…!」

コビーの下腹部に添えていた手がぎゅっと握られた。

ヘルメッポは息を飲み、握っていた手が震える。

うつむいてしまったコビーに女性海兵が慌てて「ごめんなさい。大体わかったから、もう大丈夫だから」と駆け寄った。



「…周りは好き勝手言ってきて辛いかもしれないけど…そんなの構わないで、どうするか、じっくり考えてね」

女性海兵はコビーを気遣いながら、部屋を出ていった。

その足音が遠ざかったのを聞いてから、コビーは腹を抱えるように蹲った。

「コビー」

「だいじょうぶ。ちょっと、つかれただけ」

目を閉じて深呼吸を繰り返すコビーの肩に軽く触れて、覗き込んだ。

「…おつかれさん。そんな姿勢じゃなくて普通に横になれよ」

「うん…、ありがとう、ヘルメッポさん」

呼吸を整えて上体を起こしたコビーを誘導して、ベッドにねかせる。

顔色が悪いのは、悍ましいことを思い出したせいだろうか。

ヘルメッポはそっと布団をかけてやりつつ、不甲斐なさを感じていた。

「これは、ただの結果なんだ」

「…おう」

「僕なりに最善を尽くしたつもりだし、実際良い道を選べたと思う。番にだけは、なるわけにはいかない」

「…」

「これは最善を選んだ結果、そうなっちゃっただけ。それだけなんだ…」

自分に言い聞かせるように繰り返すコビーに、ヘルメッポは胸を締め付けられる。

ある程度覚悟はしていたから、いままで冷静でいられたのだ。

だがコビーが傷ついていないというわけではない。

ろくな選択肢のない状況で、一番守らなければならないもののために他を切り捨てざるをえなかった。

18の子供がこんな選択をしなきゃならないなんて、神様はこの小さい背中にどれだけのものを背負わせるつもりなのか。

「何の責任もないやつの言葉ほど軽薄なもんはねェ」

「…」

「お前が必死になって出した答えをどうこう言える奴なんて居るかよ。俺はお前がどんな道を選んでも、お前の味方だ」

桃色の髪を撫でれば、コビーの表情は和らぎ微笑んだ。

「…ありがとう…」

ヘルメッポはコビーが眠るまではここにいようと考えながら、椅子に腰掛けると「ヘルメッポさん」と呼びかけられた。

「僕、ヘルメッポさんがβで良かったって思う。αだったら友達になれなかったかも…」

「なんだよ。番にされることはないから安心ってか?」

俺ァ見境なくΩに手ェ出すような奴じゃねぇぞ、多分。と、αの心情などわからないが少し心外だとヘルメッポが返すと、コビーは「違うよ」とゆるく首を振った。


「だって、αは怖いから」


コビーはそう言って目を閉じた。

なんだそりゃ。とヘルメッポは笑って軽く返したものの、その真意が知りたいような、でも知らないほうがいいような気もして、どうしてか背筋が寒く感じられた。



*******



薄暗い道を歩きながら、ぼんやりと思い返す。


コビーが牢から脱出し、狙ったかのように海軍がハチノスに押し寄せ、結果的にコビーは奪還され代わりにというべきかガープを捕らえることとなったあの日。

「コビーに逃げられるたぁ、何やってたんだテメェらはよ!あぁ?!」

島がめちゃくちゃにされたこともそうだが、何より、番にするつもりだったΩに逃げられたことにティーチは怒りを露わにした。

「交渉の材料はちゃんと確保してあるだろ」

淡々としたクザンの態度に、ティーチはギロリと睨みつけ黒い闇を溢れ出した。

「クザン、お前、わざとコビーを逃がしたわけじゃねェよな…?」

だがそれに臆するようなクザンでもない。

鬱陶しそうに睨み返して、苛立ち紛れに言葉も返す。

「おれにそれをやる利点はねェよ。こちとらあの化け物じみた爺さん相手で手一杯だったんでね。文句ならΩのガキに腕裂かれて軍艦の一隻も潰せなかった奴に言え」

オレのせいにするニャー!とどこからともなく聞こえてきた声を無視して、二人のαは睨み合う。

他の幹部達はただ成り行きを見守るほかない。

「こんなことになんなら、さっさと番っちまえば良かったな」


『項は噛まないで』

『お願いします!番だけは、やめてください…!』

泣きながら懇願して、そればかりを繰り返した。

『他は、何をしてもいいから…』

自ら足を開いて濡れたそこに指を入れて見せつける。

恥ずかしくて嫌でたまらないのだろう、顔を背けて片手で目を覆っていた。


髪をかきむしりつつ苛立っていたティーチだったが、コビーを組み敷いたときのことを思い出したのか、徐々にいつもの表情に戻っていった。

「男の誘い方もロクに知らねぇガキが、必死こいて言うもんだからつい乗っちまったが」

項以外は余すことなく可愛がってやったけどな。とティーチは愉快そうに笑う。

クザンは何も言わない。

「そういやお前、運命らしいのに番わなかったんだな?怖気づいたのか?」

んん?と煽ってくるティーチに、クザンの足元がパキパキと凍っていった。

「うるせぇな、振られたんだよ。…お前と同じだ」

当然のように煽り返して、再び二人は睨み合う。

Ω(おんな)が絡むとα(おとこ)ってすぐバカになるのよねぇ…と、ハチノスをしばらく留守にしていたデボンが小さく呟く。

そうしていても埒があかないと判断したティーチはため息を吐いて「もう下がれ」とクザンを追い払った。

クザンは無言で踵を返す。

「あの老いぼれを餌にすりゃ、コビーは釣れるとは思うが…」

そんな独り言に「釣れるかは五分五分だな」とクザンは心の中で返した。



師の顔を拝みに、足元に注意しながら階段を下る。

しばらく進んで、立ち止まった。

「御加減はどうですか。ガープさん」

「良いと思うか?」

「思いませんね」

「くだらんことを訊くな、まったく」

致命傷だけはかろうじて塞がったけれど、全快とはいえない状態のガープは、鎖で何十にも拘束されている。

ちょっと前まで意識を失って眠っていたというのに、鋭い眼光に老いなどとても感じない。

本当に恐ろしい男だと、クザンは思う。

「あー、そうだ。ティーチのやつがガープさんを餌にしてコビーを連れ戻すつもりらしいですよ?」

「何をふざけたことを…そんなわかりやすい罠にハマるもんがおるか」

「あいつは罠だって知ってても飛び込むやつでしょうに」

「…」

苦虫を噛み潰したような顔の師匠に、ちょっとした希望を与えてみる。

…ガープ本人がこれを希望と思うかは別だが。

「まァでも、多分あいつは前線に出てこないと思いますけどね」

「なに?」

「出たくても出てこれないという方が正確か…」

「…どういう意味じゃ」

クザンは目線をどこか遠くに向けた。

「おれの撒いた種が、そのうち芽吹くと思うんで」

「!?」

意味を瞬時に理解したガープの目が驚き見開かれた。

こんな顔あんま見たことないな。とクザンはぼんやりと思ったが、ガープはすぐに呆れたようジトリと睨んできた。

「なんじゃ。言うべきことも言わずに一丁前に手だけは出したんか」

はぁー…と長い溜息を吐かれた。

叱る気すら失せたということか、思ってなかった反応にクザンは肩透かしを食らった。

「…何も見てないのに知ったような言い方するんですね」

「ふん。何年お前を見てきたと思うとる。二年前から何も変わっとらんだろうに。それで…クザンよ」


それをワシに言って、お前はどんな反応が欲しかったんじゃ?


唐突に喉元に突き立てられた刃に、クザンは声をつまらせた。

「ワシの言うことは変わらん。前にも言ったはずじゃぞ。会話を重ねてきちんと互いを理解し合え。筋を通せ。その上でお前達の選んだ道をワシは応援すると」

そんな難しいことじゃったか?遊びばっかり上手くなった悪ガキはこれだから…等々。

結局ガープにはなんやかんやと叱られて、手負いのくせに元気なことがクザンにはよくわかった。

「…言うべきことってどっち「そんなモン自分で考えんか馬鹿者!お前の頭は飾りかァ!」

これ以上は興奮させたら鎖を壊しかねない。

お説教はもう十分だと、クザンはそそくさと牢を後にした。


「言うべきことを言う、ねぇ…」

簡単に言ってくれちゃってさぁ…と自室のベッドに寝転び、天井を眺めた。

ガープが東の海から連れてきた雑用が二人。

そのうちの小さい方が、まさか自分の運命だなんて。

16歳とは思えない幼い体型に、間違いなく未熟なΩだとわかった。

自分に番ができるなんて考えたこともなかったし、そんな子供を手籠めにする趣味もないから、距離を置いていた。

しかし、本能は正直なもので。

日に日に成長していくコビーを目で追ってしまうし、自分らしくなく過保護なことをしたり。

それにコビーが気づいていたのか、懐かれていたのは本能からか尊敬からなのかも、わからない。

今に思えば実に穏やかな日々だったと思う。とても短い優しい記憶。

巨大な戦いで全てが崩れて、気づけばコビーは、クザンが得られなかったモノを全て手にしたような存在になっていた。

英雄だとか、実に忌々しい。


このベッドの上でコビーを抱いて貪りつくした日が遠く感じる。

あの日はあまりにも出来すぎていて、運命というものにいっそ恐ろしさすら覚えた。


ティーチが不在で、コビーに優しいティーチに対する当てつけのつもりで、自分の部屋にコビーを連れ出した。

ちょっと遊ぶだけのつもりだった、のに、コビーがヒートを起こしたのだ。

むせ返るようなフェロモンに煽られて、混乱しているコビーの肌を暴いていった。

『なぁ、どうしてほしい?』

項に吐息を感じながら言われた言葉をコビーはどう受け取ったのだろう。

本能に従って求めてくるものだと疑いもしなかった。

この子は正真正銘自分のΩ(モノ)になると。

しかし。

『番は、いや…ッ』

明確な拒絶に、眼前が疑問と怒りで真っ赤に染まった。

なぜ?そんなにおれが、運命を嫌うのか!

このまま項に歯を突き立ててしまえばいい、と口を開きかけた時。

『しばりたくない!しばられたくも、ない…!』

ピタリと、動きが止められた。

もう理性なんて切れかけているのに、コビーは必死に言う。

『やらなくちゃいけないことがある、だからいやだ』

『あなたも…そうでしょう?』

ガンっと頭を殴られたようだった。

それは本能に支配されかけてたクザンの目を覚ますには十分な衝撃で。


番になれば、互いに離れることができなくなる。

長期間離れていると、心身に異常をきたして衰弱すると言われているからだ。

番になることは、自らの夢や行動の障害にしかならない。

コビーは意思ある人間として、本能を拒否したのだ。

クザンは自分の手の甲を見る。何もないただの手だ。

コビーのヒートが治まるまで情事を繰り返していたが、項を噛みたい衝動をこの手を噛むことで誤魔化し続けていた。

どうしてそこまでして番にならなかったのか。


―――コビーの意思を尊重した、愛ゆえ?


ハッと鼻で笑った。

そんな美しいものが自分たちの間にあるわけない。

何も知らないくせに、クザンが何かしらの目的を持って黒ひげの元にいるのだと、コビーは疑わなかった。

夢をもって海兵をしている自分と同じだと言わんばかりに、お互いに縛られたくはないだろう?と問うてきた。

20年も生きてない子供が生意気な。

しかし不自由になるのは確かに勘弁したい。

だから、抗い続ける哀れなコビーに、番になる以外の枷をつけることにした。


そもそも、番になる理由とは何か?

端的にいえば、信頼できる相手と安心できる場所で子供を育てることだ。

αとΩの関係は番のことばかり語られがちだが、番は最終目的の土台作りにすぎない。

番関係のいちばん重要な行き着く先は、子供なのだ。

本能に逆らったように見えて、体を重ねた時点でとどのつまり逆らえてはいない

子供ができたどうかなんて離れてしまった以上わかりっこないが、クザンには確信があった。

運命の相手にだけに働く直感のようなものだろうか。

コビーが命を粗末にできない子だと知っていて、わかっていて避妊なんてしなかった。

(そんなことする余裕なんか、最初からなかったが)


なのに、そこまでしたのに、なおも逃げようとする。

クザンは言った。

「もうどこにも行けないのに、そんな体で、どこにいくんだよ」

コビーは氷漬けになった少女を抱えたまま、見ての通りです。と返した。

「この足が動く限り、僕は行くべき場所へと走ります。付けられた重しを抱えてでも」

そう言って、自らの帰るべき場所へ、こちらを振り返ることもなく帰っていった。



疑わない。まっすぐで、青臭くて。

コビーという男は、本当に。


腹立たしくて、

(清々しくて)


妬ましくて、

(眩しくて)


憎たらしいったらない!


(…惹かれずにはいられない)



こんな…胸の中を飲み下すには、まだ、苦すぎて。

時間も覚悟も、何もかも足りない。

ガープのいう通りになんて、できそうもない。


それでも、いつか。

言うべき言葉を言える日は来るのだろうか。

伝えることが、許されるのだろうか。


選んだ道の先は、まだ何も見通せそうもない。



*******



ヘルメッポは笑っていたけれど、本当に、そう思う。


「…寝ないのか?」

「寝るつもりはなかったよ」


ゆるりと目を開けたコビーに驚いたらしいヘルメッポは、コーヒーカップを口に寄せた状態で固まった。

思い出さないように、封をしていた記憶が蘇ったせいで、心がざわいついている。

とても眠れる状況ではない。

ごろりと寝返りをうって、コビーは見慣れた白い天井を見つめた。

αの、Ωに対する執着は本当に恐ろしい。

『退屈だろう?逃げたりしねェならここの本を好きなだけ読んでいいぜ』

ティーチに部屋へ連れてこられたときは、真っ先に項を噛まれるものだと思っていたのに、びっくりするほど優しく扱われた。

どんな海賊でも人だから、お腹も減るし、船やクルーを家族と思って大事にしたりもする。

裏切りも殺しもする悪人にだって情はあるのだと、改めて思った。

どうやらティーチは、コビーの方から番になることを望むようにしたかったらしい。

自分の作る国の王妃にしたいだとか、海兵であるコビーには到底受け入れられないことばかり言ってきたが。


それがある時、突然、ティーチに組み伏せられた。

ギラつく目が恐ろしくて、番だけは回避するためにコビーは必死になったが、あれは今でも思い出したくない。

少し絆されそうになっていた自分が情けないばかりだ。

何があってそんな急に変わったのかといえば、クザンと一線を超えたせいに違いない。

クザンと肌を重ねたときは初めてのヒートで記憶が飛び飛びで、その後も部屋に閉じ込められていたから、見聞色で聞こえた範囲のことしかわからない。

終いにはどう折り合いをつけたのかも知らないが、どうせなら、内部崩壊でもすれば拿捕しやすくなるかもしれないのに。なんてこっそり思ったりもした。


自分みたいな冴えない男が相手だっていうのに、Ωだというだけで、αは牙をむき出しで唸る獣のように、人なのに人じゃなくなる。

なんでこんな面倒くさい仕組みに進化したのだろうと、愚痴を言いたくなった。


まだ膨れてもいないお腹に触れる。

ティーチに迫られた時、自分はどうしてヒートにならなかったのか。

クザンとは番にならなかったのだから、ティーチ相手にヒートを起こしてもおかしくなかったのに。

運命が近くにいたから?それともあの時すでに子供ができていた?

αやΩのことはわかっていないことが多く、まして運命の番についてはなおさらだ。

だからこの疑問が解消されることはないのだろうけど。


共に海軍にあった頃、コビーに言い寄ってきたαの将校がいた。

誰にも相談できず、一人でなんとか逃げ回っているうちに、その人は居なくなっていた。

最初はガープが何とかしてくれたと思っていたが、それは違っていたらしく。

本当に誰が助けてくれたのか最後まで確定はしなかったけれど、こちらを見守ってくれていたクザンが、どうにかしたのだと思うようになった。

なんでそう思ったのかは説明はできない。

クザンが運命だとはっきりわかったのがヒートになった時で、二年前は何も知らなかった。

それでも、無意識に何かを感じ取っていたのだと思う。

彼と何気なく言葉を交わす時間は、優しくて好きだったことを、今も覚えているから。

クザンが海軍の中じゃすっかり悪者扱いされていることが、ちょっと心苦しい。

海賊になった時点で悪者だろうと言われたら何も言えないけれど。


「なぁ、コビー」

「なに?」

「お前…あの人のこと好きなのか?」

あの人とは、クザンのことだろう。

子供の親は彼だろうと言ったから、ヘルメッポは気になっているのかもしれない。

「わかんない」

「え」

キョトンとしたヘルメッポに続けて言う。

「嫌いではないよ。尊敬してるのも変わらない。でも、好きとは言えない、かな」

「なんだそりゃ」

「だって、ヘルメッポさん。僕、好きになるほどあの人のこと知らないよ」

「あ…」

「そうでしょ?」

二人ともにいた時間は、コビーがクザンの人となりを知るには、あまりにも短すぎたのだ。

今だって、ろくな会話はできなかったし、流れ込んでくる彼の心の中は、言葉にはできない。

しいて言うなら、『重い』ということだけだ。


脳裏焼き付いた2つの視線。

それらを消すように、己の心に告げる。



自分は海軍大佐という責任ある立場で。


助けてくれる良い同胞がいて。


そして、友に誓った大事な夢がある。



だから、自由を奪う番は、今はいらない。


(恋だとか、好きだとかも、まだよくわからない)



カーテンが風に揺れてひらりと舞う。

それをぼんやりと眺めながら、不意に思った。


けれど、いつか。

あの人のことを知れる日はくるだろうか?

どうして海兵になったのかとか、なんであの正義を掲げようと思ったのかとか。

話してくれるだろうか。聞かせてくれるだろうか。

もし、その時がきたら。


(一緒に聞けたらいいね)


コビーは顔も知らぬ子を、優しく撫でてそう囁いた。



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