いつでもキミは側にいた
レイレイ〜ドレスローザ 王宮〜
オモチャの兵隊と、ドレスローザの王女ヴィオラと一緒に、ドフラミンゴのいる王宮の部屋まで辿り着いたおれは、トラ男が捕まっているのを見つけてすぐに助けに行こうとした。
だがおれを引き留めたヴィオラが言った。
ヴィオラ「待って、彼らの作戦を台無しにしないで」
ルフィ「作戦〜!?」
よくわからないけど、どうやらオモチャの兵隊達には作戦があるらしい。もう少しで作戦が成功するからそれまで待てと言われたので、仕方なく待つことにする。ああ、確かウソップ達がやると言っていた作戦かな。えーっと、なんだったっけ?
横にいた兵隊はいつの間にか剣を持ってたけど、あの体で振るうには大きすぎるよな?それになんだかぼーっとしてるし。
ルフィ「おい、大丈夫か!?」
兵隊「はっ」
どうやら本当にぼーっとしてたらしい。ウタも眠らないけどたまに疲れてぼーっとしてるからな。こいつもさっきボロボロにされてたし、かなり疲れてるのかもしれないな。
ヴィオラが一階から敵が来ていると伝えてきた。
兵隊も作戦は失敗かもと言っている。ウソップ達なら大丈夫だと思うけど、タイミングが合わないなら仕方ねェか。俺があのフラミンゴ野郎をぶっ飛ばせばいいだけだしな!
そう考えながらよし、殴り込もうとまず見聞色で周りを警戒したとき、王宮どころか国中からとんでもない感情の波が押し寄せてきた!
それに面食らって一瞬気を抜いた間に、隣にいたはずの兵隊の姿が無くなっていた。
「おい!!兵隊は!?」
周りを見渡すとヴィオラが窓からドフラミンゴ達のいる部屋を覗き込んでいる。その視線の先にはさっき兵隊が持っていた剣を構えて駆けてゆく、片脚のない男の姿があった。
ヴィオラ「キュロス義兄様…」
ヴィオラが涙ぐんで呟いた。あの凄え強そうなおっさんは片脚の兵隊で、レベッカの父ちゃんだったらしい。それが10年前に悪魔の実の能力で玩具の兵隊に変えられた上に、周りの全ての人間の記憶から消えてしまっていて、能力者のシュガーという奴が気絶したことで姿と記憶が戻ったらしい。
ルフィ「キュロス…?
それ銅像のおっさんじゃねェか!!」
あれ、でもレベッカの奴は知らないって言ってたよな?
…あれ?
「忘れられてる間に自分の存在を伝える手段なんてない」
そっか、確かに言っても信じてもらえないか。なのにあいつ、レベッカのことを10年間側にいて守ってたんだな。すげェ奴だなー、あいつ。
よーし、俺も行って一緒にドフラミンゴをぶっ飛ばして…。
ルフィ「…あれ」
もう一度気合を入れようとして気付いた。
玩具が人間だった…?
玩具にされた人間は…忘れ…。
ヴィオラが言っていたことをもう一度思い出そうとした時…。
『やーい、負け惜しみ〜!』
『へた!
なにこれ?』
『おれたちの“しんじだい”のマークにしよう!』
突然頭の中に、知らない思い出が流れ込んできた。
いや、違う。知らないんじゃない!
思い出したんだ!
ルフィ「う…た……?」
そうだ、ウタだ。何で、なんで…。
ルフィ「なんでおれ、忘れて…?」
ついさっき、ヴィオラが言っていたことを思い出す。
玩具にされ、忘れられて、娘にすらそれを伝えることのできなかった男の話を。
そしてそれでもなお、娘を守るために10年間側に居続けた父親の話を!
ルフィ「ウタ…?」
気がついたら、頭を抱えて蹲っていた。ヴィオラが何やら声をかけてくるが、頭に入ってこない。
12年前、航海を終えてフーシャ村に戻ってきたシャンクス達。シャンクスの脚にくっついて“ギィギィ”と鳴っていた人形。
シャンクス『うちにこういう人形を喜ぶ娘はいないからな。そうだルフィ、お前にやるよ』
シャンクスがそう言っておれに渡した人形。
歌が好きだからと「ウタ」と名付けた人形。
シャンクスに麦わら帽子を託されて、彼を見送ったとき、シャンクス達についていこうとして引き剥がされて悲しそうに“ギィギィ”と鳴っていた人形。
シャンクス達がいなくなって寂しくて泣きそうだったおれと、一緒にいてくれた人形。
サボがいなくなって、エースも一足先に旅立った後も、隣にいてくれた人形。
海賊として船出をする日、一番最初の仲間として一緒に旅立った人形。
東の海でも、偉大なる航路に入ってからも、古代の島で、アラバスタで、空島で、エニエスロビーで、スリラーバークで、そしてシャボンディ諸島で、ずっと隣にいてくれた人形。
仲間達と離れ離れになって、エースを救えなくて自暴自棄になっていた俺のところに、真っ先に駆けつけてくれた人形。
2年間の修行の後、サニー号に帰ってきた時に嬉しそうに迎えてくれた人形。
魚人島からここまで、また一緒に冒険した、にんぎょう…
血が出るほどに頭を掻き毟る。何で気付いてやれなかったのかと、馬鹿な自分の頭に爪をたてる。
友達だと言ったのに!仲間だと言ったのに!あいつが苦しんでいることに、気がついてやれなくて…。
大好きな家族と引き離して、ずっとおれの都合で引きずり回して。それなのに、おれが寂しいとき、折れそうなときに側に居てくれて…。
ルフィ「こべん、ごべんな、うだ…!」
悔しくて、辛くて泣きそうになるのを必死に堪える。
早くウタに会いに行かないと!会って、それで…
その時、ドフラミンゴのいる部屋が騒がしくなる。
キュロスの剣がドフラミンゴの首を落とした!
すぐに身体は動いた。とにかく今はトラ男を助けてここから出ないと!
部屋に突入して、トラ男の錠の鍵を開けようと苦戦してたところで気が付いた。首を落とされて死んだはずのドフラミンゴの気配が消えてねェ!
首だけになったドフラミンゴが何か言っている。キュロスのおっさんが止めを刺すために切りかかっていくが、まずい!
咄嗟にキュロスのおっさんを庇って床に伏せさせる。何故か首がないのに動くドフラミンゴと、ちゃんと首が繋がってるドフラミンゴの攻撃で部屋の壁が真っ二つになった。
ルフィ「“ゴムゴムのJET銃乱打”」
ドフラミンゴに攻撃を叩き込むがあいつの武装色で全て防がれた上に、反撃でふっ飛ばされる。
ちくしょう、なに迷ってんだおれは!こいつをぶっ飛ばさないとおれは…!
自分でも動きが鈍ってるのがわかる。理由は分からない。くそっ!
反撃しようとした時、突然床や壁が歪んでいく。立ってられねぇ。何とかドフラミンゴを睨みつけて殴りに行こうとした瞬間、石で出来た腕でキュロスもヴィオラもトラ男も、あと何とかという王様のおっさんも外へ放り出された。
この島の空に、糸で出来た巨大な籠が現れる。トラ男が「鳥かご」と言っていたけど、ドフラミンゴの能力らしい。
王宮が遠ざかっていく。それと同時にドフラミンゴの声と映像がデカデカと写った。
どうやらおれ達に賞金をかけて「ゲーム」をするらしい。
ルフィ「……」
戦いが仕切り直しになって、少し落ち着いたことで、ふつふつと怒りが湧いてくる。
あんな奴のせいで、ゲーム感覚で周りを苦しめる奴のせいで、ウタは12年間も玩具にされていたのか。
そしてその事実を知らずに、おれはここまで冒険してきたのか。
この怒りは、ドフラミンゴに向けたものなのか、それとも自分に向けたものなのか、頭の悪いおれにはよくわかんねェ。
頭の中でぐるぐると、どうしようもない怒りが渦巻いている。
ゾロ「おいルフィ、今ロビンから連絡があった。ウソップと、それに『ウタ』も無事で一緒にこっちに合流するらしい」
後ろからゾロの声が聞こえた。そうか、あいつら無事だったか!流石だな!
そう思った時、ふと恐怖を覚えた。
あんなに会いたいと思ったはずなのに、今になって、ウタに会うのが怖くなった。
おれは、ウタに会っていいのか。おれは、ウタに恨まれてるんじゃないか。だっておれは、ウタが苦しんでるのに気付いてやれなかったじゃねーか。ウタを人間に戻せたのだってウソップのお陰で、おれはエースの形見のメラメラの実を手に入れるために、あいつを放っておいて好き勝手して…、それで…。
一度その恐怖を意識し始めると駄目だった。必死にドフラミンゴへの怒りを思い出して、あいつのいる王宮を睨みつけてないと、恐怖で身体が震えそうになる。
ルフィ「…!」
ゾロ「…どうした?」
多分、体が震えたのを見られたんだろう。ゾロが声をかけてくる。
ルフィ「ゾロ、トラ男を頼む」
ゾロ「おい、お前どうした…?」
誤魔化すようにゾロにトラ男のことを任せて、ドフラミンゴをぶっ飛ばす為に王宮へ行こうとしたが、ゾロの奴が肩を掴んで引き留めてきた。
ルフィ「おれは、ドフラミンゴをぶっ飛ばしてくる」
ゾロ「それは構わねェが、お前なんでそんなに苛ついてんだ?
…ウタのことか?」
苛ついてる?そうか、それはそうか。頭がごっちゃになっててよく分かんねえけど、兎に角ここにいたら、怒りと怖さでおかしくなりそうだ。だから早く行かねェと!
ルフィ「……」
ゾロ「おい!ルフィ!」
肩を掴んでいるゾロの腕を振り払って、王宮へ行こうとする。そうだ、兎に角あのフラミンゴ野郎をぶっ飛ばしさえすれば、こんな怖さなんか忘れて…。
ロー「おい、麦わら屋。ドフラミンゴは生かしてカイドウと衝突させる作戦だったはずだ。今ここでドフラミンゴを討てば、俺達は怒れる『四皇』と直接対峙する羽目になるぞ…!」
地面に転がったままのトラ男が、以前おれ達に言った作戦をもう一度伝える。そうだ、トラ男と同盟を組んでここに来たのはそういう目的だった。
悪い、トラ男。お前がそんなボロボロになってまで、作戦を成功させようと頑張ったのはわかってる。だけどよ。今ここでドフラミンゴを倒さねェと、あいつに、ウタに、どうやって会えば…。
それに今ドフラミンゴを逃しちまったら、またウタが玩具に…!
ルフィ「悪ィトラ男、そんな先の話じゃねェんだ。」
ロー「何だと!?」
ルフィ「おれが今、あいつをぶっ飛ばさなかったらよ、あいつがまた…」
言いかけたところでロビンの声が聞こえた。
ロビン「ルフィ!」
王宮と反対側から、ロビンとボロボロになって小人に運ばれているウソップ、それに『ウタ』がこちらに近づいて来るのが見えた。。
一目で分かった。体は成長していたけど、特徴的なあの綺麗な赤と白の髪、片目だけ隠れた紫色の瞳。
会いたかった。思い出した瞬間から、何もかも放り出して、会いに行きたかった。
会いたくなかった。まだ戦いは終わってなくて、もしあいつに、初めての友達に恨まれていたら、嫌われてしまっていたら、それを知るのが怖くて。
ルフィ「……」
ロー「おい!待て麦わら屋!!」
だからそこから逃げるように、情けないと自分でも思うけど、立ち去ろうとした。
早くドフラミンゴをぶっ飛ばして、胸をはってウタに会えるように。ウタを、忘れられる恐怖から早く開放する為に。
そうやって言い訳して、おれを引き留めようと肩を掴んだゾロの腕を振り払った時、声が聞こえた。
ウタ「ルフィ…?」
小さい声だった。弱々しい声だった。
12年前、最後に聞いたときの元気な声、勝負で勝ち誇っておれに「負け惜しみ〜!」と楽しそうに言っていた声。マキノの酒場で、おれやシャンクス達に囲まれながら嬉しそうに歌っていた、誰よりも綺麗な声。
忘れていた、忘れさせられていた。だから例え、どんなにか細い声だとしても、12年振りに聞こえたその声を、聴き逃がせなかった。
自然と足が止まった。
ためだ、ここで振り向いたら、きっとおれは、戦いに行けなくなる。それなのに…。
震えそうになる足で、ウタの方へと向う。怖くて顔が見れなくて、シャンクスに託された麦わら帽子を深く被って、顔を隠して。
ウタの前まで来て、ようやくウタの顔を見た。12年振りに見た、懐かしい幼馴染の顔。ずっと側にいてくれた、大切な仲間の顔。
嬉しかった、嬉しくて泣きそうになった。でも泣き顔を見られたくなくて、必死に堪えた。
怖かった。あいつに嫌われるんじゃないか、恨まれてるんじゃないか、それがわかるのが怖くて。
ウタ「る、ふぃ…」
ウタが、名前を呼んでくれる。さっきよりも呂律の回っていない声。でも嬉しさと、喜びが入り混じった声。
その声を聞いて、安心しちまった。こんな不甲斐ないおれを、ウタが恨んでないと、分かったから。
おれと再会して、ウタも安心したことが伝わってきたから。
沢山、伝えないといけないことがある。シャンクス達と、家族と離れ離れにしちゃってごめん、乱暴に扱ってごめん、そして、ずっとそばにいてくれて、ありがとう。
でもまだ、戦いは終わってないから、これから、命懸けで戦いに行かないといけないから。
だからこれ以上、ウタを不安にさせないように、必死に笑顔を作る。
そして、被っていた麦わら帽子を、ウタと父ちゃんの、シャンクスから託されたおれの宝物をウタに被せる。
ルフィ「ウタ、帽子預かっといてくれ」
命懸けで戦って、それでも負けて死んじまうかもしれない。死ぬのは怖くねェけど、このままおれが死んだら、ウタのことを、「赤髪海賊団の音楽家ウタ」のことを覚えてる奴がいなくなって、ウタがまた、一人ぼっちになっちまうかもしれないから。ウタがまた独りになるのは、死ぬよりも怖いから。
この帽子を被っていれば、ウタの父ちゃんが、あの偉大な海賊が、きっとウタを見つけてくれる。
ウタに酷いことしたおれが今、ウタにしてやれるのはこれ位しかないけどよ…。
ルフィ「今からドフラミンゴをぶっ飛ばして来るからよ。それまで、もうちょっとだけ、待っててくれ」
ウタの頭を手を置いて、ウタに語りかける。謝罪もお礼も、今ここで伝えるには沢山ありすぎるから。全部終わらせてくるまで、もうちょっとだけ、待っててくれ。
ウタ「うん、わがった…」
ウタの、幼馴染の泣きそうな笑顔。
こんな顔、させたいわけじゃなかった。記憶にある、あの楽しげな笑顔を、もう一度見たかった。
それでも、嬉しい思いが込み上げてきた。12年振りに、幼馴染の顔を見られた。声を聞けた。それだけで、さっきまでの恐怖も、頭の中をかき回していた怒りも、どっかへ行っちまった。
ルフィ「ロビン、ウソップ、ありがとう」
ロビン「ええ」
ウソップ「おう」
幼馴染を、おれの記憶を取り戻してくれた頼もしい仲間に、お礼を言う。二人共、当たり前のことをしただけだと言うように短く答える。
もっと嬉しくなってきた。
嬉しい気分のまま、トラ男を掴んでドフラミンゴをぶっ飛ばしに行こうとする。トラ男が、ゴチャゴチャ言ってるけど、錠ぐらいまあどっかで何とかなるだろ。
ウタ、おれは大丈夫だぞ!
だから、安心してくれ!
恥ずかしくて、口には出せないからトラ男と言い合いながら出発しようとしたけど、でもこれだけは言わないとな。
ルフィ「ロビン!ウソップ!
ウタを頼む」
あいつらなら、絶対にウタを守ってくれる。おれが行っても、ウタは大丈夫だ。
ウタと話してから心が軽い気がする。今なら七武海だろうが四皇だろうが、どんなやつが来ても、負ける気がしねェ!!
ルフィ「待ってろ、ドフラミンゴ…!」
とっととお前なんかぶっ飛ばしてやるからな!
ウタ、ドフラミンゴをぶっ飛ばしたら皆で宴をしよう。サンジたちがいねェから、ちょっと寂しいかもしれないけど。サンジ達と合流したらあいつのうめいメシを沢山食ってよ、ブルクックと一緒に歌おうぜ。
だからよ、待っててくれよな。