いつか大人になるための

いつか大人になるための


「あのねけんせー、しゅう、きょうからひとりでねる!」

は?と声を漏らしたのは仕方のないことだと思う。それくらい唐突だった。

「どうした?また誰かに何か言われたか?」

 共に暮らし始めて数年経っても相変わらず、修兵は多くの悪意にさらされている。

「ううん、ちがうの」

「本当か?何言われても気にすることねぇんだぞ」

「ちがう。…あのね、イヅルがね、」

「イヅル?」

「うん、イヅルね、ローズおにいちゃんのおうちでね、ひとりでねてるんだって。しゅう、イヅルよりおにいちゃんだもん」


ああなるほどそういうことか。とりあえず悪意によるものではなかったのはよかったが。

「そうだな確かに修兵はイヅルより大きいけど、でもなイヅルは元々瀞霊廷(ここ)に住んでたから慣れてるんだ。修兵がまだ慣れられなくても全然恥ずかしくないんだぞ?」


 事実、修兵の情緒らしい情緒は瀞霊廷にきて体調が落ち着いてからようやく育ち始めたと言っていい。

3歳や4歳の子に接するようになるのも、馬鹿にしているのではなく本当に、本能以外の自我の目覚めとしてはそれくらいの年齢に近いのだ。話し方がイヅルよりもずっと幼いのもそういうことだ。

「しゅう、おにいちゃんだもん!できるもん!」

 否定されたと思ったのか、大きな瞳に涙がたまる。

「…悪かった。、けどせめて明日からにしようぜ、今日は修兵と一緒に寝たい。」

「うん………」





「―――修兵が反抗期かもしれねぇ!!」

「なんや、昼休みに俺ら呼び出すから何かと思うたらしょーもな。」

「しょうもないことあるか!いくらイヅルに触発されたといってもあの修兵が俺から離れて眠りたがるなんて!」

「この阿呆、めっちゃ健全な成長やないか。喜んどけや」

「………、」

「あんなぁ拳西、そら修兵は俺等の子供達ん中でも辛い目にあってきとるし、幼いんが情けないとは俺も思わんけどな、」

「何当たり前のこと言ってやがる。んなこと本気で思ってたら俺はお前と縁切るぞ。」

「ハイハイ、わかっとるわかっとる。思うてへんって。けどな、修兵も、心の傷のせいで人の5倍かかるか10倍かかるか解らんけど成長してんねんぞ」

「それは解ってる」

「ほんならせっかく本人がやる気になっとるんやさかい受け入れてやりや。」




「すぐ隣の部屋に居るからな」

「うん」

「何かあったら我慢しないで入ってくるんだぞ?約束な」

「うん…」


ゆびきりをして、小さな身体に布団をかけ、おやすみと声をかけてから灯りを落として隣室に移動した。


 10分か15分ほど経つ頃には、隣の部屋の愛しい霊圧が不安定に揺れたのがわかる。

それでも心許無い子供にとって10分は驚くほど長い。修兵はものすごく頑張ったのだろう。


「けっ、けん、けんっ、せぇ…」


 泣きじゃくりながら襖を開けてきた修兵を抱き上げてやる。

「よしよし、大丈夫だ。ここに居る。怖かったな。」


 闇が怖いのは当たり前だ。流魂街に居た頃でさえ兄貴分達とともに眠っていた事を思えば完全に一人で就寝を試みること自体が全く初めてだったのかもしれない。

「う〜〜っ、」

「大丈夫だ、一緒に寝ような。」

怖いのと自分で言い出したことがちゃんと果たせなかったことで泣いている小さな背を慰めながらその日は眠った。




「あのね、けんせー、あの…ね、きのうね、さいしょだったからびっくりしたけど、もうだいじょうぶだからね!きょうもひとりでねるの!」

「無理しなくてもいいんだぞ?」

「むりじゃない!ひとりでねるの!」


修兵は一生懸命そう主張するが結局は泣いてしまい拳西と一緒に寝るということが1週間くらい続いた。

『どうせ泣くんだから』などとはもちろん思わないが、ここまで頑なにひとりで寝ると主張されると拳西の方が不安になってくる。

「なぁ本当に反抗期じゃねぇと思うか?」

 平子に2度目の相談をして適当にあしらわれ、恥を忍んで衛島に問う。

「全然でしょう。いいことじゃないですか。自立の一歩目ですよ。」

「自立……」

「なんて顔なさってるんです。全く、あなたの子離れのほうが時間がかかるかもしれませんねぇ」

うるせぇ、と返す声に隊長の威厳などあるはずもなかった。



 一方、しょんぼりと落ち込んでいる修兵に声をかけたのは東仙と藤堂だ。

「隊長の言う通り、無理しなくてもいいと思うけどなぁ。べつに一緒に寝るのは恥ずかしいことじゃないぞ」

「……でも、しゅう、おにいちゃんなんだもん」

「うーーん、」

藤堂が修兵の頭を撫でながら苦笑する。

実際、貴族なら自尊心の高さから早い段階で独り寝するようにはなるが、修兵の年齢は事情を考慮しなくても、親と同じ部屋で眠るというのはさほど珍しいことではない。修兵のように独りを怖がる理由があれば尚更だ。

しかしそれこそ修兵に自尊心が芽生えてきたのはいいことで、果たしてどうしたものか。


「闇や静かすぎる夜を怖がるのは恥ずかしいことではないよ、私だって怖いのだからね。」

「とーせんさんもこわいの?」

「ああ、怖いな」

「いつも、どうやってねるの?」

「そうだな。怖いと言ったけれど、部屋にはひとりだとしても、助けを求めれば助けてもらえる距離に信頼できる皆がいることを知っているから、怖くはないんだよ。だから眠れる。」

「………」

「部屋を分けても、すぐ隣の部屋に六車隊長がいるんだろう?」

「うん、けんせーね、こわくなったらおいでって」

「じゃあ何も不安になることはない。それにもし修兵君の方から怖いと言えない状況になったとしても、六車隊長は絶対気づいてくれるから、何も心配することはない」

「ほんと?」

「ああ。東仙の言うとおりだ。隊長が修兵が怖いの気づかないなんてことはないさ。隊長は修兵のことが大好きなんだからな」


 パァッと幼い顔が輝く。

うん、わかった!という元気な返事がとても子供らしかった。



その夜、修兵は初めて、泣かないで寝入ることに成功した。尤も、緊張していたせいか眠りが浅くて夜中に目が覚めてしまい、結局拳西のところに行って、朝は拳西の布団の中で迎えたのだが、それでも進歩だ。

それに拳西の部屋に顔を出すときも泣いてはいなかった。


「しゅう、なかなかったよ!」

「そうだな、すごいぞ修兵、大っきくなったな」

「うん!」

ひとつ自信がついたのか、その顔は誇らしげに輝いていた。


そんなことが幾日か続いて…


「ああ、ぐっすり眠ってんのか」

 初めて、夜中にも修兵が来る気配がないことに、拳西の方から隣の部屋を覗いた。

 修兵の気配に反応できるようにと意識したつもりはなかったが拳西自身、ここしばらく夜中に目が覚めるようになっていた。

霊圧に揺らぎがないのは判ってはいたけれど万が一のこともある。心配になって顔を覗かせると、愛しい幼い寝顔が穏やかな寝息を立てていた。


どうやら明日の朝が修兵が始めて、完全に『ひとりでねる』を達成した朝になりそうだ。


「ったく、淋しい気持ちになってどうするってんだよ」

誰にでもなく自分に告げて拳西は苦笑する。

「大っきくなるんだもんなぁ…」


いつか、大人になる。

そんな当たり前のこと。

けれどきっと流魂街では、当たり前ではないこと。

それをこの子は知っているから、怖がってずっとひとりで眠れなかった。

でも今なら…


「子離れ…、は、まだまだだけどな…」


まだまだ、この子は極度の甘えっ子だ。

まだそれが必要な時期だしそうしてやりたいと思う。


けれどひとつ、『おにいちゃん』になった。


朝が来る―――。





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