いつか、その脚で大地を駆ける日を夢見て

いつか、その脚で大地を駆ける日を夢見て



※アキレウス夢。

※ケイローン先生の娘兼幼馴染夢主。

※呪いのせいで歩けず、人間の足。

※苦手な人はブラウザバック。


 ――自由とは何であろうか?


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「お帰りなさい!アキレウス!」

「……おお、ただいま」


 どさり、と荷を下ろす。いつまで経っても慣れない「お帰り」と「ただいま」のやりとり。

 いや、違うのだ。別に嫌いというわけじゃない。相手が相手だからなのか、どうにも別のことを想像してしまって照れ臭い。


「ね、今度はどこに行ってきたの?貴方の話が聞きたいわ!」

 明るい声でキラキラした眼差しを向けてくるその娘は自身の師匠であるケイローンの娘であった。彼女は先程から立ち上がろうとする様子がない――否、立ち上がれないのだ。


 ▼


 ――『呪い』だと言われた。

 誇り高きケンタウロスのケイローンとカリクローの娘でありながら、彼女の両足は人間のソレであり、動かなかった。

 ケイローンが手を尽くして調べたところ、その両足は原因不明の呪いに侵されており、それが解けない限り動くことはないということがわかった。

 そのため、ケイローンは人一倍娘に厳しく接した。幸い、彼女は聡い娘で父の親心を汲み取っていたため、彼を恨むことはなく、聡明な娘に成長した。

 訓練の賜物なのか、十二歳になる頃には杖で移動することが可能になり、不自由さはあるものの一人で生活することが出来ている。


 ……しかし、アキレウスとしては彼女が一人で暮らすのは心配なので、こうして度々見舞っているのであった。


 ▼


「……自由ってなんだろうな」

「突然どうしたの?」

「いや、こっちの話。それでパトロクロスの話だっけか?」

「うん!」

 アキレウスは娘を背負って二人で山道をのんびり登る。アキレウスは旅で出会った人間の話をしていた。今回は親友とも言えるパトロクロスとの話だ。二人で如何なる冒険に出て、困難に直面し、そして解決したかを面白おかしく語る。師匠であるケイローンに一通りのことを叩き込まれているため吟遊詩人の真似事くらいはできる。娘は嬉しそうに目を細めながら聞き入っていた。その表情に疑問を覚えたアキレウスは娘に尋ねた。

「お前……何で嬉しそうなんだよ」

「? 嬉しそうじゃいけない?」

「そうじゃねえけど……こういう話を聞く時はもっと楽しそうに聞くもんだと思ってたぜ。

 お前の表情って……なんかこう……子猫にエサやってるときみたい」

「何それ!」

 娘はどっと笑うと、アキレウスの頭をくしゃくしゃ撫でた。アキレウスは「やーめーろ!」と抗議の声を上げたが、娘は聞く耳を持たなかった。そのままくしゃくしゃにされると、娘はこんなことを語りだした。

「嬉しいよ――アキレウスが自由にこの世界を駆けているのが嬉しいの」

「何だよそれ……お前は俺の母親か?」

「まさか!私なんかがテティス様と同じな理由ないよ!それに、テティス様はもっとアキレウスのことを心配してるでしょ!私、ぜーんぜん心配してないもの!」

「………………」

 それはそれで面白くないというか、なんというか。

 ともかく彼女が何をいいたいのかと言うと、

「テティス様は予言で『アキレウスは長生き出来ない』って言われてるから心配なんでしょ?

 それでもいいと貴方は選んだけど……先は決められてても、人生の中身を決めるのは自分だから。

 だから、アキレウスが自由に選んで決めて……楽しそうにこの世界を駆け巡ってたら、お父様の教えは意味があったし、私も心配なんて吹き飛んじゃう!きっと、テティス様も今のアキレウスを見てるのは嬉しいと思うよ!」

「――」

 慈愛に満ちた笑顔で言い切られるとかなりむず痒い。アキレウスはむず痒さを誤魔化すためか、娘の唇にそっと口付けた。娘は驚いたように問いかける。

「なぁに、いきなり……」

「何って……ガキの頃挨拶代わりによくやっただろ。何か変かよ」

「自分でやって赤くならないでよ……」

「……ほっとけ」

 アキレウスもどうしていいのか分からない。だが、仕方がないのだ。何だか彼女の慈愛を自分のものにしたくてたまらなくなったのだ。このまま連れ去って、二人で世界を駆け巡れれば――そんな甘い夢を見る。

 けれど、アキレウスが真っ先に彼女にしてやりたいことはそんなことではないのだ。


「――あのさ、お前の脚……」

「うん?」

「俺はさ……お前の脚の呪いを解きたいと思ってる」

「……うん」

「世界は広いからきっとお前の脚の呪いを解く方法も一つは見つかるさ。

 だから、いつか――その日が来たら一緒に世界を見に行こうぜ」

「……うん、待ってるね」

 娘はアキレウスを後ろからキュッと抱き締めた。アキレウスはニッと笑うと明るく声を掛けた。

「そんじゃ、まずは下見と行こうや!この山の天辺まで行ってこれから巡る世界を一望しよう!」

「いいね!さぁ、アキレウスはこの山の天辺までどのくらい時間がかかる?」

「舐めんなよ!俺はケイローンが弟子、最速の男アキレウスだぜ!1時間もかかんねぇよ!

 そうと決まれば、振り落とされないようにしっかり捕まってな……!」


 ――そうして、山には二人の男女の明るい笑い声が満ちた。刹那の永遠、瞬きの生を駆け抜ける二人に祝福があらんことを。


 ▼


 ――自由とは何だろうか。


 自分で選ぶことでもなく、自分で決めることでもない。

 自由とは、その両脚で大地を踏みしめて世界を全身で感じること。己の肌で世界を感じることだ。

 故に彼は夢を見る。いつの日か、彼女がこの大地をその脚で駆け回って――嬉しそうに笑ってる姿を。

 

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