いっちゃんとアルトリア

いっちゃんとアルトリア


私は、雨のシブヤの街を走っていた。

学校の制服は強い雨に打たれて、髪も顔にぺったりとくっついてしまっている。


───異変に気づいたのは5時、いつもよりずっと早く起きた後のこと。寝ぼけた頭で部屋の中を見回した瞬間。

「…あれ?ギターがない…」

寝ぼけているだけか、私が忘れただけで、違う場所に移してしたのかと思って部屋中を探したけれど、寝る前に確かに姿を見た相棒のギターは…忽然と姿を消してしまっていた。

嫌な予感がして、部屋の中の収納スペースを何度も探したら───。


「"ミク"が…ミクのソフトが無くなってる!」

その後は一心不乱で、暴れる子供みたいに私は忙しく動いていた。

今日の時間割に合わせたスクールバッグをひっくり返せば、音楽の教科書と宿題が無くなっていて、スマホでミクのプレイリストを探せば、最初から存在しなかったように音楽アプリが無くなっていた。

小さい頃に書いた歌詞のノートを入れていた場所も、他の教科書に取って代わっていて…。

インターネット中で海のように満ちていたバーチャル•シンガーの素晴らしい曲も、当然のように存在しない。検索にも一つもヒットしなかった。

そして───

「"needle"が…untitledに戻ってる。私達の…Leo /needの…曲が…!」


疲れた足で立ち止まり、いつもミクが映っていた、大きな街頭テレビを見て…悲しい現実に直面する。

ひっきりなしに流れる『BGM』の無いコマーシャル。最初から搭載されていたはずの、クラシック音楽が、選択肢から消えたアラーム機能。

昨日まで元気に開店していた筈の、まるで最初から存在しなかったかのように、ケーキ屋に代わった楽器屋さん。


「世界から…音楽がなくなっちゃった…」



 コンクリートの上にへたりこんでいた私は、ひとしきり落ち込んだ後に家へと全力で走っていた。

 ミクとルカに、メイコとリンに、カイトとレンに………もう二度と会えないのだとしたら、本当に悲しくて、どうしたらいいのか分からなくなる。

 でも、それを痛感した時私の頭には『needle』の歌詞が浮かんでいた。

「"─どうだっていい存在じゃない♪簡単に愛は終わらないよ"────♪うん、大丈夫。歌詞もメロディも全部覚えてる。これならアカペラで動画が撮れる!」

 一瞬立ちどまり、needleの歌詞を深く深く反芻する。Leo/needの想いが詰まった、出発点と言っても過言じゃない大切な歌。絶対に忘れないように。

(まずは一旦家に帰って──制服がずぶ濡れになっちゃったから、着替えて"学校"に行こう。それから、学校が終わったらスマホスタンドを使って動画を撮って………"学校")

 ………放課後の計画に思いを馳せながら、私は大切な幼なじみのことを考える。

  (……咲希達は、音楽を…Leo/needのことを、覚えてくれているかな…?)

  ほんの少しの間、挫けそうな気持ちになってしまった。もしも、咲希が、志歩が、穂波が──みんなの記憶から、楽器も今まで練習した音楽も、私達のこと抜け落ちていたら?

 (もし、バンドで繋がれたことを忘れちゃっていら)

 冷たいスカーフの裾を手で握り、私は自分に言い聞かせた。


「………もしそうだったら、あの日、四人で星を見た時みたいに──取り戻せばいいんだよ」


 気休めに、私は無理やり口角を上げて、下手な笑顔を作った。恥ずかしい独り言の後、雨粒で濡れた頬を叩きながら、私は前を向いた。

「えっ…あれ?空が黒い…」

 今まで一目散に走っていたから気づかなかったのか、つい数秒前までは、見慣れた雨雲が沢山あった空は、不気味な黒色に染っていた。

 おかしいのは空だけじゃない、通学中の学生や通勤中のサラリーマン達がいたはずの道は、みんな一斉に消え去ったように無人だった。

 ようやく怖くなって、視線をあちこちに動かす。すると、今の私には信じ難い、それでいて求めてやまない光景がそこにはあった。

(えっ…?あそこにいるのって───"ルカ"!?)


 視覚で分かるほどの遠さから、淡いピンク色のロングヘアが見えた。思わず駆け寄ると、その綺麗な髪の持ち主が、この街には現れるはずはない、私達の大好きな友人達──その一人なのだと確信する。

「ルカ!?ルカなんだよね!?私だよ!一歌!よかった……もう二度と、二度と会えないのかなって…!」

 セカイの外では会えないはずの、バーチャル・シンガーのルカ。いつも私達の悩みを聞いてくれて、咲希が風邪で辛い時に支えてくれたこともある…私達の、先輩のような存在の一人。

  セカイが無くなった時、もう二度と会えないのかと絶望したけれど、もう一度再会できるなん

「─・─・、──」

 「──え?ルカ?今なんて言っ」 

 私がルカに駆け寄り、抱きつきそうなほど近くにたどり着いた途端、ルカが振り向いた瞬間。


「グゥ…グオオォオオオ!!」

ノイズのような声色の、黒い怪物がルカの背後から現れた。

「…!?な、なにが」

言い切る前に、私は怪物が起こした暴風に吹き飛ばされる。、

 「うぐっ!?…ぅ…あ?」

 石ころみたいに地面に叩きつけられ、足を捻ってしまい、私は痛みに呻き声を上げてしまった。

 チカチカする視界をこらえて目を開けると、さっきまでは存在しなかったはずの靄のような怪物が、ルカのすぐ後ろで佇んでいる。

  ───なに、これ…?

「ルッ…ルカ!?どうしたの!?その怪物も!」

 訳が分からず、私はルカに何度も問いかけた。けれどルカは、曇っている空のように虚ろな目で私を見下ろすだけ。立ち上がろうとすると、さっき捻った足が痛み、思わず体制を崩してしまった。

「「痛…い……」」

 私の声とルカの透き通った声が、同じ言葉で重なる。…ちょっと待って、今のルカの声は…!

「ルカ!苦しそうだよッ、大…丈夫?」

 「逃…ゲテ……逃ゲナサイ…」

「えっ…」

 起き上がった私を通せんぼするように片腕を広げたルカは、怪物と似たノイズのような声で苦んでいる。私を視認してくれているみたいで、さっき出てきた怪物が、今にも暴れだしそうにも関わらず、ルカは触れずに抑えている──そんな風に見えた。鈍い私の頭は、ようやくひとつの答えに辿り着く。


 ルカは、ルカは今、何かによって操られてる─!

それでも、私を襲わないようにと必死で堪えてくれているんだ!

 (でも…どうしよう…どうしよう!!怖い…このままじゃ…私!何も出来ずにルカを────!)

 …分かってる。ルカは私を逃がそうとしてくれているのに、私がここに留まっていたら、逆にルカに負担がかかるだけ。

 でも、だからといって…こんな苦しそうなルカに背を向けて逃げたくない──!

 「ルカを──助けたいよ!!」

そうなんだ、方法があるならどんなに怪我をしても構わない。私はルカを解放したい。助けたい、そのための──そのための手段が欲しい!


 そう唱えた瞬間

「シャスティフォル!!」

力強い女の子の声が、空から轟いた。

 目に映ったのは、妖精の羽…?鱗粉を纏った蝶々みたいに、キラキラと人影が舞い降りた。

「「うわぁぁあっ!!」」

 突然の出来事達に驚く間もなく、私とルカは、弾けた爆弾のようにその場から倒れ込んだ。砂埃に耐えながらルカに顔を向けると、開放されたように暴れだした怪物が、私を目掛けて飛んでくる。

 「さっせるかー!!!セクエンス!!」

また、さっきと同じ綺麗な声が響いた瞬間、私を食べようとしていた怪物に、綺麗な輪っかが襲いかかる。

 「これで終わらせてあげます!」

 声の持ち主らしきシルエットは、光る…青い宝石が付いた杖を、力強く振り上げた。


「選定の杖よ───光を!!」

その一瞬で、青い流星のような光が──地面から溢れ出す。

 あまりにも眩いその煌めきは、あんなに大きかった怪物をみるみると小さくさせ、空気のように溶かしてしまった。

 「グゥ…グァアアアアアア!!」

怪物は、断末魔のようなノイズを上げ、ぽしゅりと消え去る───。

 「ソウ…アナタガキテクレタノネ…」

虚ろな目のまま、でも安心しきったように、ルカは今、怪物を倒したその子に語りかけた。

 「メイワクカケテ…ゴメンナサイネ……」

「…いえ、こういうのは初めてですけど…戦ったりは慣れてます。だから、ちゃんとお助けに伺いますので、戻ってきてあげてくださいね」

 「アリガトウ……ソレジャア」


「どうか、一歌達をよろしくね」

───ルカ!!消え去りそうなルカに私がそう叫んだ瞬間、ルカは光に包まれて、どこかへと消えていってしまった。………足の痛みが、すごく憎らしい。私はルカに、守ってくれたお礼すら伝えられなかった。

 「落ち着いてください、彼女は消えた訳ではありません。テレポート…瞬間移動みたいなものです。…だからって呑気なことは言えないですけど」

 私を助けてくれた妖精のようなシルエットの持ち主は、私の方へと向き、気遣うように語りかけてくれた。…実際、私はその言葉を聞いて安心していた。ルカに─ううん、みんなに何があったのかは分からないけど、今はルカが生きていると分かったのなら───。

 「何から何まで…助けてくれてありがとう…私、星野一歌。あなたは?」

 よろけながら何とか立ち上がり、その女の子に向き合った。

 私が最初に羽だと勘違いしたものは、ふたつに結ばれたとても美しい髪だった。

 真っ直ぐな緑色の瞳で、妖精のような女の子は、私の名前を呟きこう述べた。


「初めまして、一歌。私はアルトリア・キャスター、あなたに呼ばれたサーヴァントです」

「サー…ヴァン…ト?」


何もかも大変なその日、私は流れ星に出会った。



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