いくつかの正義
「キャプテン!!!??」
「今戻った」
「ボロボロじゃないすか!!?」
「手当は済んでる。出港するぞ」
あの鳥の能力者に頼んで雨の降り注ぐ砂漠の空を越え、おれは一人で港町『ナノハナ』のポーラータングに戻ってきていた。おれがいないことにルフィやチョッパーは騒ぐだろうが、隼屋なら上手く言っておいてくれるだろう。
どうしても話を聞きたいといった様子のクルーたちをいなして、さっさと立ち入り禁止の私室に戻る。流石に疲れた。
そもそも一味に同行することが決まってすぐは、皆揃って首を突っ込む気でいたのだ。それが現実的ではないと分かったのは、北の海出身者だらけのうちのクルーが、砂漠の日差しでもれなく干物のようになったためだった。
”七武海"に殴り込みをかけるのに頭数は必要とはいえ、それは熱中症患者を連れまわして挑むという意味ではない。おれとしては艦を守る頭数のほうも必要であったから、別段気にすることもなかったのだが。
なんにせよ、必要なものは手に入った。
「ただいま…姉様」
船長室ではいつもと変わらない穏やかな表情の姉様が、おれを待ってくれていた。
無意識に詰めていた息をゆっくりと吐きだす。よかった。いつも通り、無事だ。
「姉様、今回はいいサンプルが手に入ったんだ…これでまた探求を進められる」
応える声はない。これも、いつも通り。
「ルフィは相変わらず元気だったよ。それに強くなってた。"七武海"を倒してしまえるくらいに」
そう伝えると、白い指先がわずかに動いた。姉様も、嬉しいのだろうか。
ルフィは姉様によく懐いていたから、いつかまた会わせてやりたい。
「あと、町で香水を買ってきてみた。姉様はこういう花の香りが好きだと思って…」
降る雨の中海へと沈むおれたちに、今日もまた、夜が迫っていた。
血の病を知らぬ竜の末裔、ビビ王女とコブラ王の血は以前から欲しかったものの一つだった。今のネフェルタリ王家に男女が一人ずついるというのもまた良い条件だ。血の探求においては、同じ血筋であっても男女で大きくその性質が異なる。
だが実際に血を手に入れるとなると、これがなかなかに難問だった。
クロコダイルはドフラミンゴが七武海入りしたころには既にアラバスタを拠点にしていたし、積み重ねた年月の分だけ王家からの信頼も厚い。奴がいる限りうちの医者を潜り込ませるのも難しく、王家の血の探求は何年も後回しにされてしまっていた。
転機が訪れたのは二年前の世界会議。
ドフラミンゴの代理として出席しているデュラと、その秘書官を務めるモネがコブラ王からアラバスタの近況を"詳しく"聞いたことがきっかけになった。
降らない雨と、王宮に運び込まれたダンスパウダー。そして増える砂嵐。
王の潔白を信じるなら、これほどのことが出来る人間は他に一人しかいない。
だが、調べるほどに集まるキナ臭い事実に反して、砂漠の英雄の影を証明するほどの決定的なものに辿り着くことはできなかった。
だったら現場を押さえてしまえばいい。丁度、「大詰め」もすぐそこだ。
まあ、ついでにと立ち寄ったドラムで、王女その人を乗せた幼馴染の船に行き合うのは流石に想定外だったが。
「そうだ姉様、デュラって覚えてるか?あいつの言ってたコブラ王にも一目会えた。事の顛末を知ったらきっと喜ぶだろうな」
血の探求という目的がなくともアラバスタを救いたいと願ったのは、他でもない。
かつての月の狩人、新医療教会の助言者デュラだった。
名君との呼び声高いコブラ王はまたかなりのお人好しでもあるらしく、加盟国としての体裁を整えたばかりのヤーナムにおれたち皆が四苦八苦していた頃から、随分と親身になってくれた人物だった。国としてのシステムが全く機能していなかったヤーナムが驚くべき速度で復興できたのは、ドフラミンゴの手腕とテゾーロのもたらす富、そしてコブラ王の助けがあってこそだと、もう狩人の血も持たないデュラは常々言っていた。
ヤーナムも、ルフィも、そしておれも。
あの夜コラさんが繋いだ縁が、ここまで世界を動かすとは。
王下”七武海"、サー・クロコダイルの失脚が時代に何をもたらすにせよ、この機会にさらに両国の"親交"を深めるのもいいだろう。この戦いで負傷者は星の数ほど出たはずだ。まずは復興支援のお返しに、ヤーナム産の医薬品と、おれたちの医師団でも送り込もうか。
ポケットに収まるほどの小さな戦利品をしまい込んで、ドフラミンゴに通じる報告用電伝虫の受話器を上げた。