エピソード伊生-約束
「伊生兄!」
可愛い弟の呼び掛けに、伊生は笑顔で応じた。
その日の伊生はまさに試合の主役といっていいほどの活躍をした。あの日憧れの選手から受け継いだ指針を胸に一心にサッカーに励んだ少年の身体はその努力に応えて、伊生の才能を遺憾なく発揮してくれるようになっていった。
ここ数年はやっと世界にピントがあったような、ぼんやりしていた視界が晴れたような快さを抱えていた。今日はおまけに完勝したとなれば別格だ。
「伊生兄やっぱすげー!でもぼくも頑張った!」
「そうだね、家に帰ったらお祝いだ」
手を繋いで家に帰る。両親が作ってくれた試合の勝利のお祝いの豪華な料理を食べて、就寝の時間を迎えて。
いつものように兄弟は一緒の布団に入って寝ようとしていたが、いつもは先に寝る世一がそわそわと落ち着かない。
灯りの消えた部屋で声を潜めて伊生は世一を気遣う。
「どうしたの?よっちゃん」
「あの…あのね伊生兄…」
右に左に視線をさまよわせていた世一は、一世一代の覚悟を決めた表情で、伊生に自分の気持ちを伝えた。
「あのね……ぼくだけじゃできないかもしれないけど、二人でなら、世界一の選手になれるかな?」
「…世界一が二人もいたら、みんな困っちゃうんじゃないかな」
「あっそっか…」
あ意地悪なことを言ってしまった。くすくすと笑いながら伊生は弟の髪を撫でる。
「でも、それもいいな……二人で、世界一」
「!」
嬉しそうに青い瞳を輝かせる。まるで流れ星みたいだ、と思いながら、伊生は小指を差し出した。
「じゃあ約束しよう、二人で、世界一のストライカーになろう」
「うん…!」
指切りげんまん嘘ついたら針千本のばす。
幼い約束がいつまでも二人を繋ぐことを、二人はこの時疑うことはなかった。