あんよが上手。
16:55「戻ったぞ、ロー」
ついとドフラミンゴの指が伸ばされ、宙吊りの鳥籠が傾いた。強靭な糸の格子が開き、囚われたローを床に下ろす。
がくりとローの足が折れるのを、ドフラミンゴは至極楽しそうに見つめていた。
脱いだコートを腕に引っかけ、ドア横の椅子へ腰掛ける。小ぶりなサイドテーブルに伏せていたグラスを起こし、酒を注いで持ちあげた。
深い琥珀色の向こうに、必死に崩れ落ちまいとするローが透けている。
「っは、あ……っ!」
ローは窓枠に爪を立て、がくがく震える足を必死に抑えていた。
治るたび切れ目を入れられるアキレス腱。ろくに体を支えられなくなった足に履かされた、優に10センチはあるヒールのブーツ。膝下までを飾る編み上げ紐は欠かさずドフラミンゴが結んでおり、ギチギチと締め上げるピンク色はローに足を揺らすことすら億劫にさせていた。
折れそうなほど細いヒールが、頼りなく安定して床を叩く。
ローはこれから、この不自由な足でドフラミンゴの元まで歩かなければならない。
くっとドフラミンゴがグラスを傾けた。
「ぅ、ぐっ……!!」
がくがく、ぐらぐら。
幼児の方がまだ長いだろう歩幅で、ローがゆっくりと歩き出す。
すでに背中まで冷や汗が伝っていた。
余計な力を入れずに歩きたいのに、足をぴったりと覆うパンツがそうさせてくれない。黒く硬い生地はローが足を動かすたび咎めるように軋み、余計な体力を奪った。体中の生傷があちこちで血を滲ませ、白くやわらかなドレスシャツを汚していく。
ドフラミンゴの趣味のピアスがちりりと鳴るのが不快で仕方なかった。
「はあ、はぁ……ッ!!」
ようやっと半分まで進む。汗が床に滴っていた。
服が体に張り付いて気持ち悪い。
見ればドフラミンゴはグラスを空にした頃合いで、鷹揚に頬杖をついてローを眺めていた。肴といわんばかりの楽しげな態度が、目障りで目障りでしょうがない。
足元に視線を移して、怖気を振り払うように大きく息を吸った。
唯一残った左腕で、もうありもしない右腕を庇うように己を抱きしめ、ただ歩を進める。
10分はかかっただろうか。
ドフラミンゴなら3歩で足りたろう距離へたどり着く。
精緻な装飾の手すりへ縋り、下卑た上機嫌を隠そうともしない男と目を合わせた。新たに満たしたグラスを傾け、気取って首をかしげる頭を叩き割ってやりたい。
激情を抑え、望まれた言葉を吐きだした。
「っ……おかえ、り。なさい……!!」
畜生。畜生畜生畜生!!!!
ぎりりと唇を噛み締め、ファーコートをひったくる。
すぐ横のコートハンガーにそれを投げつけ、ローはとうとう床へ崩れ落ちた。ドフラミンゴの膝あたりに頬がぶつかり、そのまま椅子伝いにへたり込む。
だらりと脱力する体は重く、指先ひとつの支配権すら奪われたようだった。
ドフラミンゴがうまそうに酒を呷り、心底楽しそうに肩を揺らして笑う。
「フッフッフ!! ……ああ、ただいま。ロー?」
よくできました、と。ぬるついた猫撫で声とともに頭を撫でられる。
何もかも悔しくて悔しくて、ローはせりあがる涙をやりすごすことだけに集中した。
もう自分には何もない。
ハートのクルーも、麦わらの一味も、ドレスローザの国民も。何もかも目の前でドフラミンゴに殺された。
もう全部失った。
これ以上などないのだから、何を命じられても従う義理はない。
そう思っていたのに、この男は恐ろしいほど陰湿で周到だった。
ローはもうずいぶん長いこと、ドフラミンゴがどうにか出先で死んでくれないかと願い続けている。
ドフラミンゴにしか開けられない扉が目と鼻の先にある。
頭の上でグラスが傾き、デザートをシロップで飾るように酒が回しかけられた。
強いアルコールが、そこかしこの傷をびりびりと灼いていく。
痛い。
痛くて、痛くて仕方がない。
ドフラミンゴが声を立てて笑っても、ローはもう顔もあげられないでいた。
END
●2023/1/12 追記
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同じ小説を23-01-12 13:05:42にぷらいべったーで非公開投稿いたしました。
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