ある親子の日常5

ある親子の日常5


糖尿病患者入院の巻


「さて、今日も今日とて野村さん(診療所に最近入院した人。2型糖尿病)の血糖コントロールだ。まずはカルテで昨日の血糖値チェックしよう」


そうして昨日の血糖値を調べる立香。まあ彼は敷地内散歩とかである程度有酸素運動してるし大丈夫だろう……そんな風に思っていたのだが…。


(夕食前血糖値184? やけに高いな…? なんでだ? …いや、まさか…)


隠れ食い、という単語が脳裏にちらつく。真面目そうな顔して実は、というのは良くあることだ。人間外見も重要だが、外見だけで全てが決まる訳ではない。

とにかく、今は様子を見ていくしかない。回診に行くべく、立香は席を立った。


───


「失礼します、野村さん」

「! ああ、先生こんにちは」

「体調はお変わりないですか?」

「おかげ様でピンピンしてますよ。この調子なら退院も近いかと…」

「はは、そうですか。…あー、実はですね? 昨日の夕食前血糖値がかなり高くなってたんです。なので退院は当分先かと」

「えっ……そ、そうなんですか……はは、これはとんだ勘違いを…」

「? 何か心当たりとかあります?」

「い、いえ…」

「そうですか…。ひとまずインスリン増やしておきますね」


───


(野村さん、怪しいっちゃ怪しいよな。辛いの隠してた昔のオレよりあからさまに何か隠してる顔だし。でも確たる証拠もないし、とりあえずインスリンが足りてないと判断するしかないな。昼食前のインスリンを少し増やすか)

※夕食前血糖値は昼食前のインスリン量に影響されます。


そんなことを考えながら迎えた翌日…。


(さてさて野村さんの血糖値は…。……。…夕食前250ぅっ!? 爆増…! 圧倒的爆増…!!)


状況証拠だが、これはもう黒だ。野村さんは隠れて間食を摂っている。


「…気は乗らないけど、問い詰めに行くか」


あぁ、脳内のイマジナリーアスクレピオスが「この愚患者がァッ!!」とキレ散らかしている。その横ではイマジナリーナイチンゲールがこめかみに青筋を立てているではないか。まさに地獄絵図。いや、まだ疑惑だから。疑わしきは罰せずの精神で行こう二人共。

それでもキレ散らかすイマジナリーな二人を脳内に留めたまま、野村さんの病室へ直行。それとなくカマをかけつつ問いただしてみる。


「失礼します。…あれ、なんか食べてました?」

「い、いえ!? 何も食べてませんが!?」

「…本当に?」


ガンを飛ばして圧をかける立香。人理修復時に培った技巧というやつだ。


「はいっ!!!」

「…そうですか。…それにしては夕食前血糖値が高いんですよね。健常者の空腹時は70から110くらいが基準なんですが、昨日のは250とかとんでもない数値が出たんですよ」

「な、なる程。困ったなぁ……あはは…」

「ええ、とても困った事態です。せめて『高め』扱いの110くらいまで落とさないと退院も無理ですから。…間食などされてませんよね?」

「し、してません!」

「……。…そうですかー…。…一応言っておきますが、入院レベルの糖尿病患者は間食が許されないくらい健康状態が悪いんです。…ですから、食事には気をつけてくださいね?」

「はい…」


───


「真っ黒だけど証拠がないんだよなぁ…」

(間食されると正常な血糖値の動き読めないからほんと困るんだよ…)


このままだと、無駄にインスリンを増量するしかなくなる。

金なら腐る程あるからインスリン大量発注くらい訳ないのだが、にしても心情的に嫌という気持ちはある。立香とて人の子なのだ。脳内のイマジナリーアスクレピオスが「あの愚患者、治りたくないのか?」と呆れるくらいには。

そして翌日…。


(またか。夕食前血糖値196……多少はマシだけど、どうする? もういっそ監視カメラでも…)

「リツカお兄ちゃん」

「ああ、クロ。どうしたの?」

「野村さんの件、怪しいと思ってるでしょ」

「良く分かったね?」

「そりゃあね。わたしも怪しいと思って調べてたんだけど、散歩中を見計らって調べたベッドの下にこんなのがあったわ」


呆れ顔のクロが取り出したのは……ポテトチップス(うすしお)の袋だった。しかもめっちゃデカいお徳用サイズ。


「───」

「…ドンマイ」

「案の定だよ! あンの愚患者ァッ!!!」


入院前に間食禁止と、クロと一緒にステレオであれだけ言ったのに! 立香は内心呆れ返っていた。恐るべきは食欲か。依存症気味になっても味覚と満腹感による快楽を求めるとは…。


「今まで聞き分けの良い患者さんばかりだった分甘くしすぎたわね…」

「ああ。───とっちめるか」

「ええ」


───


野村さんの病室帰還を見計らい、特殊部隊の突入もかくやという動きでスピード入室、動かぬ証拠を突きつけつつ尋問する。


「野村さん、隠れてポテチ食べてますよね?」

「へ、ぇっ? な、なにを…」

「血糖値の上がり方が明らかに変だから、わたしと立香先生で色々探ってたんですよー。そしたら案の定…。…さてさて、どういうつもりですかー?」

「す、すみませんでした…! どうかお許しを!」

「いや、オレ達が許す許さない以前にね? このままだと糖尿病進行して死んじゃうんだからね? ちゃんと反省して真面目に糖質制限してもらわないと!」

「はい…」

「と言う訳で、これからは定期的にロッカーとかベッドの下もチェックするんで」

「!?」


大層驚いているようだが、どこに何を隠してるか分かったもんじゃないので残当である。彼を見舞いに来た人々からの供給もあり得る以上、徹底的にやらねば。

しかしそれを聞いた野村さんは、この世の終わりと言わんばかりに取り乱し始めた。


「お、お菓子を取り上げるのはやめてくれ! 頼むから!!」

「いやこの世の終わりみたいな顔されても駄目ですって。この世より先にあなたが終わるからこのままだと!」

「立香先生の言う通りですよー? 外来で駄目だから入院してるのにそれでも間食やめられませんって、そりゃないでしょう。このままだとほんとに死んじゃいますよ?」

「ぅ……はい…。頑張ります…」

「よろしい。じゃあクロ、野村さんの手からコーラとポテチ(のり塩)没収して」

「はいはーい」

「ギャーッ!?」




どんぐりころころ?


こ)は、ウルリッヒ・フォン・藤丸がまだ赤子だった時代の話である…。


「幼稚園でどんぐり集めが流行ってるのよねー」

「どんぐり?」


イリヤがクロに聞き返す。イリヤは今、息子であるウルのためその豊かな乳で授乳をしている最中だった。食事における離乳食の割合も増えてきたので、ウルもそろそろ母乳からは卒業する時期だろう。というか、イリヤ自身そろそろ母乳が出なくなりつつある。


「ばぁぶ…」

「あ、ごめんねウル。今あげるから。…で、幼稚園でどんぐりがどうしたの?」

「ウルスラが友達と交換するために集めてるのよ。幼稚園バスが来た時ちらっと見たけど、結構広まってるわねあれは」


ウルスラ・フォン・藤丸……クロが立香との間に儲けた娘であり、ウルの腹違いの姉だ。クロに似てしっかり者ではあるが、彼女とて人の子。そういう趣味にはまることもあるだろう。


「…でもどんぐりってたまに虫が入ってたりするよね? そのうち家に虫が入り込むんじゃ…」

「大丈夫よ、選別方法は伝授しておいたから。水に浮くやつは捨てときなさいってね」

「へー…」

「でもまあ、それも限度があるでしょ? だから手を打ってみたのよ」

「手?」


他愛もない雑談かと思ったら、雲行きが怪しくなってきた。いやまあ雑談の範疇ではあるが…。


「通販で買ったオキナワウラジロガシ……要は日本最大級のどんぐりを大量に流通させて、ノーマルどんぐりの価値をジンバブエドル並に大暴落させたの。これで我が子達の心を傷つけず、虫の家屋侵入の危険性ともオサラバって寸法よ」

「えぇー……大人気ない…」

「だう…」


…イリヤのみならずウルにも呆れられたのは気のせいか? クロは訝しんだ。甥っ子よ、いずれあなたも経験することなのよと言いたくなるが、話の腰を折ってしまうのでここは我慢である。


「ま、新たな貨幣制度としてカマキリの卵が導入される気配がしてるんだけどね…」

「自分の首絞めてる!?」


イリヤは驚愕した。これならどんぐり絡みで苦労していた方が遥かにマシである。なんならイリヤ達にも被害が来るやつではないか。


「今すぐ軌道修正して!」

「ええ、そうするつもりよ…」


クロが遠い目をして笑う。なんでこうおっちょこちょいな部分があるんだろうこの姉は。やっぱり姉としてストレートに敬うとかは無理かな……イリヤはそう思った。




はじめての…


「立香お兄ちゃん。今日の夕飯わたしが当番だけど、どうする?」

「うーん……温かいうどんが食べたい気分だけど、うどんだけってのもなぁ…」

「じゃあ、天ぷらとかき揚げでも添えよっか? 後は家にある材料で助六寿司とか」

「おお、ありがとう美遊。それで頼むよ」

「うん。あ、でも天ぷらとかき揚げ用の食材はないから買わないと」

「りょーかい。買ってくるよ」

「……。…あの、父様、母様」

「? …ああ、一緒に行きたいのか。じゃあ陽美香も行こうか」

「! はいっ!」


───


『…それでどうして尾行に繋がるのです? あれをはじめ◯のおつかいと言うなら、立香様同伴の時点で趣旨に反しますが』

「陽美香は一人にさせちゃいけない身の上だから良いの。…あ、二人がスーパーに入った。行こうサファイア」

『釈然としませんね…。まあ面白そうなので従いますが』


───


「ただいま美遊。良さそうなのを買ってきたよ。…なんか息が辛そうだけど大丈夫? サファイアも…」

『「大丈夫! 大丈夫だから(ですから)…!」』

「そ、そう? なら良いけど…」

「…え、ええっと……車海老、白海老、玉ねぎ、人参、じゃがいも……うん。良い組み合わせだと思う。これなら明日になんちゃってシーフードカレーも作れそう」

「…!(ぱあああ…)」

「ふふ、良く頑張ったね陽美香。えらいえらい。…じゃあお兄ちゃん、出来るまでしばらくかかるから陽美香とゆっくりしてて? 出来たらイリヤ達と一緒に来てね?」

「ありがとう。行こうか陽美香」

「はいっ」

『……。…中々に波乱万丈なおつかいでしたね美遊様』

「うん。万引きGメンと協力するなんてこと、本当にあるんだね…。一時はどうなることかと…」

『とにかく、立香様と陽美香様が無事で何よりです』




ある日の放課後


「だー! 予算もない! アイデアもない! 人手もない! これで学園祭の出し物決める? 笑わせるにも程があるわーッ!!」

「逆ギレしてどうするのよウル! 一番ないのはアンタのやる気でしょーが! グレーゾーンな趣味に興じてんじゃねーッ!!!」※ルビーと夏美の母娘ですら自重した「校舎裏を私的な畑に大改造(おまけに取れた作物で鍋パ)」、そこで採れた芋類を使い夜の学校で焼き芋三昧etc…

「最近は遠慮してたじゃん! 姉へのコンプレックスを他所で発散することすら許さないなら姉なんてやめちゃえばー!?」

「はー!?」

「いつもの調子ですねぇ…。冬華ちゃん、わたし達は向こうで陽美香さんと遊んでましょー」

「姉さん、姉さん。それは多分悪手かと」

「えー、いつもこんな感じですしそんなことある訳……げっ」

「『げっ』? 夏美、あなたまた第三者気取り?」

「のらりくらりかわすのは上手いよねー。おまけに冬華を盾にまでして、良い身分だよ」

「(ブチッ…)…なんですってぇーっ!? 喰らえケミカルな物品の数々ー!」

「上等よ! 長姉の意地見せたるわー!!!」

「わたしの底力も見せてやるー! いつまでも出来た姉の陰に隠れてると思うなーーー!!」

「あ、ああ…! やめてください姉さん! 他の皆さんも! リビングが壊れます!」

「…不器用過ぎる」

「「「「!? 陽美香(さん)(ちゃん)!?」」」」

「全員、落ち着いて考えて。教師陣に嘆願すれば予算と人手はどうにかなるかもしれない。それにアイデアだって父様達が出してくれるかもしれない。どれも希望的観測に過ぎないけど、それらを試さないうちから荒れても仕方がない」

「「「「た、確かに…」」」」

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